女王悪魔と人間の僕
re:零A
女王悪魔と人間の僕
中世、ドイツ。何十年も訪れていない辺境の地に足を踏み入れる。相変わらず、ここの岩に囲まれた地形は重苦しい印象を受けた。昔は活気があったが、今や端っこの村々なんかは寂れてく一方だったのだろう。だが、それにしても人間が1人もいない。鳥もいない。静まり返った不気味な村。その代わり壁や草木は赤黒く染まっている。人間の臓物が飛び散り、鉄の匂いが鼻に錆びつく。この辺りで悪魔が出たという情報があった。バカバカしい。人間に危害を加えるのは中級や下級悪魔だ。この辺りで中級悪魔風情なんて出ない。一先ず、生存者の確認、その後元凶によりけり対象を討伐することにしよう。
広がりのある場所に出る。残虐な光景の中央にぽつりぺたんと座っている少年がいた。8.9歳といったところだろう。取り分け、その少年の周りは肉塊で埋め尽くされていた。項垂れていて、動かない。しんでるのか?固まった肉にピンヒールの先が引っかかって歩きづらいったらありはしない。
誰かが近づいてくる気配がする。この村にはもう誰もいないはずだ。気付いたら誰もいなかったから。こんなところで座っていても意味がないのは知っている。立ち上がり行動すべきなのは知っているが、足が地面から離れようとしてくれなかった。
踏みつける音がする、グシャっグチュ、っと水音を交えてこちらへ一直線に向かってくるみたいだ。僕をころしにきたんだろうか。それならそれがいい。きっと僕はこの世にいらない人間なのだから。
地面を打ちつけるヒールの音が一定のペースで刻み、目の前で黒靴が止まった。霞んだ眼で視線を少し上に移す。いかにも高そうなゴシック調のロリータワンピースが目に留まる。女が情景にそぐわないゆっくりとした声音で問う。
「少年…きみがやったのか?」
ぎゅっと膝を押さえる。責められているようで慰めているような雰囲気の高いソプラノ声が響いた。かといってキンキンとした感じでもなかったので不快な気持ちにならない。
少しの間が空け、どう答えるか悩んで質問に質問で返すことにした。
「僕は悪魔に見える?悪魔の子供に。」
女は嘲笑気味に口元に手を当て嗤った。
「あは、悪魔?……私にはそうは見えないけど…」
「え?でも、皆そう言うんだ、僕は」
思いがけない言葉に驚き、先ほどよりも視線を上げた。初めて女と目が合う。息を呑むぐらい綺麗な人だった。白銀の毛先が丁寧に巻かれていて風と共にたなびく、猫目を彷彿させる赤い瞳にまつ毛長いぱっちりした目の女の人。口元は艶めかしく色っぽい。僕より一回り上の年齢だろうか。
「ふ、他人に言われたから?貴方は悪魔の仔だって??ふふふふあはは、ははははは」
彼女は口に手を当てて大仰に嗤った。空を仰ぎ、流し目に僕を見下ろす。
悪魔…あくまね……と言いながらくるくると髪先を指で回し、独り言を言ってまた嗤った。そして、気づく。彼女の少し後ろ、這いつくばってる人間が蠢き立ち上がるのが見えた。
「しねええええあくまああああ」と老爺が叫びながら斧を彼女目掛け一直線で振り下ろした。まだ生きてる人間がいたのか。まずい彼女はまだ考え事をしている。「あっ!!!!」っと、僕が言い切る前に彼女は社交ダンスを踊るように足を一振り、男の側頭部へ打ち込む。弾け飛んだ血液が僕の顔や体にべっとり跳ねついた。男の頭部が僕の耳を掠って後ろで潰れた音がする。不思議と終始、時間がゆっくり進んでいるようみえた。男の体がその場で無様に崩れ落ちる。何事もなかったかのように彼女は話続けた。
「私には普通の人間に見えるけど」
小動物のように小首を傾げる。僕は人間だったものに目をやる。アレは僕に石を投げてきたヤツだっけ。もう投げられることはないんだと安心した。もう何もないんだ。本当に僕には何もない。
「……………昔っから力加減が分からなくて人を傷つけてばかりなんだ、物もすぐ壊して、だから…君も僕に関わらない方が…」
いい……と言い切る前に彼女は間を詰めてくる。
「ちょっと!」話の聞かない人だなと驚いて僕は前に手を突き出す。それは彼女は ゆったりと指を絡ませて仕留めた。
「私は壊れたりしない」
力強く握り込まれた手が軋む。「くっ……」眉間に皺が寄り、地面に手のひらつく。この美貌にそぐわない握力で内心 ひやりとする。すぐに結ばれていた手が離れた。少しの間だったのに感覚がなく、その代わりに手形がくっきりと刻まれていた。ふと、昔祖父が言っていた事を思い出す。「優美な白銀の悪魔を見た。」と死に際までずっと言っていた祖父のことを。ついにボケたのかと両親は嘆いていたが。
彼女をもう一度仰ぎ見た。薄く開いた唇から牙が見える。髪が揺れ、白銀のロングヘアが髪束が光を受けて輝いている。目が離せなかった。目線だけで僕を撃ち抜く、その美しさは僕の知っている言葉では説明しきれない。この世で1番見目麗しい女王様ーーーーーー。
1つ確認したかったことがあった。ごくりと生唾を飲み込んで伝える。
「君は…僕の味方でいてくれるの?」
言わざるを得ない。言わされている。言わなければならないと思った。彼女は屈んで、指先を伸ばした。爪が頬を滑り耳にかかる。横面を横切る細い腕はか弱く見えるのだが、確かに今、僕を潰せる存在感で圧倒された。
「私だけは…貴方の味方よ。」
続けて、うんと優しい声で僕の名前を言った。愛おしいものに触れるような穏やかな表情で頬を撫であげる。
瞬間、ぎゅりんと音がなるぐらい激しくに背骨に抜けていく。先ほどは冷たかった血液が熱くなり全身に溢れ、迸るのを感じた。
この悪魔は僕に視覚のすべてで愛を騙る。まるで妹のように。姉のように。母のように。父のように。恋人のようにー。
それがとてつもなく嬉しかった。沸き立つ眼球が今にもこぼれ落ちそうな勢いで止めどなく雫を降らす。愛が欲しい。この悪魔の愛が。虚構でもいい。真実などなんの意味もなさない。だって、貴方の瞳に写るのは今だけは僕なのだから。
彼女の親指が雫を掬って擦る。刹那、悪魔の甘い匂いが近づいた。後頭部と背中に彼女の熱を感じた。綺麗に巻かれた白銀の髪が顔に当たって擽ったい。
だけど、ずっとこうしていたい。このまま時が止まればいいのに。彼女に酔いしれていると品のいいベロア調の服の裾に縋る自分の指が目に入る。ボロボロ、品のない指。所々、皮が剥けていて傷口は赤黒く染まっている。こんな、釣り合うはずもない手をぐっと握り込み、乱暴に目を擦り付ける。何度も。何度も。いつの間にか啜り泣く醜い音もなくなっていた。
馴染んできた体が離れ、彼女がスカートの汚れを払いながら立ち上がり数歩後ろへ下がった。
その行動に恐怖を感じる。先ほど手の届くところに居たのに離れていってしまうのが不安で待って、っと手を伸ばして惨めったらしく縋る。その様子に悪魔は目を細め、悠然と微笑みかけた。
「おろかな子、でもとーってもかわいらしい。………気に入った。わたしと来なさい。拒否権なんてありません。…丁度いいわ!親衛隊を作ろうと思ってたの」
それにもう後戻りなんてできないでしょう?と手を広げながら目を輝かせ、子供のように嗤った。
こんな僕でも必要とされるなら。
いつか貴方に見合う騎士になりたい。僕は……。
「Yes…your majesty……」
貴方に必要な武器になろう。この
その言葉に満足気に彼女はうっとりと笑ってくれた。遠くの水平線で光が瞬いた。歩きだす、過去の肉塊を踏みつけて。仮初の平穏に別れを告げて。
女王悪魔と人間の僕 re:零A @rireia
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