25歩 悦びの感情

わたしの首に刃が食い込む。斬り裂かれて血飛沫が飛び散った。石の舗装路に飛び散る鮮血。

熱いものがのどの奥に流れ込む。


一撃たりとも決して受けない回避の仕方をルプスお母さまに習ったけどできてない。獣と戦ういろんなことを教わったけど、たくさんの人族を相手にする戦い方は教わらなかった。


だけど人と戦う訓練はルレイル先生からそれなりに受けている。獣よりも人族の方がずるくて悪いのかもしれないと思った。


「おい! 殺しでもしたらどうするつもりだ!」

「こいつは化け物だ! さっきの見たろ! 一瞬で怪我が治ったんだぞ」

「はあ? なにを言ってるんだ? ひどい傷でも治癒魔法を重ねがけすれば……」

「そんな問題じゃない! あれを見ろ!」


赤く濡れた切っ先を、暗闇に紛れていくわたしに差し向ける男。


「がるるる」


激しい痛みと熱に耐えながら四つん這いで切っ先を睨み返す。深く斬り裂かれたわたしののどが回復していくのが分かる。脇腹ももう痛くない。


「化け物……」

「なにが幻の神獣だ! 魔獣じゃないか!」


わたしはそんなんじゃないし。オークショニアだって幻の獣に勝るとも劣らないって言ってただけじゃない。勘違いするな。

怖い化け物なんかじゃないし。


そんなわたしの心の中なんか関係ないわけで。

残りの4人が隊列を整えながらジリジリと迫ってくる。

呪文を唱えている男が二人。


怪我が治るのはいいけど心はだいぶ疲れてる。

呼吸が荒い。冷や汗が落ちる。

さっきから少ししか時間が経ってない。みんなはまだ近いところにいるはず。もっと時間を稼ぐかしないと。


ゴクリと息を呑んだ。

だけど怖いよ。怖くてたまらないよ。

痛いし、辛いし、逃げ出したい。

だけどそうするわけにはいかない。


戦うしかないんだ。妖精郷で死んだルプスお母さまもこんな気持ちだったのかもしれないと思って涙がこぞれそう。泣いちゃダメ。戦えない。


治りつつある首筋から、赤い雫がわたしの胸に流れていく。涙のように。

冷えていく雫に胸の鼓動が跳ねる。


もう……殺す。


「お前ら大の男がガキを相手に四人がかりで情けねぇな」


闇から闇に移動しながら様子を見ていたら、男たちの向こうにもう一人の黒づくめの男が現れた。

この男は……。

舞台袖でわたしに声をかけてきたやつだ。

とても怖いと感じた隻眼の男。

さらに後から増える2人の黒づくめ。

これで黒づくめが7人になった。


「後からきた奴が偉そうに言うな! お前も戦え!」


黒づくめの一人が後から現れた隻眼の黒づくめに叫んでる。


「そいつは悪かったな。便所に行ってたもんでな。祭りに乗り遅れちまったんだ」

「こいつは化け物だ! 油断するな!」


また化け物って言った。失礼なやつ。


「化け物ね。楽しみだ。ふふふ」


隻眼が笑ってる。気味が悪い。

そんなやりとりをしている間に二人の男から魔法が飛んできた。


連続で追いかけてくる炎と氷の礫に石壁を疾ってかわす。炎と氷が石の舗装路と石壁に当たって砕ける。

思い出す。妖精郷を。燃える樹々を。大地に突き刺さった氷の塊を。


二人の剣がわたしを捉えようと迫ってくる。近づかなければ当たらない。

しっかり距離をとるために後ろに大きく跳ねる。しゃがんだときに太ももに付けてあるホルダーからスローイングダガーを抜いた。


光を反射しない黒皮鉄で造られた小ぶりの暗殺用暗器。ランタンの明かり程度なら目視するのは難しいはず。

大の字に飛び下がりながら6本を投げ放つ。剣を持った男二人に3本ずつ。


剣を持つ手甲と両脚の太ももに。悲鳴をあげて二人が倒れる。これでもう戦えない。

さっきは、もう殺す。と思った。眉間、心臓、喉元を最初は狙った。

殺すつもりだった。

だけど……狙いを変えてしまった。

命までとる必要はないよね? 標的じゃないし。


「飛刀か。どうしてそんなもんを持ってる。それにその格好はなんだ? まあいい。お前、手加減したろ? 余裕だねえ。それじゃあ俺の相手をしてもらおうか」


暗器と仕事着に反応してる。成り行きでドレスを脱いじゃったのはしょうがないけどまずいかも。その話をされるとボルドに疑いがかかるかも。

別に手加減したつもりはないけど、やっぱり殺しておいた方がよかったかも。わたしの中でよく分からない感情が揺れ動く。


怯むほかの男たちを尻目に隻眼の男が無造作に近づいてくる。

右手に、刀身が炎のように波打つ片手剣を持って。

確かフランベルジェという剣だと教わったことがある。歪んだ刃が肉をえぐって血を止めにくくすることで苦痛を与えやすいという。


でもそんなことよりも怖い。舞台袖で視線が合ったときにも冷や汗が出るほど怖いと思った。

まるで、裏ギルド<プラント>城塞都市フォルテ支部の長をしている青のラズワルド、おじさんに殺気を放たれたときみたいに。


怖い怖い怖い。

だけど怖くても逃げるわけにはいかない。

みんなのためにこいつらを倒さないと。


え?


視線だけが右側に移動した。隻眼がすぐ隣にいた。

背筋がぞくりとする。

金属に反射する光に気づいて視線が正面に戻る。

波打つ刃がわたしの眼前で水平に光ってる。

どうしていつの間に?

まだ離れたところにいたのに。


疑問が頭によぎってるヒマなんてない。避けないと両眼を中心に頭が断たれる。だけど波打つ刃が二つの眼球まで迫ってる。

避けてるヒマなんてない!


咬んだ。

ガバッと顎を開いてガギンと歯を食いしばった。


口から黒いもやが漏れている。


歯と歯の間で金属が軋む。舌に感じる冷たい感触。

そして剣の軌道に合わせて跳ぶ。

剣から口を離す。背面に手をついて側転と背面飛びを繰り返して距離をとり四つん這いになる。


「……やっぱりおもしろいなあ。獣族ってなあおもしろい。ほんとに伝説の魔狼か? それとも神獣か?」


そんなの知らない。

だけどルプスお母さまのような誇り高い存在になれるのならそれもいいかもしれない。

血の味がするからぺっと吐き出した。刃で傷ついた口が治っていく。


自分でもびっくりしてる。だけど考えてるヒマはなくて。

今度は左側にいる。二度目は一度目よりも早くに気づいて避けることができた。

離れ際にスローイングダガーを放ったけど剣で弾かれる。


あまり時間をかけていると後続にいるはずの騎士たちに追いつかれる。

おかしな戦いをしているせいか魔法を使う黒づくめと後から現れた二人が戦いに参加できないでいる。


どうしよう? 悩みながら隻眼の攻撃を避ける。突然隣に現れるのと一緒に剣が振るわれているから一瞬も気が抜けない。だけど連続だとできないみたいだから距離はとれる。

……もしかして現れるところを狙って攻撃すれば?

と思ったけど、今度は普通に攻撃を仕掛けてくる。


わたしはさっきから避けてばかり。

武器はスローイングダガーがあと一本だけ。反撃しないと倒せない。

徒手空拳の戦い方はルレイル先生からもちろん教わってる。


隻眼の死角となるのは右眼のない右側。うまく狙おう。だから死角をあえて狙わない。


ルレイル先生から教わったことから考えると隻眼の剣技は訓練されたものだと思う。体捌きも姿勢の取り方も美しいくらい。

その表情は気持ちの悪いものだけどそこから予測をつける。

剣の軌道がランタンの明かりに照らされて波打つ刃が燃えているようだった。


その動きに合わせて、低く低く懐に入り込んで掌底を打つ。石の舗装路に体を回転させて蹴り上げる。刃が通り過ぎた後を狙って背後から足払いをする。体格が違うなりの戦い方に終始する。だけど軽いわたしの攻撃は決め手にならない。


ランタンの明かりがわたしたちを照らす。

笑ってるし。隻眼の表情が生々しく影を浮き彫りにしていやらしい。

子どもの女の子相手に大人気ない。頭が狂ってるとしか思えない。もういい加減にしてほしい。


「楽しいなあ。裏の世界にいるとこんなに珍しい戦いができる。それだけに残念だ。まあ、それよりも嬉しいけどなあ」


わたしを見てとても悲しそうな顔をしている。ほんとに辛いという強い感情が伝わってくる。そして歪んだ悦びの表情に変化した。

笑顔が気持ち悪い。

悦びの感情から伝わってくる。この男に殺された可哀想な人たちの悲鳴。

この男から感じる悦びはそんな人たちの悲しみを嘲笑うようなものだった。

ひどい。

絶対に許せない。


「なにが?」


感情は伝わってきたけど理由までは分からなかったらから聞いてみた。そんな感情になる思いがなんなのか。


「成長する前のお前を殺すことがだよ」


きた!

右だ!


隻眼が現れる前に跳んだ。わたしに対して現れるときのパターンはいつも決まってた。右側のときは剣が上段。左側のときは下段。消える前の構え。


現れた瞬間に突き刺さるように傷で潰れた右眼を狙って投げた。ガキンと音を立ててスローインダガーが石の舗装路に転がる。

波打つ刃が縦に構えられて防がれたんだ。瞬時に波打つ刃がわたしのお腹を薙ぎ払う。


狙ったはずが狙われた。こっちの狙いが見透かされた。

波打つ刃が振り抜かれて硬直してる。隻眼の勝利の笑みが見える。

ランタンに照らされて、波打つ刃の影がわたしの影を斬り裂いていた。


だけどわたしはそこにいない。

斬り裂かれたわたしの影が隻眼の影に咬みついてる。

獣装変化 狼の影ウルブスシャドウを同時に浮き上がらせていた。


縦に構えられた波打つ刃の死角となった隙をついてわたしはさらに隻眼の左側に移動していた。そして、隻眼に残されていた左眼にすいを激突させていた。


流星錘りゅうせいすいという名の暗器。

わたしの仕事着。腰に巻いてある3メトル程度の紐状のもので、先端に丸い鉄の塊がついている。わたしが使ってるのは小ぶりなみかん程度。


隻眼が消えた瞬間に腰からしゅるりと外し、移動しながらすいを振り回したんだよね。小柄なわたしでも遠心力で強烈なダメージを与えることができる。急所を狙えば絶命させることも可能な武器。


「わふう」


なんとか倒せた。

声もなく崩れ落ちて動かない。気絶してる。

うまくいかなかったらわたしの頭が斬り離されていた。そしたらきっと死んでた。ヒヤリとする汗をぬぐって息を吐いた。もうずっと呼吸をしていなかったように思う。


だけど殺せなかった。

でも……これでもう人を殺すことはできないよね?


すいを引き抜いた。踊るように脚と腕に絡ませてからヒュンヒュンと回して遠心力をあげていく。

残った黒づくめも倒さないと。ボルドに繋がる敵は……排除しないとだよね?

男たちに向き直ると軽く悲鳴をあげられた。

わたし……怖い?


「敵はそこです! 彼女を助けてあげてください!」


黒づくめたちの向こうから凛とした声が響いた。

裏オークション会場に騎士たちと一緒に姿を現した少女だった。

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