27歩 恩返し
「グレイ」
静かに忍び寄ってルレイル先生のコードネームを呼ぶ。
計画書にあった通りだ。
古代遺跡へと繋がる秘密の出入り口からほど近くにある墓地のはずれ。ルレイル先生と2人の裏ギルド<プラント>ファミリーがいた。わたしの見たことのない男女。
3人とも気配を殺して潜んでいることでそこにいる感じが薄れてる。
おっきい男の人はすごい筋肉が分かるくらいにぴちぴちの黒装束。肌が色黒。髪も黒くてツンツンしてる。
小柄な女性の方は……豊かなルプスお母さまを思い出した。ゆるっとした黒装束に胸元が大きく開いてる。左右で縛った長い茶髪が胸の下で結ばれて強調されてる。動くたびにしなやかに揺れてる。どういう?
「ルプス。無事で良かった。怪我はないか?」
ルレイル先生の笑顔が月夜のない夜空に輝くくらいに光ってる。眩しい……。
「うん。だ……いじょぶ」
「思わぬ横やりが入ったな。えらい騒ぎだったが任務はどうなった」
声がひどく小さい。隠密行動中は密やかに会話をするのは当然だから。
だけどビシッと指差すオリジナリティあふれるポーズはいつもの通り。ほかのファミリーが軽くため息ついてたり、疲れた目をしてた。
思わぬ横やりという言葉。<プラント>は騎士団が現れることを予期していなかったんだね。
「ルプスは……ごめんなさい。任……務を放棄した。ルージュが続行し……てる」
ルレイル先生の視線をしっかり受け止めて話した。目はそらさない。
ルージュ。つまりボルドがどうしているのかずっと気になっていた。
「やっぱりか。まあ、先に脱出した仕掛け人から聞いてるんだけどな。騎士団の追っ手から逃れた奴隷商の一味にルージュは連れて行かれてる。計画通り元締めの隠れ拠点に向かってるそうだ」
拠点の方を指差して軽やかな笑顔を浮かべてる。
「そう……なんだ」
ボルドは商品として連れていかれたんだね。ということは騎士団の突入はオークション会場を押さえただけ? 客は捕まっていたよね?
「暗……殺計画は続行するの? 標的に知られてないかな?」
「もちろん続行するさ。ルプスの逃走とルージュの連行後の時点であの場にいた奴隷商側の関係者はすべて騎士団が捕えたことを確認している。騎士団の奴隷売買摘発として奴隷商側に認識されていることも確認済みだ。つまり標的に俺たち裏ギルドの存在は認知されていない。暗殺計画が知られている可能性は限りなく低いと言っていいだろう」
それならよかった。ボルドがすぐに危ないってことはないんだね。
「騎士団の奴ら裏オークションの情報をどこから仕入れたか知らないがな。標的の隠れ拠点へ向かう素振りもないし、現時点ではそこに繋がるところまでは把握していないのは間違いない。いずれもさらなる裏付けは取るがな」
「でも客からは?」
「絶対とは言えないが客から情報が出ることもないだろう。決定的な法を犯しているわけでもない。証拠になるような帳面は残ってなかったそうだし、権力と金でどうとでも逃れるさ。くそったれどもめ」
ルレイル先生の爽やかな笑顔。言ってることと表情がまったく違う。でもわたしも同じ気持ち。
「死ね……ばいいのに」
「違いない」
「あたしも同意」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛の男女が悔しそうに歯ぎしりしてる。気持ちはみんな同じだね。
「それで? ルプスは後ろにいる5人を救いたかったってことか?」
右手に2本。左手に3本。ビシッとわたしの背後に指差すルレイル先生。
耳長ウィンドゥ。龍人ロン。鬼人オルコ。狐人クウコ。土の妖精美少女がいる。
目は届くけれど少し離れたところで待ってもらっている。話を聞かれるわけにはいかなかったから。
わたしの知り合いがみんなを逃がす手助けをしてくれるかも知れない。と説明したら半信半疑な感じだったけど言うことを聞いてくれたんだよね。
それもそう。奴隷として捕まった獣人がこの街に知り合いがいるってのもおかしな話。
土の妖精美少女は最後まで不満そうに文句を言っていたけど。
ここまで見つからずにみんな一緒に逃げられてほんとに良かった。
水の精霊と友達の鬼人オルコの案内で地下水路を抜けた。上へと戻って古代遺跡をずっと走り抜けてきた。その間も怖さを感じる気配にずっと付きまとわれているようだった。
奴隷商たちが使っていた通り道は騎士団も利用していて、そことは違う出口から脱出したんだよね。
隠密スキルのないみんなを先導するのはだいぶ疲れた。耳長ウィンの音を消す妖精魔法と、土の妖精美少女の壁を造る妖精魔法にも助けられた。
「うん。ちゃ……んと手伝えなくて、ご……めん」
裏ギルド<プラント>と交わした契約通り手伝えなかった。だけどわたしの胸に施された契約紋の魔法効力は発動していない。発動していたら、契約紋が魔法の刃となってわたしの心臓を貫いてる。
わたしは生きてる。
「いや。手伝いはちゃんとしてるさ。任務達成の是非は関係ない。失敗してるたびにファミリーが死んでたら<プラント>が壊滅しちゃうだろ? 次もしっかり手伝えばいい。今回のルプスの任務は終わりだ」
ビシッと指を差してから肩をすくめて可笑しそうに笑うルレイル先生。『人生笑ってるのが一番さ! 俺は暗殺する瞬間でも笑うことにしてるぜ?』と言ってただけある。さすがだなあ。
だけどほかのファミリーたちはそうでもない顔をしている。
「いま……からルージュの後を追うのはダメ? 商品の検品をさ……れるのはルプスの方がよかったでしょ?」
奴隷売買の元締めは必ず出品前の商品を検品すると言ってた。
ボルドが心配。
男の子のボルドが一人で任務を達成するのは、女の子のわたしがいるのとでは難易度がだいぶ違うと思う。
「それは危険だろう。忍び込むのは無理だ。警備が厳重すぎる。ルージュと共倒れも考えられるし、なによりお前が危ない」
ルレイル先生がダメダメと両手を振って笑ってる。笑った瞳の中にある感情。わたしとボルドのことを心配しているように感じられる。いい人。
「それならさ。検問所で捕っちゃえばいいんじゃない?」
「それはありかもな。役人に賄賂でもなんでも使って奴隷を取り戻そうとするに違いない」
「白銀狼の獣人っていう最高のカードを利用できるチャンスは今回きりでしょ?」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛がわたしも離脱しない計画続行のための提案を始めた。
「それ……ルプスもいいと思う」
白銀狼の獣人なんてこれまでに現れたことなんてないって言うし。二度とこんな機会がないと思えば執着心もすごいよね?
「おいおい。検問所なんて都合が良すぎるだろ。なんでわざわざ検問所を狼獣人が通る必要がある? それだとルプスが疑われる可能性が高くなる。ただでさえ、奴隷商の手下の独断っていう普段じゃあり得ない手を使ってるんだ。隷属の首輪の解錠を誰がしたかってことも疑問になるだろ!」
都合。確かにそうかも。わたしが本気で逃げるなら検問所なんて通らない。闇に紛れて城壁を駆け上って飛び越える。
「理由はなんとでも考えればいいに違いない」
「獣人に同情した手下が首輪を解錠したことにすればいいんじゃないかしら?」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛はルレイル先生をどうしても説得したいみたいで食いさがってる。
「仮に検問所で捕まったとして。噂になるに決まってる。騎士団の耳にだって入るだろ? そしたら奴らの前にルプスが騎士団に引き渡されることになるだろ」
それも確かに。うっかり騎士団に連れてかれたら潜入なんてできなくなる。でもそしたらセイアにまた会うことになるのかな?
「あの騎……士団てここの騎士じゃないよね? 何者?」
辺境の城塞都市に常駐する騎士と出立が全然違ったからね。
「ああ。どうも聖王都から派遣されてきた聖騎士の一団らしいな。どちらにしろ俺は反対だ。危険がすぎる」
ルレイル先生の頑固者。普段は頭がパアのくせに。声に出してないのに笑顔で睨まれた。
「ルプスも計画に復帰するべきだ。裏工作が必要になるのは違いない。騎士団にファミリーがいないのが残念だが、役人の中にはうちのファミリーだっているし情報操作もできるに違いない」
「そうね。騎士団が動き出す前に潜入できれば問題ないと思うわ。さっきも言ったけど標的の元へたどり着くチャンスはそうそうないんだから。もちろんあたしたちだってバックアップはするから」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛のいう通り。疑り深くて用心深くてなかなか暗殺するチャンスが無かったんだもん。少しくらいのリスクがあっても計画の続行をするべきだとわたしも思う。
「グレイ。ルプスはやる。止めても勝手に行く」
暗殺計画への覚悟は元からできてる。予定外のことが起こりすぎて怖いことがいっぱいだったけど計画のためなら怖い気持ちを押し殺してがんばれる。
それになによりボルドが心配。
「はあ? 気持ちは分かるけどなあ。絶対にダメだ。むざむざ命を落とすリスクが高い行動はさせられない」
ルレイル先生の笑顔がさらにキラキラ笑ってる。どういう? わたしのことを心配してくれてるんだよね。変な人だけどいい人。
「グレイ。も……しもボルドが失敗して殺されちゃったら……。そんなのは絶対に許せない。だから絶対に検問所に行……く」
決意を込めて言った。
「おいおい。だからなあ。検問所をお前が通る理由がないだろ? そんな怪しい状況じゃあ奴が喰いつく可能性は低いさ」
う。そこはいい考えが思いつかない。
「そう……かも知れないけどやってみ……ないと分からないじゃない」
眉をひそめてつの口をして言った。
「分かるさ。自分でも自信がないことをほかの奴が気づかないわけが……」
「そ、それならわたしが手伝います!」
「ウィン!?」
うるうると涙目の耳長ウィンがわたしの隣に立ってた。いつの間に。
「ほんのいままで離れていたのになぜ会話を聞けていた?」
ルレイル先生。笑顔だけど口調が冷たい。ちょっと警戒してる感じ。
耳長ウィンは確かに離れたところにいたから密やかに話すわたしたちの会話を聞けていないはず。
「風の妖精魔法で言の葉を運んでいました。だから全部聞いてます」
そっかあ。風で音を運んでいたんだね。それなら離れていても関係ないよね。
「なるほど。手伝うとはどういうことかな? お嬢さん?」
今度はにっこりと営業スマイルを浮かべるルレイル先生の口調が軽い。初対面の人にはいつもこんな感じ。
「だって。わたしという足手まといがいれば検問所を通る理由になるでしょ? わたしには誰にも見つからないで外に出ることなんてできないし」
確かにそうかも知れない。確かにそうだけど……。
「ダメだよ。ウィンを危ない目に遭わせられないよ」
「ダメだ。お前はよそ者。仲間じゃない以上は信頼できない。いざというときのリスクが大きすぎる」
わたしとルレイル先生の声が重なった。だけど続きが違った。
「でも! 助けてくれたルプスに恩返しがしたい!」
耳長ウィンの涙がこぼれてる。やっぱりダメだよ。気持ちが優しすぎるこの子を危険にさらせない。そもそも。
「標……的にまた捕まることになるんだよ」
出品前に必ずされる商品の検品。
それはここにいる5人も例外じゃないはず。標的の顔を見るのだって嫌なはず。もしも捕まったらどうなるか。……それなのに手伝うっていう風に思ってくれてるってこと?
「怖いよ! あんな目にはもう遭いたくないよ! 怖いけど……わたしやみんなみたいな思いをする子がいなくなるんでしょ? 殺してくれるんでしょ!」
月夜のない闇に耳長ウィンの絶叫が溶けていく。
悔しさが滲む声。耳長ウィンの暗い感情が伝わる。
復讐したいという心からの叫び声。
「あまり騒がれると目立つに違いない」
「気持ちは分かるけど落ち着いてくれないかしら?」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛の言いたいことは分かるけど、もうちょっと優しく言ってあげて欲しい。
「ウィン……」
「ご、ごめんなさい。音は妖精魔法で漏れないようにしてあるから」
ひどい嗚咽の混じった泣き声で肩を大きく震わしている。長い耳が垂れに垂れている。
優しく引き寄せて抱きしめた。耳長ウィンのあったかい涙がわたしの肌を濡らしていく。
「決まりに違いない」
「ふふん。決定ね」
ツンツン黒毛とふた縛り赤毛もやる気満々な顔してる。
「グレイ。ルプスとウィンはやる。必ず」
耳長ウィンの肩を強く抱きしめて、そう宣言した。
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