23歩 迷宮

はあ、はあ、はあ、はあー。


荒れた呼吸を整える。追っ手から逃げるために古代遺跡の中心?に向かって走ってきた。


「逃げ……切れたかな?」


通り過ぎた道に意識を向けるけど追っ手の気配を感じない。代わりに不思議な気配を感じる。まるでなにかがいるみたいに。その正体は分からないけど怖いという感情が刺激されていた。だけどいまはそんな感情にかまっていられない。


疲れた。息があがる。それなりの距離だったけど疲れるほどの距離じゃないのに疲れた。

守らなきゃ。と思う気持ちと、追いかけられている状況と、ボルドのことが心配な気持ちで心が擦り切れそうだったから。


はあ。と息を吐いて見上げる。

真っ暗な通りの石壁に背もたれて重い首輪を外して放り投げた。古びた石の舗装路に転がって建物の陰で止まった。あそこなら追っ手も気づかない。


古代遺跡。背の高い石の建物ばかり。地上の城塞都市も石造りだけど造形がだいぶ違うように思える。古代というだけあって建築様式が違うんだろう。

こんなにたくさんの石材をどうやってここまで運んだのか。ううん。もしかしてここ全部が一つの石の塊なのかも。削り出して造られているのかもしれない。


「まるで迷宮みたい」


誰かがぽつりと言った。

入り組んだ構造が複雑ですぐに道に迷ってしまいそうなくらい。


石壁に刻まれた複雑な装飾レリーフ。美しく繊細な石柱。建物の上階に上がる螺旋階段。どこを見ても高い技術が感じられる。

さらに上を見上げれば高すぎる天井もなにか幾何学的な装飾が施されているように見える。

暗いこともあるし、さすがに遠すぎて夜目が利いてもよくは分からない。

辺境の城塞都市フォルテは地下水道があるくらいなのにどれだけ深いんだろう。


「み……んな大丈夫?」


わたしの問いかけに手をあげたり頷いたりそれぞれが反応をくれた。

ただ、半身もふもふ毛の美女だけが無言でうつむいていた。


ここまでくる間に誰もはぐれることがなかった。暗い中でも全員迷うことなく走っていた。亜人だからわたしみたいに夜目が利いたのかもしれない。


「とりあえずは逃げられてよかった。うらは龍人のロン。きみがいなかったらどうなってたか。ありがとう。えーと」


半身が鱗姿の青年に名前を聞かれてる。なんとなくチャイナっぽい薄手の羽衣のような服で全身が透けるように見えて、緑の鱗がすべすべしていそう。明るい緑の髪の隙間から覗く翠玉エメラルドに輝く瞳が優しく問いかけている。


「わ……たしの名前は……」


どうしよう。いまはベルという名の設定だけど通り名がいいかも?

通り名を名乗っておいた方がなにかあったときに仲間に伝わるかもしれないよね。


「ルプス」

「狼の獣人だよね? よろしくルプス。みんなの名前も教えてくれるかい?」


「僕は鬼人族のオルコ」


水色のツンツン頭を下げてひたいに生えた一本のつのを指差しながら自己紹介してる。


「見慣れない格好だね?」

「これは狩衣かりぎぬって言うんだ。東の国の衣装だよ」


東の国……。

なんだろ? 武士みたいな格好?

もしかして日本みたいな国があるのかな?


「わたしは……その……耳長族のウィンドゥ。ウィンて呼んで」


丸くカットされたクリーム色の短髪と葉っぱのようなデザインのドレスが可愛い。耳の長い少女の着ている服は妖精郷のみんなを思い出す。


「キミは? なんていう名前なのかな? 教えてくれるかい?」


龍人ロンにお姫様抱っこされたまま首にがっしりとしがみついている半身オレンジ色のもふもふ毛の美女に微笑んで尋ねている。美女が着ている服は十二単じゅうにひとえのような着物だった。やっぱり日本みたいな国がある?

んー。龍人ロンの笑顔が爽やかだね? これは好きになってしまいそうな女子がいそうな美丈夫さんだよね?


「わたしは……狐人族のクウコといいます……」


よくよく見ると耳をしっぽも狐のものだった。龍人ロンの瞳を見つめ返してる。暗くても分かるくらいにほっぺたが赤くなってる。


「クウコさんはなんで残るって言ってたんだい?」

「わたしを……ずっと飼っていただいていたご主人様がお亡くなりになりまして……新しいお方のもとに売られると……外の世界は知りませんし……わたしはどうしたら……」


ポロリとこぼす涙を龍人ロンが羽衣でぬぐってる。

こういう人もいるんだ。奴隷と言ってもいろいろ。飼い主に気に入られれば不自由なく贅沢ができることもあるという。ある意味、とても安心して生きていけるのかもしれない。

残りたいと言っていた理由が少しだけ分かった気がする。


残すは背がやたらと低い美少女。みんなの注目が集まってる。


「悪いけどあたしは名乗るつもりはないの。ここでお別れするの」


背中を向けてスタスタと歩き始めた。


「道……知って……る?」


足がピタッと止まった。


「知らないの。でも土の匂いで行けるの!」


振り返ると口を大きく横に開けてイーって顔してる。美少女なのに表情が豊かだなあ。

わたしと同じような可愛いボールガウンドレス(舞踏会や晩餐会用の女性の礼服)を着ている。翠の長髪にとても似合ってる。


「土の匂い? あなた、背も低いし土の妖精族よね?」

「そうなの! 悪いの!? あたしはちょっと森から出ただけなのに蛮族に攫われるなんて思わなかったの! あんたこそ森の妖精で、しかも古代種のくせしてなんでここにいるの! もう最悪なの!」


耳長族のウィンに聞かれた美少女の返事がとってもご立腹。オークショニアは従順にしつけているなんて言っていたけどそんなことはなさそう。


「わたしは森の中で攫われたから。奴隷もこんな石の遺跡もいや。早くわたしの森に帰りたい」

「ア……ルプスも……森に帰りたい」


うっかりアーヤって言ってしまいそうになる。森の話なんてするから。


「そうだよね。仲間のいる村から離れなければよかった。ルプスも家に帰りたいよね」

「う……ん。だけどルプスの家は森には……」


家の話なんてされると思いが募る。ちゃんとしっかりしないといけないのに悲しくなってしまう。


「そんなこと言っててもしょうがないの! うちはもう行くの!」


土の妖精美少女がわたしの話をさえぎって歩き始めた。


「そうだね。地上に出られたとしても追ってくるだろうし、そんなにのんびりしてはいられない。ルプス。この先はどう進んだらいいんだい?」


龍人ロンが穏やかに聞いてくる。狐人クウコを一度は下ろそうとしたのにしがみつかれて抱え直してた。


「えと……あっち」

「あっちだってよ? キミは一人でそっちに行くのかい?」


「……土の匂いはそっちからだったの!」


くるりとこちらに向き直って、わたしが指をさした道に進み始めた。ほっぺたをふくらしてぷんぷん可愛い。


「石ばっかりで土の匂いなんてしないでしょうに」

「うるさいの!」


耳長ウィンの少しからかうような言葉に怒ってる。森の妖精と土の妖精って仲が悪いのかな?

それにしてもドレスが動きづらい。オークション用に着飾られてしまったからしょうがないけど。脱いでもいいんだけどいまはやめておこう。


そうして六人で進み始めた。

隠密スキルのあるわたしと、抱きかかえられている狐人クウコ以外の足音が小さく響く。


真っ暗な道。足の裏に感じる硬い石の感触。曲がり角で先の安全を確認するために石壁に身を寄せて肌に伝わる冷たさ。

行く先に危険はなさそう。代わりに感じる虚ろな気配。大昔に使われていた街?は廃墟となっている。


ふと冷静になると怖い。

いままで任務のために心に決めていた覚悟。突然の予想外なことに、緊張した中で張り詰めた気持ちでいられたけど、真っ暗で静かで石の道と石の建物らしい壁に挟まれて息苦しい。


地下の古代遺跡ってそもそもなに? 少女が引き連れていたあの騎士団はどうなったの? ボルドは大丈夫なの? わたしはほんとに子どもたちと逃げてよかったの?

いろんな思いが頭の中でぐるぐる回る。


「わふ!?」

なに!?


手を握られた。

胸に感じるとびきり大きな鼓動。びっくりして心臓が止まるかと思った。

先の安全を確認して曲がり角から一歩踏み出そうとしたところで飛び上がってしまった。


「大丈夫?」


振り返るとソーダ珪灰石ブルーペクトライトのように透き通った白と水色の瞳がわたしを心配そうに見つめていた。煌めく海のような眼差しがわたしの心の中を覗いているように感じる。


「一人で思い詰めないで。僕たちも一緒だよ」


呼吸を間近に感じるくらいに顔が近いんですけど。鬼人オルコがわたしの真後ろにいた。なにか青い花でも背負っていそうな顔してる。


「あ、あり……がと。だいじょぶ……だから」


突然のことに驚いた。心臓がまだドキドキ言ってる。だけど怖いという思いは少しおさまったかも。

繋がれた手に手をやって引き離した。なんでか手が汗ばんでる。


「つ……いてきて」


道はこっちであってるはず。


「進めないの!」


あってるはずの道が塞がってる。石の建物が崩落して先へ進めない。上を見上げると高い石壁。通りの上には建物と建物を繋ぐ渡り廊下が見える。


「道がダメなら建物に入って向こうに行けばいいの!」

「建物の中に入るのは危ないんじゃないかしら?」

「崩落してるしね。やめておいた方がいいんじゃない?」

「分かってるの!」


耳長ウィンと龍人ロンに当然でしょと言わんばかりに土の妖精美少女が怒ってるけどね。


「戻ろ……う」


違うルートを進むしかない。戻って交叉路を変える。進んだ先がまた崩落してた。何度か道を変えても同じ。


「このあたりは崩落がひどいね」

「もっと戻った方がいいかもしれないね」

「いや。追っ手が近づいているかもしれない」

「そんなこと言ったら逃げられないの!」


みんな焦ってる。ここまできて分かったけどみんながみんな、わたしみたいに暗い中でも見えてるわけじゃなさそうだった。種族によって見え方が違うのかもしれない。


「しっ!」


口元に人差し指を当ててみんなに合図を送った。なにか気配がする。魔道具の狼耳がわたしの感情に反応してくるくると動く。しっぽが緊張で太くなる。


すかさず、ボロボロの石の舗装路に耳をつけた。髪ともふもふのメイクで隠してある人族の耳の方を。

わたしの行動でみんなが足を止めて押し黙る。


狼の耳ウルブスサーチ

耳に全神経を注ぎ込むとかすかに聞こえる。

一人、二人、三人、四人……十人以上いる。重い足の音。かすかに高い乾いた音。金属音だ。武装してるかも。先頭の一人だけ足音が軽やか。小柄? 騎士たちが突入してきたとき先頭にいた少女?


「騎士……団かも? でも……奴隷商じゃ……ないとは言い切れな……い。もうすぐそ……こ」


耳を舗装路から離さないまま伝えた。


「どうするの!」

「し!」

「むぐ」


そこそこ大きい声に反応した耳長ウィンが土の妖精美少女の口を押さえた。


「建物の中を行くしかないね。みんなもそれでい……」

「ううん。地下にある水路を行った方がいいと思う」


龍人ロンの提案をさえぎって、鬼人オルコが下を指差していた。

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