13歩 妖精魔法
「おう。いま帰ったぞ」
おじさんが毛長馬のボーから降りて手を振ってる。
「みんなあ! ティオだよ! ティオが帰ってきたよ!」
男の子の呼ぶ声で畑にいた子どもたちと建物から子どもたちが飛び出してきてあっという間におじさんを囲んでる。小さな子もいれば大きな子もいる。
「ティオ。ひげがぼうぼう!」
「お土産は!」
「お仕事うまくいった?」
「無事に帰ってきてよかったね」
「……お帰り」
「ボーは俺が馬小屋に連れてくね」
いろんな特徴のある子どもたちが次から次にまくし立ててる。数は……1、2、3、たくさん。あちこち走り回る子たちがいて数えられないけどたくさんいる。こんな光景を見てるとトゥリックやクッカたちを思い出す。
けれど怖い人族の子どもなんだ。わたしと同じ子どもだからって油断をしたらいけないに決まってる。
「おいおい。そんなにいっぺんに言われても分からんて」
「ティオ。その子は?」
おじさんを押し倒す勢いの子どもたちから一歩下がったところで、少し背の高い女の子が質問しながらわたしを見てた。
「ああ。広野で拾った迷子のわんこだ」
「がる!」
わんこって犬でしょ! わたし、犬じゃない!
「今日から仲間入りをする。みんなで面倒見てやってくれ」
無視した! 仲間入りってなに!
おじさんの言葉で毛長馬のボーの背中に座ったままのわたしにいっせいに視線が集まった。
「変な髪だねー」
「歳はいくつなの?」
「お名前は? わたしはライ」
「ボクはダイ。仲良くしようね」
「……ようこそ」
「ボーから降りてもらってもいい? 荷物を下ろすから」
降りるかどうしようか迷った。なんとなく地面に足をつけるのが怖かった。だけどじっと見つめられて待たれてしまったことが気まずくて渋々降りた。
ボーから降りた途端にあっという間に子どもたちに囲まれて焦りに焦った。解放されたおじさんが笑いながら一人の男の子と荷物を下ろし始めた。
「わたしはセーリオ。あなたの名前を教えてもらえたらうれしいわ」
女の子が聞いてきた。たくさんの赤い三つ編みが揺れてる。わたしよりもずっと背が高い。
だけど子どもたちにぎゅうぎゅうに囲まれている小さなわたしにはそんな余裕はなくて。
「わ、わふ!」
押さないで!
「ワワフ? 変わった名前ね?」
「ちが……わた……し。アーヤ」
「アーヤ? あなた女の子でしょ。可愛い名前ね」
笑顔で褒めてくれた。ルプスお母さまに名付けてもらった名前を可愛いって言われてうれしい。
「なに!? 女の子だって!?」
おじさんが驚いた声をあげて眉をしかめて青いひげをさすってる。
「髪がボサボサで焦げてボロボロの毛皮なんて着てるから男かと思ってたぜ」
ふんだ。おじさんにどう思われてもいいし、別にどっちでもいいけど。
「セーリオ、一番年長のお前がそれらしくしてやんな。ボルド、荷物は俺にまかせてボーをよろしくな」
「分かった」
ボルドと呼ばれた赤髪の男の子が手綱を引いてボーを連れて行こうとしてる。子どもたちの隙間から通り抜けてボーの前に立った。手を伸ばしたら頭を下げてくれたからもふもふのたてがみをなでなでした。
ここまで運んでくれてありがとね。
でもって子どもたちにまた囲まれる。
ぶるるといなないてお返事をくれた。ボーは全然話さないから分からないけど、きっとどういたしましてとか言ってる。
不意に、わたしの頭が撫でられた。セーリオが後ろからわたしの頭を撫でてる。
「ふふ。いい子じゃない。今日から一緒に暮らしていくのが楽しみだわ」
いい子……撫でられた頭に手を置いた。この子も優しい?
「みんな、お土産はあとにして自分の仕事に戻って」
パンパンと手を叩くセーリオの掛け声で子どもたちがそれぞれ返事をして戻って行った。凛とした視線とハキハキ喋ってる感じが群れのリーダーみたい。
「アーヤはわたしときて」
「わふん?」
どこに行くの?
「わふんて……アーヤって犬みたい」
「がる!」
犬じゃない! 狼!
「あはは。普通に喋ってほしいなあ。こっちよ」
手を引かれてついていく。古い木造りの建物を回り込みながら。高い煙突のある大きな三階建て。とってもボロボロで古そう。
怖い気持ちはあるけど自分でどうしたらいいか分からなくておとなしく言うことを聞いていた。元々一人であれこれできる性格じゃないし。
裏手には背の高い樹や種類違いの樹が何本かあって、花が咲いているものや赤い果実がなってるものもあった。おじさんにもらった干し果実になったものかも?
「すぐに戻ってくるからこの椅子に座ってて」
ギシギシ軋む背もたれのない木の椅子を差し出された。ずっと雨ざらしになっていたのか座るところもボロボロ。ぴょこんと飛び乗って両手両足をつけて座る。ぐらぐら揺れてもだいじょぶ。
「器用に座るわね? ほんと犬みたい。おとなしく待ってて」
わたしは犬じゃないのに。なんでおじさんもセーリオも犬だって思うの。
建物の扉から入って行くセーリオが間もなく戻ってきた。手に刃物や布を持って。
「がうう」
低く唸った。その刃物でなにをするの。わたしになにするの。
「なにを怒ってるの? 唸ってるだけじゃ分からないよ。……もしかして言葉があんまり話せないとか? それならそれで教えてくれればいいのに。ほんとにティオはいいかげんなんだから」
眉をあげてぷんぷんしてる。あのおじさんがいいかげんというのはわたしにも分かる気がする。
……少しはわたしも話したほうがいいよね?
「話……せる。す……こし」
「少し? そう。そしたらいっぱい話せるように練習しましょうね。読み書き計算も教えてあげる」
優しく微笑んでくれるセーリオに無言でこくりと頷いた。
「まずはナイフで毛先を整えようか。なんでこんなに縮れてるのかしら? まるで燃えたみたい……」
座るわたしの前髪をつまむと刃先を毛にあててちょんちょんと切り落としていく。髪の先っちょが膝にハラハラと落ちてゆく。
「こんなに綺麗な金の髪なんて見たことない。うらやましい。わたしはどこにでもいる赤毛だからね。さあ髪を洗って体を綺麗に拭くわよ。井戸の水は冷たいけど我慢してね」
セーリオがすぐそばにあった水場から桶に水を汲んで運んできた。ヨタヨタととっても重そうにしてるから駆け寄って桶をわたしの手に取り上げた。重いけどこれくらいなら大丈夫。
「ありがとう。小さいのに力持ちね。うちにも水路がきてれば便利なんだけどなあ。洗うから椅子に座って頭を下げて」
ぴょこんと座ると頭から水をかけられた。水が冷たい。薄茶色の小さな四角い塊が頭の上に置かれて髪の毛がわしゃわしゃと揉まれてる。あわあわしたものがぴちょりと手に落ちた。
これ……石鹸だ! 鼻に近づけてふんふんすると少しだけ花のようないい香りがする。
「ふふ。いい匂いでしょ?」
頭を指でかきかきされて気持ちいい。うっかり後ろ脚が反応して頭をかいてた。そのはずみで泡が目に入ってしみる。
「わふう」
痛いよー。
手でゴシゴシこすった。
「待って待って。いま水で流してあげる。びっくりするくらいに体が柔らかいんだ。ふふ。ティオがわんこって言ってた通り」
顔に水をかけられてスッキリした。目をぱちぱちして見上げたらセーリオがにんまりしてる。
花咲く樹木に小鳥たちがやってきて花をおいしそうについばんでる姿が見えた。
「がう」
犬じゃないのに。
毛皮の服が脱がされた代わりにわたしの全身が隠れるくらいの布をかけてくれた。
「うまく手直ししたら着れそうかな?」
焦げた毛皮を確かめてから丁寧に畳んでる。
濡らした布で体を優しく拭いてくれる。なんとなくルプスお母さまの舌で舐められて綺麗にしてもらったことを思い出してじっとしていた。
「首飾りの石が素敵だね。光で輝いてる……これって精霊石? まさかね」
精霊石? なにそれ?
これは妖精郷でもらったもの。毛皮と一緒で大事なもの。わたしが持ってこれたものはこれしかない。狼耳のかぶりものは妖精郷に向かうときに攻撃されて失くしたし。
乾いた布で全身を拭いてくれた。頭と体がさっぱりして気持ちいい。
森でもよく水浴びをしていた。ダニとかがつかないようにルプスお母さまと一緒に毛繕いして清潔にしていたことを思い出す。
思い出すと涙が出る。
「あらら。どうしたの? そんなに石鹸しみた? さあ。服を着て」
濡れた布を被ったまま渡された白いショートパンツを履いた。太ももまで隠れてゆるい感じ。顔をあげたら布を剥がされて頭からばさっと布を被せられた。ヒラヒラした白いワンピースみたいな感じ。腰に帯を巻かれてきゅっと縛られる。
「これはうちの制服だよ。仕上げに髪を乾かそうね。もう一回座ってくれる?」
制服? さらりとした肌触りが心地いい。ごわついた毛皮と全然違う。
もう言われるままにしてる。おとなしくぴょこんと椅子に飛び乗った。両手両足をついて。
そんなわたしをセーリオが呆れた顔で見てる。
「お行儀も教えないとね。とこしえの春風よ ささやく羽となりて 調べ奏でよ」
ふわりと風が舞った。わたしの金色の髪がサラサラと舞い上げられて濡れた髪がほわほわと乾いていく。
口をぽかんと開けたまま見上げてた。
これって……。
「最後に髪飾りをつけてと……出来上がり。ほら。鏡を見てごらん」
わたしに手渡された手鏡に太陽が反射して一瞬眩しかった。ゆっくり目を開けた。
わたしが映ってる。
足先まであった長い髪が肩にも届かない短い長さになってる。頭の横側の髪が縛られていて、まるで狼のしっぽみたいにぴょこんと空を向いて揺れていた。
縛ったところにつけられた妖精の羽のような髪飾りに胸が熱くなる。
わたしは手鏡を持って釘付けになったまま。
ぽろりとこぼれそうになった雫をセーリオが人差し指の背で受け止めてぬぐってくれた。
「なにか話したいことがあったら遠慮なく言ってね? ふふ。とっても可愛い。わたしのお下がりだけど」
両手を後ろ手に屈んだセーリオの微笑む顔が近い。しっかり覗き込むようにわたしの瞳を見られた。
なんとなく気恥ずかしくなってそっぽを向いた。
そして、気になることがあった。あの旋律と言の葉は聞いたことがある。トゥリックから。
「妖……精……魔法」
そっぽを向いたままぽつりとつぶやいてた。
「え。妖精魔法を知ってるの?」
目を見開いて驚くセーリオの視線に視線を返してこくりと頷いた。
「そうなの。なにも知らなそうな子どもだと思ってちょっとうっかりだった。アーヤ。いまのは内緒にして。いい? これはわたしとアーヤの秘密だよ」
秘密。なんで? 妖精のことを知ってるのは秘密にすること? わたしが知ってる妖精をセーリオも知ってる?
「アーヤ。お願い。ほんとにこのことはみんなには知られたくないの」
眉を下げて目が潤んでるセーリオが悲しそうだから頷いた。
「ほんとにほんと? 約束できる?」
「分……かった」
もう一度こくりと頷く。
「ありがとう。今日はアーヤの歓迎会をするから。楽しみにしててね」
ナイフや布をテキパキと回収するセーリオがくるりと背を向けた。
「さあ。家に入りましょう。アーヤの歓迎会の準備もしないとね」
振り返らずに話すセーリオにはどんな秘密があるんだろう。
手が独りでに、頭につけられた妖精の羽のような髪飾りを触れていた。
橙色の光がわたしの中にある暗さを照らしてるみたいだった。
もうすぐ日が暮れる。
歓迎会ってなに?
ここはなんなの?
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