8歩 灯火
「女王様! こんに……ちは!」
『人の子よ。わらわの元においで』
キラキラと柔らかく輝く天蓋で覆われた妖精郷に響く声。姿はどこにも見えない。
「はーい」
妖精女王様のいる場所は妖精郷の一番奥にある大きな樹の中だ。
「ルプスお母さま、行こ」
手を引っ張って歩き出そうとするけど、ルプスお母さまは動かない。
『白銀狼は呼んでおらぬ』
美しいけれどその声は拒んでいるような感じだった。
「アーヤ。行っ……てこい」
手を離された。そうなの? 一匹で行った方がいいの?
首を傾げていたら人差し指を引っ張られた。
トゥリックにクッカ。妖精たちが賑やかぺちゃくちゃ話しながら「早く行こう」と急かす。わたしは背中を押されるままに歩みを進めた。
少し小高い丘の上。それほど背は高くないけれど、とてもとても幹が太い大樹の前に導かれた。
立派なまあるい葉っぱが生い茂っていて、うねるようにたくさんの枝葉を伸ばしている。
大樹には木のように太いツルが巻きついていて、階段のように登っていく。
たくさんの葉っぱのカーテンをくぐると大きなウロがある。行き止まりになっているウロの中は淡く光っていて妖精たちが笑いながら吸い込まれるように消えていった。
初めて妖精郷に訪れたときにルプスお母さまと一緒に入ったことがあるし、妖精女王様に優しくしてもらった記憶があるから怖くはない。
淡い光に手のひらをつけるとあたたかい。なんの抵抗もなくするりと光を通り抜けた。
壁のない空間。床はたしかにあるけれどふわふわとしてまるで雲の上にいるみたい。眩しくはないけど光の中にいるような感じ。
遠いのか近いのか、光が透き通る樹々が周囲に立ち並んでいる。
飛び交う妖精たちの中心に妖精女王様が佇んでいた。ルプスお母さまよりもよっぽど背が高くて豊かな母性を感じる女性。
わたしに着せられた服と同じような衣装を身にまとっている。
背中から見える妖精の羽がふわりと揺れて、ふんわりと波打つ緑色の髪が爽やかで綺麗。目は閉じられていて、ぷっくりとした艶やかな唇が開いた。
『久しいな』
なんて綺麗でおっきくて美しい人なんだろう。間近で声を聞いただけでなんだか癒される気がする。
「女……王様。こんにちは!」
直接顔を合わしたからもう一回挨拶したけど黙ったままでわたしの方を向いてる。あごが少し下がった。目は開いてないし寝てる?
『寝てはおらぬ。ふふ。トゥリックらのイタズラにも困ったものだ。加護はともかく天宙世界樹の雫をこれほど与えるとは』
「とって……もおいしいよ! そ……れに元気!」
イタズラって言うけど、おかげでわたしはこうして生きていられるんだもんね。
『魅入られしものよ。いずれ訪れるいかなる想いも闇に落とすなかれ。絶望に抗うのもまた生きる道』
みいられ? なんの話だろう? わけが分からないし意味も分からない。だから首をかたむけるだけだった。
『ひとときの宴を皆と楽しむとよい。未来に笑顔を願って』
妖精女王様の瞳が開いた。
「宴! ほんとに!」
おいしいものがいっぱい食べられる! お腹いっぱい幸せって素敵!
あんまりうれしくてバンザイ。ぴょんぴょこ飛び跳ねてた。
「ワタシ、木の実をいっぱい用意するね!」
「ボクは果物採ってくる!」
トゥリックとクッカに続いて外に飛び出していく妖精たちが喜びの声をあげて大樹の外へと飛んでいった。
『人の子よ。そのビリビリスは口に入れるのか?』
「うん! おいし……いよ! 女王様も食べ……よう!」
戸惑う妖精女王様のしっとりした手をとって外へ出ると、妖精たちが慌ただしく飛び交っている。さっそく宴の準備で忙しそうにしてる。
妖精女王様とわたしたちが座れるくらいのきのこ椅子ときのこテーブル。妖精たちは葉っぱのテーブルだったりオオダンゴムシの椅子だったり。
妖精女王様のお家の前にある広場にどんどん用意されていく。ど真ん中には木の実やフルーツがいっぱい積まれていく。はちみつが入った花びらのポッドもある。
「トゥリック。お肉を焼……くから燃えそうな枝も用意して……くれる?」
「分かった! みんな手伝って!」
「なにするんだ?」
「燃えるって火だぞ! 火!」
「ボワッと燃えるぞ!」
「見たことなーい!」
「オレはあるぞ!」
「雷落ちると火が出るぞ!」
興味津々な妖精たちが太い枯れ枝を積み重ねてる。あっという間に山盛りいっぱい。
「み……んな火が怖くないの?」
森に住む妖精だもん。樹々を燃やしてしまう炎が怖くないのかな?
「怖くない!」
「怖ーい!」
「怖いけど怖くない?」
「火だって友だちだよ!」
『火がなくては生きられぬ者もおる。水も火も緑も……闇もみな友人だ。火を好む種族も尊重する』
妖精女王様の言葉で「そうだそうだ」と連呼する妖精たち。
そういうもの? だけど闇は怖いな。怖いの嫌い!
ともかくみんなが楽しみにしてくれてるならおいしく焼きたいところ。
「ふふ。お……肉を焼いて見せたら、み……んなびっくりするかな?」
「ここの妖……精は火を使うことはな……いからな」
「だってボクたち森に住む妖精だからな!」
「お肉なんて食べたことなーい!」
「木の実よりおいしい?」
「グミの方がおいしいに決まってるよねー」
とか言いながらビリビリスのお肉を捌きはじめたわたしの周りを飛び舞う妖精たち。気になってしょうがないらしい。
それにしても手が使えるって便利。いつもは丸焼きだからね。
「ルプスお母さま。火をつ……けて」
「よ……し。猛々しき炎よ恵みの灯火となりて燃え盛れ」
魔法だ。ルプスお母さまの使う火魔法。組み木の中心からチロチロとゆらめく炎が生まれてあっという間に燃え上がった。
「ねえねえ。しょっぱ……い葉っぱってあるかな?」
この森のある場所には塩味の葉っぱがある。葉っぱの表面に水晶のような透明な粒が付いていて塩の味がする。
調味料なんてないし、狼でいるときはほとんど味付けはしないんだけどね。
「あるよ!」
「持ってくる!」
「おいしいの!?」
持ってきてもらったいい感じの木の串にお肉をさして遠火に当てる。なんの木か知らないけど焼ける匂いがいい香り。
『香ばしい。肉は久しぶりだ』
食べたことあるんだね。
妖精女王様の頬を赤く照らしている。その顔はおいしいお肉を食べる未来を想像して笑顔になっているみたいだった。
「焼け……たよ! しょっぱい葉っぱと……一緒に食べてみて!」
串肉を一本だけ手にとって葉っぱと一緒に妖精女王様に差し出した。
「侵入者発見!」
「侵入者発見!」
「侵入者発見!」
え!? 侵入者? それにしては声が楽しそう?
妖精郷の入り口の方から大きな声が聞こえて、少しずつ近づいてくる。
「ルプスお母さま。大丈夫か……な?」
「侵……入者? この空間に入るのは簡……単じゃないぞ?」
そうだよね。わたしもそういう風に聞いている。だからきっと怖くない。
妖精女王様も特に緊張した様子はなくて葉っぱを巻いた串肉の肉に噛みついてもぐもぐしてる。
うわ。目を見開いたかと思ったら落ちそうなほっぺた押さえて、なんてニコニコおいしそう。
やった。思わず握り拳を作っちゃった。やっぱり塩味のついたお肉の方がおいしいよね。
「侵入者を連行しました!」
「隊長! 尋問を!」
「鞭がいいですか! アメがいいですか!」
「それともカツドーンですか!」
「串に刺して焼きますか!」
そんな言葉をどこで覚えてくるのかな? それにわたしに聞かれても知らないよ?
わたしはいま、串肉の面倒を見るので忙しいし。
「うちんは食べてもおいしくないんのにゃー!」
「あれ? ピスィカだ」
縛られてたくさんの紐で吊るされたピスィカがふわふわ浮いてる。いっぱいの妖精たちがピスィカを持ち上げてここまで運んできたんだ。
「ピスィカはアーヤの友だちだよ。下ろしてあげてほしいな」
「ダメ!」
「友だちの証拠はあるの!」
「証拠ないと尋問!」
「証拠見せたら解放する!」
「ええ。証……拠って言われてもなあ。……おしりの匂いを嗅がせてもいい?」
ほんとはとても恥ずかしいことだけどしょうがない。
四つん這いになっておしりを持ち上げてみる。可愛くドレスアップしてる格好でこれはなおさら恥ずかしいかも。
「うにゃ!?」
地面に落とされたピスィカが「もっと優しくしてほしいんのにゃあ」と不満そうに言いながらわたしのおしりに鼻先を近づけてくんくんしてる。
ふわっと和やかな表情になってるし。どういう感情なんだろう。前世の記憶がほんの少し残ってるし幼いわたし。羞恥心というものはあるのです。
お返しにわたしもピスィカのおしりをくんくん。もふもふのおしりが香ばしい。
「仲の……いい友だちじゃないとおしりの嗅ぎっこはしないから証……拠になるよね?」
わたしたちを飛びながら見下ろす妖精たちにお伺いを立ててみる。
「おおー!」
なにを感心してるのかな? ともかく無罪放免になったピスィカが解放された。
「ピスィカって妖……精郷は初めて?」
「初めてなんのにゃあ」
おしりをさすりながらわたしの隣にちょこんと座るピスィカ。落とされたときに痛くなっちゃったかな?
「そっか。普通は妖精の招待……がないと入れないんだよ?」
「結……界ほ破はない限ひな。熱っつ」
ルプスお母さまがお肉をかみかみしながら話してるせいでもごもご言ってる。狼なのに猫舌。
「知らなかったんのにゃん。うちんは妖精の血を継いでるから入れたんか? 不思議んな?」
二人で話をしている間も焼けた串肉を妖精たちに手渡していく。なるべく小さめに切ったから本数はあるけれど全然足りなさそう。わたしが持ってきたビリビリスは10匹くらいしかなかったし。
「あはは。そ……うだよね。アーヤだってルプスお母さまとトゥリックが友だちじゃなかったら入れなかったと思……う」
「アーヤ! お肉足りない!」
「食べてないやついっぱいいる!」
「もう一回食べたい!」
「こんなにおいしい木の実なんてないぞ!」
「そんなにおいしかっ……たんだ。だけどごめんね。もうないや」
「うちんが持ってる肉で良ければあげるんのにゃ」
ちょっと妖精に対して怖がり気味なピスィカが背中に背負った皮袋から干し肉を差し出した。
「うわ! お肉だ!」
「やった!」
「お前も友だち!」
「妖精の仲間!」
「仲間いり!」
「女王様、いいよね!」
『許す』
そして夕方まで宴が開かれた。
「ふーふー。冷めたよ! 落と……さないで食べてね!」
「う……ん」
言ったそばからぼろっと落としてる。もらった飲み物を膝にこぼしてる。
木の実を口にいっぱい入れすぎてモチャモチャしたかと思ったら、思い切りくしゃみをして口の中にあったものを吹き出してトゥリックの全身がねちゃあってなってる。
手についた汚れをせっかくの白くて綺麗な衣装でふいてる。
「もう。もっとちゃ……んとしないとダメだよ」
ルプスお母さまが無言でわたしをやぶ睨みしてる。ささやかな反抗らしい。
狼の姿でいるときのルプスお母さまはそれはそれは凛々しくて気高くて立派。なのに耳しっぽ付きの人の姿になるとこんなにもへっぽこになる。
わたしは夜の間ずっと起きてたから眠くて眠くて寝ちゃった。
最初はルプスお母さまの膝枕でぐうすか寝てたらしい。次に妖精女王様の豊かな胸元で。そして最後にピスィカに抱きついて。
トゥリックとクッカもわたしの顔の上で寝てた。なんで顔?
そして暗くなってから妖精郷をあとにした。みんなの盛大なお見送りを受け取りながら。
あ。うっかり首飾りをつけたままだった。
でもルプスお母さまからも妖精たちからもなにも言われないし、素敵だし、このままつけて行っちゃおっと。服は新しい毛皮の服をもらったしね。
妖精郷の外に出るともう体がふわふわした浮遊感はない。
「これ……でピスィカも妖精郷に自由に出……入りできるね」
「うにゃー。あいつらやかましいくらいに陽気だったんのにゃ」
「わふん」
アーヤ。ここはもう外だ。
狼に戻ったルプスお母さまの言うとおりに四つん這いになる。
「がる」
はーい。
「わふわふ」
獲物がなくなってしまったな。今日も狩りに行ってこい。
「がる!?」
えー!?
「うちんも一緒に行ってやるよ。助けてくれた礼んのにゃ」
「がう!」
やった! ピスィカと一緒なら心強い!
ルプスお母さまはなにも言わないからいいのかな?
よし! がんばろう!
怖い気持ちはあるけど二人ならきっと楽しいに決まってる。
そんな毎日がずーっと続くと思ってた。
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