三上探偵事務所の事件簿〜現地調査〜
――現地調査[不自然な壁と底]――
俺たちは肌を刺すような寒さの中、問題の平屋へと向かった。
平屋の外壁は白く塗り直されていたが、建物の構造そのものが持つ「古さ」と、図面から感じた「異様さ」が、空気のように家全体を覆っているようにも見えた。
家の中は生活感が失われ、カラカラな状態だった。
LDKを通り過ぎ、いよいよ問題の寝室へと足を踏み入れる。
「図面通り、本当にただの普通の部屋だな」村上は警戒しつつも、拍子抜けしたように言った。
俺にはそうは見えなかった。
壁紙は張り替えられていたが、すぐに異変を察知した。
寝室の他の三方の壁に比べ、北西の角、小部屋があるはずの面だけが、叩くと内部の密度が高い、鈍い音が返ってきたのだ。
「壁の厚みが違う。これは、単なる間仕切り壁ではなく、完全に構造体として設計されている。アクセスを物理的に不可能にするための徹底した防御策だ」
俺はその閉鎖された壁を隅々まで調べた。
小部屋が隠されているはずの範囲を、まるで触診するように指の腹で撫でていく。
どこにも継ぎ目がない。釘の跡もない。
小部屋へのアクセスは、外からのドアが不可能であれば、床下からか、天井裏からしかない。
しかし、図面上で小部屋は床下に埋まっているわけではなく、また天井に点検口を設ける設計上の必然性もなかった。
俺は床に膝をつき、寝室の床材を調べ始めた。
数十年前の木造住宅の床は、細い板が丁寧に並べられている。
部屋の隅から隅まで、床板の接合部を追っていく。
「村上、ライトを貸してくれ」
北西の角、問題の壁の真下に、他の場所の接合部とは異なる、ごくわずかな線の乱れを発見した。
それは、何かが切断され、埋め戻された痕跡のように見えた。
「この線は小部屋の床に当たる部分だ。この床板が、他の床板と一体ではない」
俺は確信を持って告げた。
「この床板は、後から蓋として被せられたものだ。つまり、当初、小部屋への唯一のアクセスは、床下からだった」
俺たちは、その微細な線に沿って、薄いノコギリを慎重に入れた。
作業は細心の注意を要した。
この「封印」を破る行為は、この家が隠し続けてきた秘密に直接触れることだったからだ。
硬い木材を切り進め、村上がその蓋と化した床板をバールでこじ開けた瞬間、俺たちは息を飲んだ。
床板の下には、建物の基礎や土台とは全く異なる、不自然に浅い掘り込みが現れた。
深さはわずか30cmほど。
土がむき出しになったその空洞は、寸法もまた小部屋のサイズ、縦横50cmと一致していた。
そして、その空洞のちょうど中央。
土の上に、古く煤けた陶器の壺が静かに鎮座していた。
壺の表面には、文字のような、呪術的な幾何学模様が刻まれていた。
「…これか。これが、小部屋の目的だったのか」
村上の声が震えていた。
「壺を隠すためだけに…ここまで厳重な誰も開けられない空間が作られていたというのか?」
その壺から漂う、長年にわたる土と湿気と、得体の知れない重苦しい空気を感じていた。
俺には、この壺が単なる「隠し物」には見えなかった。
「村上、この床板をよく見てくれ」
剥がした床板の裏側を指さした。
「釘の跡は少ないが、この蓋が閉じられていた周囲の床材には、長期間にわたって圧力がかかっていた痕跡がある。そして、蓋の裏には、封印のための何らかの液体が塗り付けられていたようだ」
この小部屋は、開けることが目的ではなく、閉じ込めることが目的だった。
そして、その封印は意図的に、この床下の壺がなければ完結しないように設計されていたのだ。
俺の興味は、この壺そのものよりも、なぜ設計者が寝室の真横に、これほど手間と矛盾を孕んだ閉鎖空間を必要としたのかという点に集中した。
この小部屋の寸法の不自然さが、必ずこの謎の鍵を握っている。
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