三上探偵事務所の事件簿〜相談〜
――相談[入口のない極小の小部屋]――
その日の東京は、乾いた冬の光に包まれていた。
村上建築設計事務所の二階、プライベートな執務室も、光が優しく差し込んでした。
そんな村上は俺の高校時代からの友人だ。
今日は、見てほしいものがあると言われ、この建設設計事務所に足を運んだ。
俺とは真逆で、村上は建築設計士として成功を収めている。
俺はほとんど依頼の来ない、探偵業を生業にしている。
それも、普通の探偵業ではなく、奇妙で謎めいた依頼を専門とする、ミステリー探偵だ。
村上はテーブルの上に、古い青焼きの設計図を広げた。
紙は何度も折り畳まれ、角が擦り切れており、築年数を感じさせた。
「三上、これを見てくれ。築30年で郊外に建つ、平屋建ての一軒家だ。ごく平凡な外観だが、内部の論理が完全に崩壊している」
俺は椅子に腰掛け、差し出されたコーヒーの湯気越しに図面を覗き込む。
家はシンプルなロの字型。
LDK、和室、水回りといった主要な部屋は、一般的な日本の住宅と何の変哲もない。
しかし、村上が赤ペンで囲んだ寝室の区画に目をやった瞬間、俺の探偵としての直感が警鐘を鳴らした。
寝室は六畳ほど。
その北西の角、建物の外壁と接する部分に、明らかに不自然なデッドスペースが示されていた。
「ここだ」
村上は指の腹でその箇所を叩いた。
「この部分の寸法を見てくれ。縦横50cm。そして、高さの指定が1m50cmだ」
俺はメモ帳を取り出し、その異様な寸法を書き写した。
「通常の建築設計において、この寸法で空間を潰す合理的な理由が全く見当たらない」
村上の声には、プロとしての苛立ちと、一人の人間としての困惑が混ざりながら、説明を続ける。
「物入れにしては奥行きが足りず、人が入るには縦横が狭すぎる。床から天井までを使い切る有用性を感じるスペースでもない。にもかかわらず、この空間を確保するために、寝室の貴重な床面積が削られているんだ」
さらに、図面上の最大の問題は、その奇妙な小部屋に、アクセス手段が一切描かれていないことだった。
「ドアがない。点検口すらない。内側からも外側からも開けられない、完全に密閉された空間だ」
村上は顔を上げた。
「普通の家でこんな設計をすれば、まず役所の審査を通らない。何かしらの隠された意味があるか、設計士が意図的に封印を望んだとしか考えられない」
俺はコーヒーを一口飲み、頭の中でその寝室の立体図を構築した。
大人が横になろうとして、頭のすぐ横の壁の裏に、細く、高い、闇の穴のような空間がある光景。それは、単純な設計ミスを超えた、心理的な圧迫感を伴う異様さだった。
「そして、もう一つ奇妙な点がある」
村上は声を潜めた。
「査定のために前の住人に図面を見せたが、彼らはこの小部屋の存在を知らないと断言した。彼らの記憶の中には、寝室の壁はただの壁でしかなかったようだ。まるで、家がその存在を隠蔽しているかのように」
俺は図面上の、寝室の隅にあるその不自然な、謎の空間を再び見つめた。
これは単なる間取りの謎ではない。
家という空間に、設計者の異常なまでの執着や恐怖が、具体的な寸法と閉鎖性をもって刻み込まれた、一つのメッセージだと直感した。
「村上、この物件の査定は一度保留にしてくれ。この寸法と、寝室という場所。これは単なるデッドスペースじゃない。この家には、設計図だけでは読み解けない、強烈な意図が潜んでいる。現地で、この密閉された壁の裏を確かめる必要がある。今から確認に行かないか」
「三上、お前ならそう言ってくれると思ったよ」
村上は僅かに微笑むと、持っていコーヒーを飲み干し、コートを羽織る。
この平屋建ての一軒家には何かある…
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