第5話 救出

金眼が見つかってから1年。

 アークバルトは文字通りウェセント大陸を飛び回っていた。


 アクアネル公爵に金眼を売りつけた商人からは大元まで辿り着けず、アークバルトが金眼の気配を捉えるために地道に探すことになったのだ。


 見つけた数は今では20を越える。


 いったいどれだけの回数、目を抉り出されたというのか。それを考えるだけでグツグツと煮えたぎるような灼熱が、腹の底から沸き上がってくるのを感じる。

 早く見つけなければという焦りだけが募り、幼子の待遇を思い叫び出したくなる。

 こんな苦しい気持ちはアークバルトにとって初めてだ。


 焦る気持ちを抑え込み、アークバルトは自身の力を薄く、薄く広げていく。

 金眼の力は金獅子の力。彼にとっては馴染み深く、どれだけ薄く広げようと引っ掛かれば分かる。何もなければそのまま移動し、見つければ対象を確認後に影へと引き継ぐ。

 あとは連中が盗むか交渉するか上手くやるだろう。

 アークバルトの仕事はとにかく見つけること。せめて幼子がこの大陸のどこかにいることを祈るしかない。

 

「ここにはいねぇな」 


 収納の腕輪から取り出した地図に印をつけて再び仕舞う。この1年同じ作業を延々と繰り返している。

 アークバルトはその間、ほとんどと言っていいほど寝ていない。食事も排泄も必要としない体だが、さすがに少し疲れを感じる。

 何故これ程の無理をしているのか、自分自身のことながらそれが分からない。

 初めて同族である父に出会った時は親愛の情を感じこそすれ、それ以外は特になかった。側にいたいとも思わず、ただ信用できるという感覚があっただけだ。


 だが……この気持ちは一体なんだ。


 熱く激しい感情が事あるごとに頭をもたげ、全身を喰い荒らしていくかのようだ。この感情に身を委ねてしまえばどうなるか、アークバルト自身にも分からない。


 ハァ、と息をついて熱を逃がす。


 先ずは見つける。その先はそれから考えればいい。いずれこの感情の名を知ることになるだろう。





 それから数ヶ月。

 アークバルトがいつもの様に力を広げていると引っ掛かるものがあった。


 そこは魔の森の端にある古代の遺跡群だ。

 アークバルトがまだ若い頃……と言っても100年以上前だろうか。新たに発見された遺跡として一躍有名となったが、破損が激しく金目のものがないと分かれば潮が引くように人々は遠ざかって行った。

 だが、金目の物はなくとも歴史的価値はあるとして、当時の研究者たちがポツポツと訪れていたと記憶している。興味半分にアークバルトも護衛としてやって来たことがあったからだ。


 今はもうそんな研究者たちもいないのだろう。

 遺跡は魔の森に屈し、緑の中に所々その残骸が顔をのぞかす程度。

 こんな場所に人が住んでいるとは思えない――そう、普通の人間ならば。


「当たりか」


 アークバルトは嗤う。

 もしここに誰かいたならば、その笑顔に恐怖を抱いたことだろう。


「まずは挨拶代わりだ」


 アークバルトは慎重に周囲を探り、幼子がいる場所を外して金炎をぶち込む。

 轟音が辺りに響き、一斉に遺跡が沈んでいく……余波で幼子がいるとおぼしき場所も諸共に。


「ヤベェ!」 


 慌ててアークバルトがその場所を覗き込めば崩落は極一部に留まり、崩れた箇所から地下を見渡すことができた。

 そこには白衣の人間が怒号と悲鳴をあげながら右往左往している姿があった。アークバルトの手に力が籠もるがアレは立派な証拠品だ。殺すわけにはいかない。


「仕方ねぇな」


 音もなく階下へ降り立ったアークバルトは、手早く白衣の人間を気絶させると1箇所にまとめる。

 ふと上を見上げれば、光を求めて移動する蔓が見える。普段のアークバルトであったら、それを魔物だと断じただろう。


「そこにいるのか?」


 自分でもビックリするほど優しい声がでて、その声に応えるように葉がサワサワと揺れる。


「見つけた」


 驚かせないように、怖がらせないように、アークバルトはゆっくりと進む。最奥まで進めば鉄格子の向こうに植物に包まれた"何か"があった。アークバルトは邪魔な鉄格子を炎で消すと、"何か"を優しく抱き上げた。


「軽いな」


 葉っぱの向こうに痩せこけた顔が見える。

 アークバルトへと伸ばされた細い骨と皮だけの小さな手を自身の骨張った無骨な手で包み込む。


「もう大丈夫だ。俺が必ずお前を守る」


 言葉と同時に金の炎が吹き上がる。

 それは破壊の炎ではなく癒しの炎。幼子もそれを分かっているのか、恐れる様子もなくただ身を任せている。緩やかに残滓を残しながら炎が消えれば、幼子がパッチリと目を開いた。


 右目はアークバルトと同じ金。

 左目は透き通るような鮮やかな緑。


 その目を見た瞬間、アークバルトは理解した――これは己の片翼だと。

 失っていたモノが満たされる。いや、今まで失っていたことにも気付かなかった。それほど永い永い時を離れていたのだ。 


 ――もう離さない。


 その思いとともに、アークバルトは小さく折れそうな体を抱きしめた。

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