第4話 パーリィーしようぜ!

 未来と無明は、人がまったくいなくなった東京タワーのエレベーターに乗り、展望台に移動した。


 半妖 血狐の神笛――『人調操宣』――の効果で周辺の人間の意識を操作し、東京から避難させていたのだ。


 不自然に置かれた大きな鏡の前で、無明は緊張した面持ちで向き合った。


「……これだ……。この奥に『奴』がいる……」


 鏡に触れると、霊力と呼ばれる心体エネルギーが大量に吸い取られた。


 そして世界が暗転し――裏側――生の世界から、死の世界に転移した。


 晴れ晴れとした表の世界とは違い、裏の世界は薄暗くどんよりとして、生きとし生きる者を否定しているように感じられた。


 裏東京タワー全体に、呪印のようなモノが描かれていた。これだけの膨大な量を描くのに、一体どれくらいの時間が掛かるのか想像できない。


「―――っ!」


 展望台のベンチに誰かが座っている。

 缶コーヒーを飲みながら脚を伸ばしてくつろいでいる。

 無名に気づき振り向いた。


「おや? まさか、ここを見つける奴がいるなんてね。しかも狐姉弟以外に……。君はいったい何者なんだい?」


 近づいてくるスーツ姿の少年に、無名は頭を下げる。


「……安倍 無明だ。頼む、冥界門を開けるのを辞めてくれないか?」


 スーツ姿の少年は展望台の窓から、どんよりとした暗空を見上げた。


 裏東京タワーの真上には、数キロはある巨大な『黒い渦巻く雲』が広がっていた。

 あの渦巻く雲が冥界門なのかもしれない。あの中から、百万の妖怪達が出て来て東京を襲うのだろう。

 やれやれと少年は息を吐いた。


「……別に開けたくて開けるわけじゃないんだけどね……仕事なんだ。止めてほしかったら依頼主と相談してくれないかな?」


 この者との交渉は不可能だと理解した。

 鞘から刀を引き抜き――。


「……じゃあ、斬るしかないか……」


 制服の胸元から、隠れていた子狸が地面にすたっと降り立った。


「……あいつが、最強の妖術師……蘆屋 道満です。妖術『百万鬼夜行』を行使したせいか、霊力はかなり減衰しています。いまなら倒せ―― ぎ ゃ あ っ!」


 道満が手を向けると、子狸 未来が吹き飛ばされた。

 

「――失礼な奴だな、狸の分際で……」


 気絶する未来に気取られた瞬間――。道満が目の前で刀を構えていた。


「――そして君程度、5秒もあれば殺せる……」


 振り落とされた斬撃を、手に持つ刀で防ぐが弾かれ、後ろの床に突き刺さった。


「――恨みはないが、死んでくれ……」


 無表情で、無防備な無名に2撃目を振り落とす―――だが、その斬撃を、後ろから走ってきた黒髪の少女が拾った刀で受け止めた。


 鍔迫り合いながら狐狗狸は笑顔でつげる。


「よく見つけた、無明。あとでよしよし してやろう」


 距離を置くと道満はチッと舌打ちし、


「――狐狗狸まで来たか……仕方ない……」


 腕をスっと振り上げる。


「――不完全だが、冥界門を開かせてもらうよ……」


 渦巻く暗雲が消失し、上空に大きな亀裂が入る。

 その亀裂の奥には、沢山の化け物達が蠢いていた。

 イラだった様子で道満は。


「……不格好だな……。これでは冥界門というより、『冥界の裂け目』だな……チッ。完璧を愛する僕の美学に反するが仕方ない……」

 

 そして、無名と狐狗狸を見据えた。


「――さあ、これで僕を殺しても、百万鬼夜行は止めることはできない。あと十五分もすれば冥界の裂け目から、百万の妖怪達がこの死の世界に降り立ち、ここから現実世界の東京を蹂躙するだろう……」


 狐狗狸は、無名に顔を近づける。


「無明よ、聞け。私は冥界の裂け目を破壊するため、陰陽術『十二神招来』の詠唱に入る。それを奴はジャマしてくるだろう……」


 そして真剣な眼差しで、手に持つ刀を手渡した。


「――だから、おまえが奴を倒せ……!」


「―――っ!」


 ――オレは頼られている。この超危機的な状況で。だが、先ほどと同じように無様に終わることは目に見えている。苦虫を噛むように顔をしかめる。


「……けど……俺には……どうやっても……」


 動かない脚に視線を落としてうなだれた。

 自分が不甲斐ないせいで東京が滅びるかもしれない――その恐怖心でガタガタと震えた。


 優しく微笑み狐狗狸は、ふくよかな胸にオレの顔を埋ずめ、赤子をあやすように抱きしめた。


「………っ」


 オレが落ちつくまで抱きしめ、離れ、青白いオーラを身に纏わせた。

 恐らくこれが『霊力』というヤツなのだろう。


「はあああああっ!」

  

 長い黒髪が、金髪に変わり、頭の上に狐耳がぴょこんと飛び出た。

 たしか未来が言っていたっけ。

 彼女と彼女の弟は、九尾の狐とヒトの間に生まれた半妖だと。

 これが本来の姿――いや、もうひとつの一面なのかもしれない。


 半妖化した狐狗狸は屈み込んで、オレの脚に『 ガブリ 』と噛みついた。


「――ッ!」


 だが、痛みはまったくない。

 感覚だが、脚に巻かれた『見えない鎖』を噛んでいるように感じられた。


 ガ キ ン ――。


 見えない鎖を噛みちぎった音が。


「……これで戦えるだろう。立ってみろ……」


 立つ? 誰が?


「あ、脚が……?」


 車椅子から立ち上がってしまった。

 生まれて初めて自分の脚で立ち上がってしまった。

 感動で涙が出てきてしまう。

 だが――感動に酔いしれている場合じゃない。オレはこれから この東京を救わないといけないのだ。


 刀を構え、最強の妖術師と向き合った。


 狐狗狸は後ろにまわり、両手で印を組み詠唱を始めた。


「――そして戦い方は、無名。おまえの『中の者』が教えてくれる……」


 《 ――我に委ねよ―― 》


 心の中から声が聞こえた。


 仕方ない。

 いまだけは おまえの力を借りてやるよ。

 パーリィーしようぜ!


 初めての歩行によるテンション爆上げで、蘆屋 道満に――。

 この東京を滅ぼす悪鬼に立ち向かう。

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