第3話 ぼくは人間になりたい

 雪がしんしんと降り続ける世界『スノーワールド』の住人は、皆がクールで、冷たいボディーを持ち合わせていた。

 そんな凍れる世界の片隅で、ひとつの噂が流れる。


  ――人間になる方法があるらしいよ?――


「――本当ですか、それっ!」


 この世界の異端中の異端――『熱い心』を持つ 雪村ゆきおは興奮して村人につめ寄った。


「あ、ああ……。私たちを造った魔女様が それを知っているらしいよ……」


「ありがとう御座います!」


 全力で頭を下げ、全力で駆け出した。


( 人間 人間 人間 人間 人間 人間 んんんっ ! ぼくは人間になりたいぃ!)


 スノースクールの校長室の扉を、バ ン と開けた。


「校長先生……! いえ、魔女様……! ぼくを人間にしてください!」


 椅子に座る校長(魔女)は、いきなりの来訪者の『願い事』に瞠目する。


「人間……だと?」 


「はい、お願いします! 魔女様ならできると聞きました……!」


 わずかに考え込み魔女はニヤリと。


「キミに、魂を賭ける覚悟があるのならね」


「はい、じゃあ賭けます!」


「…………」


 断ると思っていた魔女はあっけにとられ、椅子に深く座り、冷たい瞳で。


「……本気で……言っているのか?」


「はいっ! ぼくを人間にしてくださいっ!」


 熱い瞳で見つめられ、魔女はため息をこぼす。


「……なぜ、キミは人間になりたい? キミたち ゆきだるまは、人間より遥かに優れた存在だ……。人間と違い、年もとらない。病気もしない。争わず、愚かな戦争もしない。完璧な存在だ。なぜ人間になりたい?」


 真剣な表情で問われ、ゆきおは元気よく。


「人間にしてくれたら教えます!」


 キョトンとしたあとお腹を抱えた。


「あははははっ! 駆け引きが上手じゃないか。いいだろう、人間にしてやろう」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、このわたしに『ゲーム』で勝てたらね」


「『ゲーム』?」


 パチンと指を鳴らすと、校長室が一瞬にして『炎』に包まれた。

 魔女の座る椅子と机以外、床も壁もすべてが燃え尽き、スクール全体が崩れ落ちた。


 外の光景はさらに酷かった。

 木々は燃え盛り、周りを取り囲む山脈は、火山噴火が勃発し、一面が『灼熱の世界』に変わっていた。

 辺りを見渡してゆきおは困惑する。


「こ、これはいったい……?」


 魔女は妖しく微笑み。


「キミが人間になるための、必要な犠牲だよ」


「そ、そんな……!」


 絶望し切った様相でへたれ込んだ。


「ふふふっ。――というのは、真っ赤な嘘さ。ただ幻覚だよ」


「えっ?」


 燃えさかる炎に手を伸ばす。


「――おっと、気をつけたほうがいい。幻覚といっても、熱さは感じるでしょ? 魂にのみ影響をあたえる熱さだけどね」


「な、なんでこんなことを?」


 戸惑うゆきおに、魔女は机から身を乗り出し――。


「キミの人間になりたいという『覚悟』を、見せてもらうわよ」


 右手を伸ばして、ゆきおの雪の胸に『ズボッ』と突き入れた。


「ううっ!」

 

 ひるんだ ゆきおの胸の中で、突き入れた腕をもぞもぞと動かした。


「大丈夫、落ちついて……。痛くないでしょ? あなたの『魂から引き出す』だけだから……」


「ひ、『引き出す』……? ぼくの『魂』からいったい何を……?」


「キミは放課後、よく1人で『カードゲーム』をしているね。それをずっと『これ』で見ていたのよ」


 机に置いてある『水晶玉』を指差した。


「人間世界では、『モンスタートランプ』と言われているらしいわね。人間界の物を、このスノーワールドに持ち込むためには、わたしの手助けが必要だ。キミに、カードを手に入れてほしいと頼まれたことはないはず。それなのに なんで持っているか不思議だったのよ……」


「そ、それは……ううぅっ!」

 

 ゆきおの言葉を、胸に突き入れている腕の動きが阻害する。


「――理由は別にいいよ。怒ってるわけじゃないしね………よっと……」


 突っ込んでいた腕を、胸からズボっと引き抜いた。


 握る手の中には『白い光』が。

 そっと開くと、光の玉が浮かび上がり、どんどんと輝きが収まり、52枚のカードの束に変わった。


「……これが、キミの魂から取り出した、『ソウルデッキ』よ。キミの魂の力の奔流といったところかな。モンスタートランプで対戦できるように いじってある……」


 差し出しされたソウルデッキを受け取った。


「まさか……これを使って?」


「そう――わたしの……んんっ……」


 魔女は自分の胸の中に、霊体化した腕を突き入れ――引き抜いた。


「……この、わたしのソウルデッキと戦ってもらう。勝てたらキミを人間にしてあげる。これはハンデになるかもね。キミと違って、わたしは一度も対戦したことがない素人だからね……ふふふっ」


 燃えさかる灼熱の世界で、魔女は大きく腕を広げた。


「さあ、始めましょう。魂を賭けた戦いを……」


 校長室の机を挟み、お互い向き合った。

 ソウルデッキを置いて、初期手札5枚を引く。


 魔女とゆきだるまの戦いの火蓋が切られた。

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