落とし前をつけなさい!

「タラッサ、ちょっと来なさい」


 前触れもなくルナリア姉さんからLINEが届く。


 なんだか、すごく嫌な予感がした。「はい」とだけ返事を送ると、あたしはさっさと観念してルナリア姉さんのもとへと向かうことにした。とは言っても、基本的に移動は瞬間移動だから一瞬なんだけど。


「どうしたの、ルナリア姉さん?」


 あたり一面真っ白なフィールドで、いつもの神々しいばかりの美しさを持った姉さんが待っていた。いや、神なんだから神々しいのは当たり前なのかもしれないけど。


 ロングの金髪はそよぐ風に流れ、綺麗な髪を飾り立てるティアラと花飾りは文字通りに永久保存版の美しさだった。真っ白なドレスは裾の部分が白いフィールドに溶け込んでいて、白い世界に絶世の美女が生えているようにも見える。あたしも、これぐらいいい女になりたい。


 そんなことを思っているとルナリア姉さんが口を開く。


「タラッサ、あなたがどうして呼び出されたか分かる?」

「いや、想像もつかないんだけど。あたし、何かやらかした?」


 そう訊くと、ルナリア姉さんは天使のような微笑みを浮かべながらも額のあたりに怒りの血管マークがビキビキと浮かんでいた。それに気付いたあたしは、確実に何かをやらかしたであろうことを悟った。


「どうやら本当に知らないようね」

「うん、なんかあったんだろうなってぐらいは想像出来るけど」


 ルナリア姉さんは溜め息を吐くと、いくらか困った顔で口を開いた。


「あなたの治めるコルヴム・パラディスの件で、クレームが出たわ」

「クレーム? 何それ?」

「あなた、毎日勇者たちをコルヴム・パラディスへ送り出しているでしょう?」

「うん。今日も五人ぐらい送り込んだけど」

「ちょっと待って。あなた、どんな勢いで地球の人たちを送り込んでるの?」

「え? だって異世界に行きたいかどうか訊いたら、大体の人が『行きた~い』って言うから……」

「だから送った? それも、片っ端から?」

「いや、一応ヤバい人は送らないようにはしてるよ? 明らかにヤバそうな見た目の奴は否決にして送り返しているし……」


 ルナリア姉さんの顔がサーっと青ざめていく。あたしは何かまずいことを言ったらしい。


「一応訊くけど、通す人たちの素性は洗ったの? ほら、過去の履歴とかが照会出来るじゃない?」

「う……」


 あたしは言葉に詰まる。たしかにあたしの「審査」を受ける人たちは色々と情報が記録されていて、生きている間に立てた功績や善行、それに犯罪歴の記録もある。


 それらの照会が出来るのも知ってはいたけど、たった一人の人生でも膨大な情報量がある。足し算引き算で可否を決めるんだけど、そんなことを一人ずつやっていたら仕事がいつになっても終わらない。自動で演算を完了させてくれるAIがあったら良かったんだけど。


 そういう背景もあって、あたしはある時から対象者の人相だけを見て通すか落とすかを判定していた。悪人っていうのは大体顔からして悪い奴だし、大体はそれでどうにかなっていたからだ。


「してないのね、照会」

「申し訳ございません」


 ルナリア姉さんにはすべてお見通しのようだった。まあ、姉さん相手に嘘は吐けないよね。あたしも無駄な抵抗はやめて謝罪モードへ入る。


「それじゃあ手っ取り早く説明するけど、タラッサの送り込んだ自称勇者たちがコルヴム・パラディスで悪さをするものだから、治安がひどく悪化してるの」

「え? それってガチ?」

「もちろんガチよ。それでクレームが来たんだから」


 ルナリア姉さんは腰に手を当てて呆れた顔をしている。


「一応私たちの選んだ勇者たちはコルヴム・パラディスで異世界召喚として呼び出されるの」

「うん」

「勇者を下さいって召喚魔法を使うんだから、当然勇者が来ると思うわよね?」

「そうだね」

「それで、実際に行ったのは勇者を騙る悪党どもでした。さて、向こうの世界はどうなるでしょう?」

「……」


 あたしは答えることが出来なかった。


 ウソ、マジであたしのせいでコルヴム・パラディスが最悪な状態になっているってこと?


「そうよ。だからあなたには『落とし前』をつけてもらいます」


 腕組みしたルナリア姉さんが眼光鋭くあたしを見つめる。


「落とし前って、何……?」


 とても嫌な予感がした。美少女なのに指の本数が減っちゃうとか嫌だし、最悪の場合「腹を切れ」と言われるかもしれない。そんなアウトレイジな結末を迎えるためにあたしは運命の女神になったんじゃない。


 知らぬ間に息を止めてルナリア姉さんを見つめると、優しい目に戻った姉さんが口を開く。


「そうね。あなたにはコルヴム・パラディスまで行ってもらって、直接平和を取り戻してもらうわ」

「えっ」


 あたしは思わずフリーズした。だって、自分で自分の治める世界に行く運命の女神なんて聞いたことある?


 加えてあたしは千年レベルのインドア派だ。外の世界に出て、まともに機能出来る気がしない。


「大丈夫よ。あなたには女神の加護による力があるから」


 あたしの心を読んだかのようにルナリア姉さんが言う。いや、そうは言うけどさ……。


 でも、この感じだとあたしがコルヴム・パラディスへ出向くのは不可避の案件みたいだ。マジかよ。そんな治安の悪くなっちゃった世界に女の子一人で行くのかよ……。まあ、あたしが悪いんだけどさ。


「安心しなさい。あなたにはお友達も付けてあげるから」


 そう言うと、ルナリア姉さんは指をパチンと鳴らせる。ふいにあたしの足元に亜空間の輪が広がり、真っ白なフィールドを失ったあたしは亜空間の中へと真っ逆さまに落ちていく。


 ちょ……強制送還なの、これ……?


 あたしは亜空間の中を落ちていく。姉さんは想像以上に容赦なかった。もうしばらくするとコルヴム・パラディスに着くはずだから、覚悟を決めるしかないみたい。


 ああ、やだな。あたしのせいで荒れた世界って一体どんな風になっているんだろう……?


 落ちながらそんなことを考える。もっと勇者の審査をしっかりとやっていれば……。だけど、今となってはどうにもならない。


 でも、コルヴム・パラディスに平和を取り戻すって何をすればいいの?


 ああ、もう。とりあえず悪さをしている奴を倒せばいいんでしょ?


 もう面倒くさい。ここまで来たら、やってやろうじゃないの。


 落ちていくあたしは、いくらかヤケクソ気味に「栄転先」での活躍を決意した。

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