【レコード2】【レコード3】武宮玄は階層を駆けあがる

 ★


 ――――4階層。記憶の回廊。

【レコード2】

 武宮は次なる記憶を覗き見る。


 時刻0時24分。

 彼女は何かから逃げ居ているのだろうか?

真夜中の道路は街灯がちかちかと光り、その下を彼女は走り抜けている。

 彼女は急に立ち止まる。けたたましいサイレン音が前方と後方、両方から鳴り響いた。挟み込まれたことを意味している。


(……クソゲーすぎ)


 彼女は苛立ったように舌を打つ。

前に後ろに逃げ道がない。警察の部隊に挟まれていた。逃げ道がないなら逃げ道を作るしかない。

 彼女は目線を横に向ける。民家を防ぐように立つ石の壁を蹴っていく。壁走りの要領で、民家にある石垣を超えたのだ。パーカーを翻して、彼女は飛来した。民家の上にある上下水道の管を片手で掴み、上下水道の管を支点にして、振り子のように体を揺らし勢いをつける。


 砲丸投げの要領で体を飛ばし、彼女は道なき道を移動する。


 民家を挟んで反対側の道路に飛び移ったのだ。。


(…………なんでこうなる)


 彼女は心でそう嘆く。

 着地地点の後ろ。民家の壁にはポスターがあった。『指名手配:朧忍』と書かれたポスターだ。彼女の写真が映し出され、『見つけ次第通報!2000万円』と懸賞金をかけられていたのだ。


(…………誰の、仕業? なんで、指名手配)


 忍は目元に涙を溜めながらも舌をうつ。


 彼女は罪人になっていた。

 指名手配されていたのだ。

 なにがどうしてそうなったのか。

 家族を奪われたうえで、犯罪者になったのだ。


 家族の死はすべて朧忍のせいになった。AIが『犯人特定。朧忍』と結果を算出したのだ。妹の死も、祖母の死も、すべて朧忍が起こした事件ということになった。

犯人に仕立て上げられたのだ。


 絶望に絶望が重なる。家族の死に絶望しているさなかAIと警察が取り調べに入ってきた。朧忍な絶叫したことで、AIが危険ありと判断したのか、民家の通報があったのか。警察が押し入ってきたのだ。そんなときだった。ひとつ目のAIロボットが『犯人特定。朧忍』と推定したのは。

 その場にいた警察官は朧忍を見た。彼らの目は犯人を見つけたときのような狂気の目だ。そうして、複数人で取り締まりにきた。


 朧忍は窓を破り、闇夜を駆け抜ける。

 あれから3日。

 残飯を食い漁り生命を繋ぎながらも逃げ延びる。

 今日も今日とて警察との鬼ごっこをする。

 どうしてAIが間違った予測を算出したのか。どうして「蛇神信介介」という男が犯人にならなかったのか。

 まるで意味が分からない。

 世界が朧忍を殺そうとしていた。

 世界が不気味に動いていた。

 まるで蛇のように彼女の首元を狙っているようだ。


(…………私が、変える。世界を変えたい)


 彼女は折れなかった。彼女は美しく生きたかった。彼女は高潔にありたかった。

 彼女は世界のために戦いつづけることにした。

 少女は走りながらも、通りかかりで誰かに”触れていく”。

 触れることが異能力発動の条件だ。

 街中で飲んだくれの親父たちが噂していた。


「ねえ、知ってるかい? 英雄石っていう英雄の力が入った願いが叶う石があってだな」


「へえ、そんなもんがあるんかいな。英雄っちゅーとあれか。シャルロッテみたいな小娘の力が入ってたりするんかね」


「あー、ドイツの英雄だったか。あれは英雄というよりも、王様だろうて。創良・フランチェスコみてえなのが」


「――――」


 朧忍は酔っ払い二人の肩に触れた。

 異能を発動する。


「どうした?」


「何の話してたっけか?」


「知らん。そうそう。次の飲み屋に行くべって話だ」


 朧忍がひとたび触れれば、英雄をキーワードにして関連する記憶をすべて消すのだ。

 この世界から【英雄】という概念そのものが消えるように願って、人々の記憶から抹消していくのだ。

 警察のサイレン音が少しずつ朧忍に迫る。

 AIロボットの監視網が徐々に忍を追い詰める。

 それでも彼女は歩みを止めない。ひとりでも多くの記憶から英雄を消す。英雄という概念を消していくのだ。危険な英雄石そのものの存在を抹消することで、世界平和を目指す。核兵器を持たないのではない。核兵器自体をなかったことにするようなものだ。


 たとえそれが地道な歩みであっても、いつか世界から英雄が消えると信じた。ひとりひとりの記憶を消していく。

 記憶操作という罪を重ねながらも彼女は進む。警察に追われながらも、彼女は自分の信念を貫き通したかった。

 世界の平和を望んだからだ。


 英雄という概念がなくなれば、幸せな人が増える。

 妹のように罪もなく殺される人がいなくなる。祖母のように使命に囚われたまま一生を終える人もいなくなる。


 みんなが幸せになりますように。

 世界平和を願った幼き少女は、警察に追われながらも英雄を消す。

 歴史から抹消するために。


 ★


――――どうでもいい


 武宮はその歴史を否定する。

 なぜ警察に追われてまで助けようとするのか。

 朧忍だって被害者だ。朧一族の役割を与えられ、生まれたときから使命を背負わされた被害者のはずなのだ。やりたくもない役目を家庭の事情で押し付けられて、家族を奪われた被害者だった。AIは彼女に罪をかぶせ、世界は彼女を捕らえようとする。

 なぜ彼女がこれ以上戦わなくちゃいけないのか。

 なぜ彼女が世界の平和を願うのか

 それは愚かだ。

 武宮は上を見あげた。

 そこでようやく英雄の塔の仕組みに気がついたのだ。

 この英雄の塔は歴史が積み上げられている。

 塔は2階層で一セットの仕様になっている。より分かりやすく言うなら一階層がダンジョン仕様。二階層目が記憶の回廊になっている。ミルフィーユのようにダンジョンと記憶の回廊が交互に織りなしているのだ。


 1階層のマグマの迷宮は彼女の怒りと絶望を意味する。

 家族が殺されたことで、その心はマグマのように紅く染まる。マグマのような怒りと、うだるような絶望が、彼女の心を蝕んだ。すべてを奪われた彼女の心から、怒りと苦しみが滝のように流れ落ちた。

 一階層のマグマエリアは彼女の心だった。


 それなら3階層の【ガーゴイル】は何を意味しているのだろうか?

 武宮は推測する。

 ガーゴイルは西洋において大聖堂の外につけられている。水を吐き出している。それにどういう意味があるのか。ガーゴイルは罪の請負人だ。大聖堂では日々、敬遠な使途が罪を懺悔する。聖堂に溜まった罪を吐き出すためにガーゴイルがある。大聖堂にたまった罪を、ガーゴイルが水として吐き出すのだ。まさに罪を贖う魔物である。

彼女は優しい少女だった。世界の平和を願い、罪を抱えていた。悲観的で自罰的な罪を背負っていた。英雄を歴史から消すということは、人の記憶をいじくりまわすということだ。その罪をすべて朧忍のものである。

 武宮はそれを否定する。。

 おかしいではないか。

 どうして人のために戦う彼女が、罪を背負わなければならない。

 どうして奪われつづけた彼女が、罰を受けなければならない。

 あまりにも悲しすぎる結末ではないか。

 その罪は空虚だ。その罰は自虐だ。

 武宮はその記憶の回廊を踏み越えて、上の階層にむかう。



――――5階層

 そこは迷路のようになっていた。

 特徴のない厚さ15センチくらいの石造りの壁が右に左に入り組んでいる。まるで迷宮のようになっており、自分が何処を歩いているのかわからなくなってくる。それは自分が何をすべきなのか倒錯している朧忍の心を現しているかのようだった。

 それだけではない。道は常に切り替わっている。

 壁が動きだす。

 さきほどまで壁がなかったところに壁が生まれる。

 武宮はその壁を拳で貫いた。

 武宮は壁を拳で貫いて、まっすぐに突き進む。迷わない。迷いは否定する。

 知恵はいらない。異能力もいらない。拳で壁を破壊するのだ。

 シンプルなパワーで突破する。


――――6階層。記憶の回廊

朧忍の記憶

【レコード3】

 武宮はふたたび朧忍の記憶に踏み込んだ。

 あれから約1年の月日が流れ、少女は14になっていた。

 朧忍は卑屈に笑う。彼女は壊れ始めていた。

 自分がなにをしたいのか。自分が何をすべきなのか、わからなくなっていたのだ。

 朧忍の頬は擦り切れて、髪はぼさぼさになる。黒いパーカーは泥まみれになっている。ボロボロになった姿で、裏路地に逃げ込んだ。妹が大事にしていた血に濡れた兎のぬいぐるみを抱き寄せて、凍える寒さに震えながらも瞳を閉じる。


 12月。凍えるような寒さを紛らわせるように、兎のぬいぐるみを抱き寄せるのだ。


 その日も一時間だけ眠る。一時間しか眠れない。

 いつからだったか。

 彼女は悪夢を見る。

 夢の世界は誰かの血で真っ赤に染まっていた。

 月夜は皮肉のような笑みで言った。


『ねえね? ねえね?』


 月夜は泣いていた。

 血の涙を流していた。


『ねえねのせいで死んじゃったよ。もっと生きたかったよ』


 妹は朧忍を恨んでいる。

 祖母が語り掛けてくる。

 彼女は口から涎のように血を垂らす。


『使えない孫じゃな。お主のせいじゃよ。すべて』


 寒さのせいだろうか。


 悲しみのせいだろうか。


 家族の最後は脳に焼き付いていて、それが何度も夢に出る。彼女の精神を無慈悲に蝕んで、精神を汚染していくのだ。


 『助けて、ねえね』月夜の首が落ちる。『助けておくれ』祖母の体が半分になる。

 血が目の前に広がって、朧忍は絶叫する。


「あ、ああああああああああああ」


 泣き叫ぶ声は誰にも届かない。

 そこは夢だからだ。

 現実は変わらない。

 奇術師の男がケタケタと笑う。


『私のショーを楽しんでいただけましたかあ?』


 そうして朧忍の思考は真っ赤になってクナイを取り出す。

 そいつを殺す。

 首を斬り落とす。

 時間が巻き戻り繰り返す。


『ねえね。ねえね』


 月夜は泣いていた。

 血の涙を流していた。


『ねえねはなんで弱いの? すべてねえねのせいだよ』


 無限とも思える繰り返しの夢のなか、けたたましい音が鳴る。

 ――――っ。

 朧忍はまぶたをひらいた。

 パトカーのサイレン音で目を覚ましたのだ。

 どうやら近くまで追ってきたらしい。


(………隠れな、きゃ)


 朧忍はとっさに裏路地にあったごみ袋の山の中に飛び込んだ。ゴミ袋をいくつか掛け布団のように上に乗せて、ゴミの山に隠れたのだ。居酒屋の裏手だからか生ごみが多く、悪臭が鼻を抜けて気道に入る。せき込みそうになる。吐きそうになる。鼻をつまみながら口を押さえて、必死に声を我慢する。


 かた、かた、かた、と誰かの足音がした。


「黒パーカーの少女。このへんで目撃情報があったとの話だったが……」


「どうなんですかね。”蛇神様”を殺した極悪犯でしょ。そう簡単に姿を見せるとは思えません。見間違いかなんかでしょう」


 二人組の警察官だった。警察はバディーで動くと言うが、それは本当らしかった。

 彼らは懐中電灯で裏路地を照らしている。朧忍はゴミ捨て場のなかに隠れている。ゴミ袋の隙間から強い光が差し込んだのだ。


「そうとも限らんよ。AI予想でもこのあたりの可能性が高いときたもんだ」


「人工知能かあ。俺、嫌いなんですよね。もっと昔の警官みたいに自力で手がかり集めて捜査したいですよ」


「文句を言うな。AIのおかげで楽になっているんだからな。蘆屋さんにでも聞かれたら脳天をぶち抜かれるぞ」


「…………怖いこと言わないでください」


 朧忍はじっとゴミ溜めのなかでやり過ごす。息を殺す。

 かた、かた、かた、と足音が近づいてくる。

捕まったら死刑になる。

 昨今はAIによる司法が一般化している。AIが死刑といえば、朧忍は死刑になる。警察も検察も、もはやAIの奴隷である。

 人を2人殺している。情状酌量の余地なく機械的に死刑だろう。


(まだ、死ねない)


 朧忍は世界から英雄を消し去りたかった。

 せめて死ぬまでに、英雄石そのものを世界から消したかったのだ。

必至に隠れた。小柄の体躯をゴミの山のなかに埋めている。それでも、ひとつゴミ袋をどかされたら、一発でアウトだった。いくら忍術を持っていようと、大量の警察とロボットに追跡されたら逃げきれないからだ。


「どうした?」


「……ゴミ袋の山の下にいたりして」


「まさかだろ。だが、一応見てみるか」


 1人の警官が手を伸ばしてくる。


(……あ、終わった)


 逮捕を覚悟したときのことだった。

 それは朧忍にとっての転換だった。

 世界がひっくり返る出来事だったのだ。


「――――ああ! すご! 黒パーカーの子! 屋根飛んでるよ!!」


 凛とした女の子の声がする。

 知らない女の声だ。

 警察はすぐさま「なんだと! 黒パーカー!?」とその声の主を問いただした。声の主は「あっちに行ったよ。スカイツリーのほう」と裏路地とは反対方向を指さした。


 警察官はすぐに車両に乗り込んだのだろう。叩きつけるように扉を閉める音がしたのだ。立て続けにサイレンの音が鳴り響く。エンジンの音がしたので、裏路地から去ったようだ。

 なにが起こったのか。

 朧忍にはわからない。

 女の声は味方なのだろうか。

 それとも敵なのだろうか。頭に浮かび上がるのは蛇の男だった。その男の関係者なのではないかという不安がよぎったのだ。

 動揺して、頭が真っ白になっているなか、暗かった世界に光が差し込んだ。ゴミ袋がどかされたことで、蛍光灯の光が顔にかかったのだ。


「大丈夫かな? 間一髪だったね。ボクの咄嗟の起点に感謝してほしいな」


 年は16歳くらいだろうか

 彼女は金髪碧眼の美少女だった。髪は短髪でボーイッシュな感じに短髪にしている。海のように澄んだ碧眼。幼げな顔立ちをした西洋人である。

 特徴からしてヨーロッパ系だろうか。

 忍は瞬きを三回。

 縮こまりながらぼそぼそと口を開いた。


「……誰?」


 人見知りだった忍は恐る恐る声をかけた。

 彼女は満点の笑みで答える。


「君はちょうど7人目の英雄だね?」


 彼女は少し顎に手を当てて、考えるような素振りを見せる。


「うーん。ボクとしては切りがいいし七人目で終わってほしいところではあるんだけど」


 彼女は「まあ、今はいいか。未来の子孫が頑張るだろう」とわけのわからないことを言って、一歩に近づいてきた。

 朧忍はダンゴ虫のようにゴミ袋のうえで縮こまっている。それを拾い上げるようにして手を差し伸べてきたのだ。

 ウィンクをしながらお気楽なノリで言う。


「ボクは英雄の導き手。スカーレット家の次期当主。リーナ・スカーレットだよ」


 それが英雄の導き手を名乗る不思議な少女。

 リーナ・スカーレットとの出会いだった。



――――その出会いが救いになるのか。

 武宮にはわからない。

 スカーレットというのは聞き覚えのある名字だった。

 武宮は目をつぶり、顔を思い出す。

 燐火・スカーレット。

 思い出されるのは金髪碧眼のツインテールの姿だ。どこか彼女の顔立ちとリーナ・スカーレットの顔立ちは酷似しているように思う。

 英雄の導き手というのも気になる。

 彼女の家は七英雄に関係するのだろうか。


(どうでもいいか)


 武宮は思考を放棄した。

 不要な疑問であると思ったからだ。

 いま重要視すべきは朧忍のことだ。

 別のことに気を取られるべきじゃない。向き合うべきことに向き合う。一つ一つ論理的に解決してくのは武宮節だった。

 武宮玄の心は揺れ動かない。


 たったひとつの目的がある。


 朧忍が幸せになればいい。


 武宮玄の原動力はそれだけである。

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