かくして武宮玄は完成する


 エンジェルの体は小さく震える。

 数百年ぶりに恐怖という感情が呼び起こされたのだ。

 エンジェルと武宮との戦闘訓練は更なる極致へと至っていた。

 最初は読み合いの能力だけが育っていく。フェイントやずらし攻撃といった読み合いが上手くなる。それだけなら予定調和の成長だった。

 しかしながら、動きまで変化していくのは予想外だった。

 ジャングルジムや鉄棒のような公園の環境を手で掴みクルクルと回る。まるで曲芸師。遠心力を利用して、攻撃を仕掛けてきたり、重力を利用して攻撃を加速させたり、手数が増え始めたのだ。


 着地狩りをしようにも、衝撃耐性により着地にラグがない。着地した瞬間に攻撃に転じる。隙がない。それがエンジェルにとっては恐ろしかった。まるで人間ではない凶悪な魔物を相手しているかのような錯覚に陥るのだ。


 魔物であれば知性が低いぶんマシだろう。

 彼はそこにフェイントやずらしを挟む。

 威力にしてもそうだ。彼の拳は地面にクレーターを作るほどの威力になっている。筋トレは自主的につづけているようで、その成果が出ているのだろうか。人間にしてはあり得ない筋力だ。一撃でも喰らえば、この世界から退場してしまいそうだ。


(それだけじゃないわね。彼の場合、防御力こそが真骨頂かしら)


 エンジェルの攻撃は、何一つ通らない。

 物理的に通らないのだ。打撃だけではない。手のひらでチョップして斬撃を飛ばす【秘奥義・花舞(はなまい)】も通らない。空気を斬って生み出された斬撃の飛翔は、壁にでもあたったかのように皮膚で打ち消されるのだ。それすなわち、ありとあらゆる斬撃の無効化を意味していた。どんな斬撃も武宮には通用しない。どんな物理攻撃も武宮には通用しない。

 絶対無敵の体である。


 そのうえで彼は他人の技を模倣する。

 エンジェル・ガレシアが何年もかけて習得した斬撃を飛ばす【秘奥義・花舞(はなまい)】をたった三日でコピーしたのだ。

 荒削りではあるものの、【連撃連花・桜吹雪】すらコピーに至っている。

 【連撃連花・桜吹雪】とは肉体にかけられたリミッターをはずし、ありえない速度で拳を繰り出すラッシュ技だ。本来であれば肉体のリミッターを外すための訓練をする必要があるのだが、彼はそれを外す必要がなかった。否。最初から外れているのだ。


 人間は自分自身の体を守るために、力の出力に制限(リミット)をかけている。無理に体に負荷をかけないため、無意識でセーブをかけるのだ。それは人間の自己防衛機能の一種であるが、武宮には最初からそれがなかった。理由は不明だが、武宮の動きは自身の体を壊してもおかしくないようなものだったのだ。


 だから、桜吹雪の習得など容易かった。

 それだけではない。リミッターを外せば、人間にはできないようなあり得ない動きを実現する。その武神とも呼べる領域はエンジェル・ガレシアが英雄になれた理由のひとつである。


 武宮玄はたった二カ月でその極地に足を踏み込みはじめたのだ。


 エンジェルと武宮の訓練は、武宮がどのように成長するかではなく、エンジェルがどのように攻撃を受けないかという話になっていたのだ。


(世界最強、過去最強の英雄。なるほど。腑に落ちたわ)


 エンジェルは神代隼人の言葉をようやく理解する。

 最強とはなにか。

 一瞬で敵を吹き飛ばすほどの攻撃か。

 ありとあらゆる情報を知ることか。

 すべてを計算する絶対の知性か。

 遠隔から無限に攻撃することか。


 否だ。


 どんな攻撃も無効化してしまう防御力。


 不敗の英雄とでも言うべきか。

 倒れない最強の力だ。

 その仮説がいま実現されようとしているのだ。

 エンジェルは奮い立つ。


(もう少し、もう少しで彼は最強になるわ。だったらそれまで私が師よ。そう簡単に負けるわけにはいかないのよねん)


 エンジェルは自分を叱咤して拳を構えた。


    ★


 ジム・アンダーソンは筋肉を愛している。

 筋肉が大好きである。

 武力とは筋肉から始まり、筋肉で終わるというのは彼のなかの金言であった。


 だからこそ、タケミヤボーイの育成計画に反対だった。半年で英雄レベルの筋肉に仕上げるというのはオーバワークなうえ無理があると思ったのだ。できたとしても正しい筋肉がつくとも思えなかったのだ。


 筋肉とは太いのは前提で、密度が高くなければならない。

 この密度が大事だった。

 筋肉とは太ければ太いほどいいと曲解されがちではあるが、もっとも重要なのは筋肉量ではなく筋肉の質だった。

 筋肉とは筋繊維が集まってできている。糸を束ねているようなものだ。その密度こそが筋肉の強さを決めるのだ。


 彼は量だけではなく筋繊維の密度には自信があった。脂肪や水分といった余分なモノが少ないほうがいいから、高たんぱくの鶏肉ばかりを食べるようにしていた。筋肉のために人生を謳歌したようなものだ。

 世界で最も筋繊維の密度が高いという自負があった。


 しかしながら、筋肉量や筋繊維の常識を武宮玄という少年に覆される。

 タケミヤボーイの筋肉量は多くない。

 せいぜい、平均的な20代前半の男性が毎日筋トレしたくらいの筋肉量だ。

 だというのにもかかわらず、ジム・アンダーソンと張り合えるくらいにまでの筋力だったのだ。


 それはもはや理屈や論理、科学の領分を逸脱している。

 生物学における筋肉ではない。

 ジム・アンダ―ソンには原理がわからないが、創良・フランチェスコの仮説では【異能の覚醒】に近い現象が肉体そのもの発生しているのだという。そして、異能力が肉体を変質させている。


 彼女は「人類の進化ですわああ」と喜んでいたが、ジム・アンダーソンの内心は複雑であった。


 嫉妬ではない。自分であろうともなかろうとも、筋肉の進化は喜ばれるものだからだ。筋肉を愛するものとして、武宮玄の肉体変化は歓迎するべきものだ。


 しかしながら、トレーナーとしてではなくジム・アンダーソンとして不安なのだ。

 彼は本当に人間として生きていけるのか。英雄になりたいなら人間を辞めろという説法があるが、実のところそうではない。多少性格に難があったり、多少壊れていたり、そんな些細な人間からの脱却だ。本当にモンスターになるべきではない。

 人間を辞めているといっても本質的なところは人間である必要がある。しかしながら、武宮玄の場合は本質そのものが変貌しているように思えてならない。人間の理から外れはじめたのだ。

 大きな力はやがて身を滅ぼす。ジム・アンダーソンは力の代償を英雄の中で一番に理解していた。 


 彼は武宮と共に腹筋をしながら願うのだ。


(杞憂であってほしいものだね)


    ★


 シャルロッテ・ヘルマンは格好いいをこよなく愛する。

 武宮玄に格好いいを教えたところ、面白いように吸収していった。旧文明のネット小説の在り方を彼に伝えたのだ。


 申し分ないくらいの格好いい男になった。世間一般では厨二と呼ばれるようなスタンスだが、シャルロッテはそれが好きだった。シャルロッテの性癖のすべては武宮玄に書き込まれた。彼女が彼氏を自分色に染めるみたいに、シャルロッテ風に染めすぎた。


 だからだろう。


「シャルロッテ、どうかしたか?」


「お、おう! 武宮! 良い感じだぞ」


 話しかけられると自分が乙女のようにドキドキしてしまうくらいイイ男になったのだ。

 オッドアイにオールバックはやりすぎたように感じる。コミックからそのまま出てきたやつになってしまったのだ。推しキャラクターに寄せてしまったのもよくなかった。

 性癖の集合体である。


 シャルロッテ・ヘルマンはふっと笑う。

 もし、これが表世界に解き放たれたらハーレムを作りまくってしまうのではないか。ハーレムが許されるのは創作物だけ。現実では許されない。浮気するクソ野郎だ。そんな嫌な予感が脳裏によぎるが、シャルロッテは「まあ、いいか!」と思考を放棄した。明日の武宮が何とかするだろうという、絶大な信頼だった。


 ハーレムになってしまったらそのときの武宮玄が頑張るだろう。


「そうだ! 武宮。今日も一つ、格好いいを教えてやろう!」


 シャルロッテ・ヘルマンは格好いいを伝授する。


    ★


 創良・フランチェスコは頭を抱えていた。


 彼に与えた異能武器の義眼についてだ。

 科学者のサガだろう。思いついたが吉日。ノリと勢いで作ってしまったが、武宮玄の異能を見誤っていた。性能自体を抑え気味にしたつもりだったが、想像以上に”耐性会得”という異能力はハズレ値だった。


 異能力とは"基本的"には、成長も変質もしない。

 生まれてから死ぬまで変化しない。

 それは絶対の原則である。


 しかしながら、耐性会得は成長も変質もする。耐性は増え、耐性そのものが強化される。成長もする。変質もする。異能の枠組みを超えた力だ。


 だというのにもかかわらず、異能ランクFと判定された。これは誤診ではない。1/1000の確立という固定観念にとらわれてしまった結果、異能ランクFと認定された。AIですら推し量れなかった。天才である創良・フランチェスコですら見誤ったのだ。


 なによりも恐ろしいのは耐性そのものが異能力なのではないことだ。耐性を会得することが異能力だった。


 耐性が異能なのか、会得が異能なのか。これは似ているようでまったくの別物だ。耐性そのものが異能力であれば、肉体には作用しない。異能力の力で外的要因を防ぐからだ。

 しかし会得となると話が変わってくる。耐性を会得した後の耐性本体は異能力ではない。つまり、熱耐性や寒冷耐性というのは異能力ではないのだ。人間の存在そのものを異能に近しい何かへと変質させることを意味している。耐性を会得するというのは肉体を変質させて、それに対抗しうる別の何かに変化させるのではないか。

 創良・フランチェスコはそんな仮説を立てている。


 彼の異質な筋肉にも説明がつく。

 異能により肉体が変質し、筋肉繊維そのものが変化したのではないか。


 もうひとつ、気になっていることがあった。

 死の耐性。

 おそらくそれに近しい何かを彼は習得している。

 この世界に来るための条件を満たすためには、死を経験する必要があるからだ。


 で、あるとするならば。

 彼は神の領域に足を踏み入れているのではないか。


(ハヤト。武宮さんが神すら超える。そんなイレギュラーを想定できていますの)


 そんなことを考えずにはいられないのだ。


    ★


 ソジュンは遠い過去に想いを馳せる。

 武宮玄の内面はソジュンに似ている。

 武宮玄の虚ろな瞳は古い自分と重なる。。無機質な瞳で数多の死体を見下ろし、敵と認識したすべてを虐殺したソジュンの姿がある。彼は死体の山の上に座る。その顔には悲しみも、後悔も、罪悪感もない。感情の抜け落ちたロボットが虚ろな目であまたの銃口を向けられている。危険因子として排除されようとしているのだ。

 敵は殺す。それがソジュンのスタンスだった。立ちはだかるものは容赦なく殺し、やがてたどり着いたのが、今の滑稽でみっともない知の英雄だ。

ソジュンは深いため息を吐く。

 武宮はソジュンの写し絵だった。

 心配しない。できない。彼の身を案じるような機能が脳に搭載されていないからだ。

 ソジュンは期待するしかない。


(武宮さんが自分とは違う道を歩いてくれますように)


 そんな願望にも似た期待をする。

 

   ★


 朧忍は武宮を見たとき、心に波が立った。

 はじめて会ったとき、彼の姿に心が揺らされたのだ。

 右目はえぐられて、潰されていた。ぼろぼろの姿で、孤児のようだった。

 異能ランクFというだけで蔑まれ、迫害される。

 神代隼人に聞くところによると、彼は親からも虐待を受け、幾度となく死にかけたのだという。おおよそ、学友と呼べるものはおらず、知り合いと呼べるものはいない。たった一人の女の子だけが彼を少し気にかけている程度で、ほかの者たちは武宮玄という少年を疎ましく思っているのだという。

 人工知能、ロボットからも不良品扱いされて、社会の枠組みから爪弾きにされていたのだ。

 原因はたったひとつで異能ランクFというもの。

 それだけで蔑まれる世界が、2843年の現在だった。


 朧忍は罪悪感に蝕まれる。

 どうしてこんな世界になったのか。

 どうしてありとあらゆるものがランクで決められるようになったのか。

 シンプルにして、わかりやすい帰結。朧忍という英雄のせいだった。

 武宮の前の世代、その英雄は朧忍だった。

 朧忍がやった変革がいまの時代を築いている。朧忍が起こした革命が、武宮玄にとっての地獄を生み出したのだ。


 そんなことをしておいて、これから武宮玄に重い責務を背負わせるのだ。

 罪悪感なしでいられるものか。

 武宮玄という少年を生み出してしまったのは、間接的には朧忍が原因である。

 彼女はそのことで神代隼人と会っていた。


「………………ハヤト」


「どうしたんだい? 忍」


「……………………私は、救われるべきじゃない。だから彼に……」


「だから、”本物の朧忍”は無視して進め、そう彼に言いたいのかい?」


「…………」


「救われるべきじゃないのは俺だよ。始まりの英雄。始原の英雄である俺が、いまの地獄を作り出した。俺以外の全員が最適を歩いた結果がいまの惨状だ」


「………………違う。私が、変えた。世界から英雄を消失させた」


 英雄の消えた理由は自分にあると言った。


 神代隼人は首を横に振る。


「英雄なんて概念を生み出したのも俺だ。だから裁かれるのは俺だけでいいんだ。俺以外のみんなは武宮玄という最後の英雄が救ってくれる。そう信じてるんだ」

 

 神代隼人は期待する。

 武宮玄という最後の英雄に。


    ★


 ファーストステップに費やした時間が二カ月。

 セカンドステップに費やした時間が二カ月半。

 合計で4カ月半。

 本来の予定がトータル1年。

 半年以上早く武宮玄は仕上がりを見せ始める。





 ついにエンジェルを倒す。


「もう、私が教えられることは何もないわ」

「エンジェル。オマエとの特訓。楽しかった。ありがとう」


エンジェルは地面に倒れながらも笑顔だった。武宮はエンジェルの戦技を超えたのだ。





 ジム・アンダーソンが武宮の筋肉を認める。


「タケミヤボーイ。ついに俺の筋肉を超えたな!」

「正直、量だけで見たら全然だが、これからも筋肉を愛する。ジムを信じるよ。ありがとう」


 武宮の筋肉は仕上がっていた。細見でありながらも、筋繊維がつまっており、抜群のスタイルをしていたのだ。




 シャルロッテが武宮の立ち振る舞いを褒める。


「仕上がったな! 武宮!」

「そうだろうか? だとしたら、オマエのおかげだよ。ありがとう」


 武宮は大きな椅子に腰かけていた。両肘を太ももに乗せた、英雄のような座り方だ。ありとあらゆる動作が自信家のようだ。





 創良・フランチェスコが武宮の義眼の調整を終えた。


「義眼の調子は完ぺきですわ。まさか、数秒のリキャストタイムで耐性会得を発動できるようになるとは。十分が数秒に。武宮さんの肉体が変質している気がしますわ」

「そうか? 創良の技術のおかげだろ。なかなか使い心地がいいぞ。ありがとう」


 武宮の右目は黄色く怪しく光る。耐性会得は殆ど常時発動できるようになった。無限の成長を手に入れる。

 




 ソジュンの持つ知識は可能な限り吸収した。


「武宮さん。俺から教えられることは何もありません」

「ありがとう。オマエの知識、存分に活用させてもらう」


 脳にはノートのように知識が詰め込まれた。

 ダンジョンに対する知識も、様々な薬学に関する知識も、彼の脳に入っている。武宮は歩く書庫となった。





 朧忍は悲しそうにしていた。


「……………私、何も教えられなかった。ごめん」

「たくさん教えてもらった。オマエとの会話で少しコミュ力がついた。だから……そうだな。ありがとう」


 交流は武宮のコミュニケーション能力を育んだ。忍術を会得できなかった代わりに、交流を得て、会話を円滑に進められるようになったのだ。


    ★


 六人の英雄。その知識、力、技術を吸収した。

 かくして武宮玄は完成する。

 武宮玄という特異的な異能力者が誕生する。



 神代隼人は裏の世界で小さく笑う。


「四カ月半。あまりにも早い完成になったね」


 悪巧みをする子供のような笑顔だ。


「さあ、最後ステップを始めよう」


 武宮玄の最後のステップがはじまる

 異能力を持つ本物の英雄解放のためのステップが。





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 空腹耐性   レベルMax

 脱水耐性   レベルMax

 疲労耐性   レベル70

 痛覚耐性   レベル68

 打撃耐性   レベル65

 衝撃耐性   レベル52

 斬撃耐性   レベル46

 寒冷耐性   レベル15


 死の耐性   1/1

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