武宮玄は欠けている
最後の1人。
ソジュンとの訓練は毛色が違った。
「知の英雄。その一部の知識を分け与えましょう。ついてきてください」
そういって、連れてこられたのは裏ダンジョンのなか。
創良・フランチェスコの研究室だった。
科学台のようなところに立たせられる。ビーカーやスポイトのようなものがおいてあり、脇には裏ダンジョンで取ってきたらしい魔物の素材、鉱石が置いてある。
「まずはレッスン1。秘薬作成の方法です」
はじまったのは秘薬の作成の講義だった。
秘薬とは、超再生の薬である。
その作り方は秘匿なのかと思っていたが、素材の入手が困難であるという点と、膨大な知識を求められるという点で、広まっていないだけ。
いつのまにか伝説上の薬になってしまったとのこと。
彼としては甚だ不本意であるらしい。
もっと広まることでダンジョン攻略をより効率化できると考えていたからだという。
ほかの英雄たちはまるで興味を示さない。辛うじて、創良・フランチェスコが興味を示したらしいのだが、作り方を一度教えたら興味を失ったのだという。彼女は新しいものを発見する、新しいものを創造することにこだわっていて、既知になったら興味を失うのだという。
当然ながら、表の世界の人間は作り方を知らない。伝説の薬になって伝わっていないのだ。
つまるところ、細かい秘薬の作り方はソジュンが独占している状況だった。
武宮は彼の説明を一通り聞いてから実践した。
魔物の牙をすりおろし、血液とまぜ、鉱石をすりおろしていれるだけ。
ソジュンは驚き顔で言った。
「完璧な調合ですね」
「そうだろうか」
「ええ。文句のつけようもありません」
主に秘薬の作り方やダンジョンの基本のようなことを授業形式で学習する時間だったのだ。武宮はもともと地頭がよく飲み込みが早い。いじめもあって、成績こそ落としていたものの本質は学習屋である。
約二週間で武宮は秘薬を製造できるようになった。魔物の血液+魔物の牙。マカライト鉱石で作れるらしい。簡単そうに思えるが、マカライト鉱石なるものが流通していない。最難関のブラックダンジョン、もしくは裏ダンジョンでしか取得できないらしい。表世界で流通していない理由に納得がいく。
インテリヤクザのような顔で、彼は口角をゆがめた。
「武宮さん。なかなかやるじゃないですか」
「言われたことを実践しただけだが」
「それが難しいんですよ。魔物の血液。魔物の牙。その分量は魔物ごとに変わるのですから。なによりも調合するときの手際がいいのが素晴らしい。ほかの英雄どもよりも100倍賢い」
「あ、ありがとう?」
彼はべた褒めしていた。
今まで受けてきたどの訓練よりも順調だったのだ。
秘薬を量産する技術。その真髄を習得していたわけだ。
「じゃあ、次にダンジョンに出てくる魔物の特性を理解しましょう」
次はダンジョン講座だった。
ダンジョンに出てくる魔物のタイプ、特性、弱点など、様々な解説があった。
ダンジョンに出てくる魔物は大きく二種類に分けられるらしい。
幻想種と変異種である。
幻想種は人間が空想していたような魔物であり、ゴブリンやオーク、ドラゴンのような魔物が当てはまる。それらは資料文献や物語に乗っているような特性をしているため、攻撃の手段や戦い方がわかりやすいことが特徴的だ。
変異種は地球上に存在する、もしくは存在していた動物の延長線上らしい。武宮が直近で一番記憶に残っているのはサイレントホースだった。馬の尻尾に鎌が生えたような生物だった。そのように、地球上の動物の延長線上に存在している魔物は行動がわかりにくく、また、知性も高い傾向にあるのだという。
これらの魔物についての特性をテスト形式で学んでいく。
魔物のパターンは10000種類以上。
武宮はそれを三日でパターン分析し、おおよその暗記を済ませた。
学校ではいじめと飢餓のせいで、頭が回っていなかった。すべてが取り除かれた環境において、武宮の学習能力はすさまじかったのだ。
とにかく学習する。
知恵を回し知性をつける。
武宮が一番得意としているやり方だった。
「もはや10000種類が完璧です。その学習速度。やはり、あなたは俺に似ている」
「ソジュンにか?」
「ええ、我々は人とずれている。少しだけ違うんです」
どうにも武宮は人と違うらしい。
異能ランクFというのが原因だろうか。
心当たりはあった。燐火・スカーレットに「アンタは変わっている」と言われていたのだ。
ソジュンはどこか考えるような素振りを見せた後、1つ指を立てる。
「武宮さん。似たもののよしみで忠告させてください」
彼は真剣なまなざしで、武宮を覗き込んだ。
「絶対に他人の心を利用しようとはしないでください」
彼は強い言葉で訴えかけてくる。
「他人の心を利用とはどういうことだ」
武宮は言葉の意味が理解できなかった。
他人の心はその人だけのものだ。それを利用するというのは出来ないように思えたのだ。
「誰かの心を”理解”しても、それを利用して、他人を操作するなということです。俺たちは理解に長けている。学習に長けている。そして、欠けている。だからルールを作りましょう」
彼からあったのはそんな提案だった。
「ルールというのは必要なのだろうか?」
「強い人間であるためには必要なことです」
武宮は理屈を理解できない。
「そんな顔をしないでください。そうですね、コミックのヒーローのようなものです。足枷をつけてパワーアップするあれです」
「たしかに、シャルロッテから借りたコミックではそんな展開が多かったな」
漫画のキャラクターは自分に枷のようなものをつける。
それで強化するような展開があったのだ。力を得るための代償として解釈をする。自分に枷をはめるのだ。
「俺も自分に定めた三つのルールがあります」
「みっつ?」
多いと思った。
そんなにルールがあっては不自由な気がした。
彼は1つ指を立てる。
「まずは一つ目。人の心を利用しないでください」
「さっき聞いたやつだな。それは何となくわかった」
武宮はそのルールを脳裏に刻んだ。
他人の心を尊重しようと思ったのだ。
「二つ目。自己保身の嘘をつかない」
「嘘は必要になるのでは? 前にそう聞いた」
「嘘は構いません。自己保身のための嘘をつくな。これだけは絶対に守ってください」
「なぜだろうか」
武宮は混乱してくる。
誰かのための嘘も、自分のための嘘も同じことのように思えたのだ。
「自己保身の嘘は信頼を落とします。それは非合理的です。そう学習してください」
「なるほど。少し理解できた」
自己保身の嘘は信頼を落とす。
もともと嘘は悪いことであると学習していたので、信頼を落とすというのは理解できたのだ。
「そして最後のひとつ。これが一番大事です」
彼は小さく呼吸する。
意を決したかのように言った。
「―――――安易に人を殺さない」
武宮にはその意味が理解できなかった。
「絶対に殺すなということではありません。ですが誰かを守るときだけで、それ以外の殺人をしてはなりません。先制防衛という理由も禁止です。考えて、悩んで、本当にそれ以外の選択肢が取れないときだけ殺人を許します」
「わかった。俺も同じルールを作りたい」
武宮は素直に従うことにした。
英雄の言葉を信じることにしたのだ。
「俺からも聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
武宮はまるで理解できなかったので質問することにした。
「なぜ、安易に人を殺してはいけないのだろうか?」
武宮は人を殺してはいけない意味がわからなかった。
合理的理由であれば、殺してもいいと考えたのだ。
コミックでも主人公は殺人を実行していた。防衛のための殺人や悪を裁くために殺すというのは許されると思っていた。
稀に悪を牢屋に入れるスーパーヒーローがいたが、非合理的だと思った。
殺したほうが合理的だ。牢獄に入れておくのにもお金がかかる。悪党にお金を払うようなものだ。無駄な費用だ。
しかも、脱獄して敵に回る展開のモノもあった。無意味な展開であると思う。殺してしまえば解決するのに。何度もそう思った。
この世界は弱肉強食。容赦とはくだらないものである。それが武宮玄の根幹にある価値観だった。
「合理的理由であれば殺してもいいのでは? 人なんていつか死ぬものだ。殺すことの何がダメなのだろうか?」
彼の口ぶりではそれすら禁止なのだろう。殺人禁止はまるで理解が及ばない領域である。
殺人が許されないのは法的理由である。反撃であるならば、法律上は許される。
許されない理由でも、最悪、バレなければいい。
人を殺すというのは時と場合によっては最善であるはずだ。
ソジュンは眼鏡をくいっと持ち上げた。
「やはり貴方は俺に似ています。それが分からないから我々は枷をつける必要があるんですよ」
その後にソジュンはつづける。
「でも、きっと貴方は俺と違う」
「似ているけど違うのか?」
「そうですね。なぜ殺人がいけないことなのか。いつかその意味がわかる日が来ます。本物の俺とは違って」
彼は無機質な瞳で、灰色の空を眺めていた。
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