ダンジョン

 旧新宿の東京四区にある地下鉄のホームは閑散としていた。

 とうの昔に電車の稼働は止まり、廃墟のようになっていたのだ。

 三番線ホーム。その一角で、4人の少年少女は気合を入れ居ていた。


「うし、準備はいいか。てめえら」


「ほな行きますか。準備は万端やで」


「めんど」


「ふん。いつでも行けるに決まってるじゃない」


 蛇神雄介、蘆屋陽太、志水里奈、燐火・スカーレットの四人だった。彼らは自信に満ちた表情で、緑色のゲートに入っていく。ダンジョンへの入り口は、緑色の波が渦巻いていたのだ。

 そこはゲートだった。

 彼らは渦に足を踏み入れる。


 ダンジョンとは22世紀ごろに現れた異世界と現実世界を繋ぐ現象であり、魔物や怪物の住処と繋がるファンタジー的な事象だった。

 古文書によると、ダンジョンの出現当時は誰もが入れるような場所ではなかった。軍隊や自衛隊などしか入れない規制がかかっていた。

 が、しかし、問題がふたつあった。

 問題点の1つ目。ダンジョンというものは偶発的に発生する。

 出現箇所はランダム。その発生に科学的、論理的な規則性はない。偶発的なダンジョン発生により、興味を持った人が勝手に入っていくという事故が絶えなかったのだ。

 問題点の二つ目。ダンジョンを早期に攻略しなければ、ダンジョンから魔物の逆流(オーバフローと呼ばれる現象)が発生する。

 ダンジョンにはボスと呼ばれる支配者がいる。ボス未討伐のダンジョンは時間経過に伴いダンジョンゲートが点滅し、やがてダンジョンと地球の境界線が崩壊する。歴史にも残っている30を超えるダンジョンが一気にオーバフローを起こした事件がある。のちのスタンピード事件と呼ばれるそれは、ダンジョンを一般公開する理由には十分であった。

 28世紀現在はダンジョン攻略はレンジャーという職業のひとつになった。

 レンジャー登録とはダンジョンの謎を解明するために作られた【レンジャー協会】という団体に名簿登録し、ダンジョンを冒険できる資格を得ることだ。高校生になれば、無条件でレンジャー登録できる。


 レンジャー協会の発表によるとダンジョンは五種類ある。

 もっとも簡単に攻略できると言われているホワイトダンジョン。

 慣れてきた人向けのブルーダンジョン。

 経験者向けのグリーンダンジョン。

 難易度がぐんとあがるレッドダンジョン。

 最難関のブラックダンジョン。

 入り口が白、青、緑、赤、黒の順でダンジョンに出てくる魔物の強さや地形の凶悪さが上がっていく。緑色のゲートはグリーンダンジョンの証だった。武宮たちはミドルレベルに挑戦する。


 蛇神雄介、蘆屋陽太、志水里奈、燐火・スカーレットの四人は全員がレンジャーランクBである。リーダーの蛇神は警戒心が強い。蛇のように狡猾な性格をしている。レッドダンジョンを踏破できるレベルであるにも関わらず、安全を最優先しグリーンダンジョンに潜っていたのだ。

 

 ゲートをくぐった先は石畳の床と石壁が広がっている。

 まるで洋画にでてくるような迷宮のようだった。

 背後には緑のゲートが残っている。この場所に戻るorダンジョンのボスを倒せばいつでも帰れる仕組みになっている。


 少し歩いた先で最初に現れたのは7匹のゴブリンだった。

 緑の肌をした小学校低学年くらいの身長の小人で、彼らは涎を垂らし、ぼろぼろの剣を構える。


「ゴブリン程度。どうってことねえよ」


 蛇神雄介は前線なのだろう。

 自衛隊が着るような厚手の防弾服を着込んで、いの一番に走っていき、右手についた黒曜石のような先端が鋭利な籠手を振り払った。ゴブリンの初撃、振り下ろした剣を弾いたのだ。そのまま、彼は左手でゴブリンの頭を掴んだ。


「もらうぜ。てめえのエネルギー」


 彼の左手は桃色に光る。

 『異能力・吸収(ドレイン)』を発動したようで、ゴブリンは悲鳴を上げている。

約三秒程度だろう。ゴブリンのエネルギーを吸い取っていると、反撃を試みたゴブリンの剣先が左腕にとどきそうになる。

 彼にとっては想定の範疇で頬を歪めた。

 蛇神が右拳を振り抜く。ゴブリン頭は水の入った風船そのもの。膨らんだそれをつまようじで破裂させるように、鋭利な右籠手の先端がゴブリンの脳天を貫き、血しぶきが弾けた。

 蛇神の一撃はゴブリンの脳漿をたやすく破壊した。


 ゴブリンたちは蛇神雄介が危険である。

 そう判断し、一斉に襲い掛かる。

 しかし、それはタンクとしての役割を果たしたことになる。盾役の役割は攻撃を防ぐことではない。注目を集めて、ほかのメンバーにヘイトを集めないことだった。

 複数のゴブリンが彼に襲いかかるが、弾く、弾く、弾く。籠手を使って振り払うように、剣を弾いていたのだ。


「雄介。いつもいうとるやろ! 飛び出すんはいいけど合図はしてほしいわ!!」


 蘆屋陽太は援護役なのか。服装は軽装で学生服なままであった。ハンドガンのような銃をふたつ、腰から引き抜いてくるくると回した。

 スライド部分やグリップ部分を青の外殻で覆うようなメカメカしい見た目をしたハンドガンが右手に、草原のような緑色の外殻をしたハンドガンが左手に、彼は「リロード」と呟いた。

 右と左の銃先を下に、”地面に向かって”引き金を引いた。

 するとどういうわけか。周囲にあった小石が二つ浮く。


「んじゃまあ。俺が援護しちゃいますわ」


 蘆屋はハンドガンをくるくると四回転。

 右の銃先を肩にのせて、左の銃先で自分の額を叩いた。格好つけたのだ


「なにしてやがる! 蘆屋!! はよ援護しろよごら!!」


「最近見た西部劇映画のノリやで」


「はよしろカス」


「志水ちゃんは怒らんといて!! その目、クソ怖いねん!」


 蘆屋は銃を前に構える。


「ほなやりますか。異能・念動力(サイコキネシス)」


 そう言うと、ふたつのハンドガンを手もとでもう一度回し、銃の標準を合わせる

 銃先には二体のゴブリン、その頭部。合わせるまでの時間は0.5秒で、すぐさま引き金を引く。

 念動力で浮いた小石がふたつ、半円を描くようにして2匹のゴブリンの頭を貫いた。武宮は見慣れた異能だ。念動力によって、転がっていた小石を銃の弾として浮かせ(リロード)、銃の標準に飛ばしたのだ。

 七匹いたゴブリンに対して、初動で蛇神が一匹。援護で蘆屋が二匹。


 残りは四匹。

 ゴブリンは知性がある魔物だった。

 彼らも考えたのだろう。

 タンク役の蛇神雄介よりも、念動力による援護をしてくる蘆屋陽太のほうを先に倒すべきだ。

 きしいいいい、とゴブリンの一匹がさけび、蘆屋陽太に襲い掛かる。


「まじっ。ちょっ、近距離は」


 陽太は慌てふためいたように目を見開く。

 もらった。というのはゴブリンの笑み。

 しかし、その笑みに陽太は笑みで返した。


「なーんてね。任せたわ、志水ちゃん!」


「ちゃん付けやめろ」


 ゴブリンは気がつかなかった。

 後ろから見ているだけの武宮もまた、気が付くことはできなかった。

 ゴブリンの首から噴水のように血潮を吹き出す。なにかでゴブリンの頭は斬り落とされたのだ。なにが起こったのか。武宮は主観的に認識することができなかったが、俯瞰してみれば単純な出来事だった。蘆屋の近くにはずっと志水里奈が張り付いていた。

 客観的に見れば、ゴブリンが自分から短剣に突っ込んだようにも見える。


「あーしの異能力・認識阻害なんよね」


 ゴブリンは自分が死に至るまで、志水里奈の存在を認識できなかったのだ。

 単純ゆえに凶悪な異能力だった。他者の意識から指定した人物の存在を外す。

 そこに制約はない。離れたように見えて、ずっと陽太の護衛役として潜んでいたのだ。


 残りゴブリンは3匹。

 すでに4匹が死んだ。


 戦況がゴブリンの敗北で確定した。きひ、と残りのゴブリンたちは絶望に満ちた表情で後ろを向いた。逃げの一手である。

 背中を向けたが運の尽き。それを許すようなパーティーであれば、グリーンダンジョンに挑むことはない。


「逃がすわけないでしょ」


 燐火は魔法使いのような火力役なのだろう。王侯貴族が着るような金の装飾が施された真紅のローブに身を包んでいる。彼女は口角を歪める。


 彼女が指をパチンと鳴らすと、炎の球体が現れる。

 人の頭ひとりぶんはある炎の弾がみっつ。それは妖怪が纏う鬼火のように、彼女の回りに漂っていた。

 彼女は強気に笑って、


「強火で行くわよ。異能力・発火」


 炎球に速度はない。せいぜい中高生がドッジボールで投げる球くらいの速度だ。しかしながら、その異能力が当たれば必殺だった。

 なぜならその炎は攻撃手段ではない。その炎は爆弾そのものではない。

 その炎は導火線だった。


「発火連鎖。あたしの炎は連鎖する」


 直後、パチン。

 彼女が指を鳴らしたのと同時にゴブリンの体は燃えた。炎が燃え移ったのではない。内部から燃え上がったのだ。

 ゴブリンそのものが火種になったかのような現象で、科学では説明がつかないような事象だった。

 彼女の異能力は炎を出すことではなかった。

 対象物を発火させる異能力だったのだ。

 異能力はなにも物理演算のみを変更するわけではない。科学という世界を構成するベースシステムを超越した物理の外側で、彼女の異能は発火という現象を強制的に引き起こした。

 ゴブリンはすべて灰になって消える。


「これで殲滅だな」


 蛇神は満足げにうなずいた。

 「うし」と呟き気持ちを切り替えて、軽蔑した視線を武宮に向けた。


「おい、武宮。俺たちは休むから戦利品は全部袋に詰めろ。さっさとしろよ」


 武宮に拒否権はなかった。

 彼らは壁に寄りかかって座るなり、自分の武器をくるくる回して遊ぶなり、それぞれが休憩に入る。武宮は1人で、ぼろぼろの武器を拾ったり、ゴブリンの牙をはぎ取ったりしていた。

 事前にどれが高く売れるかは知識として頭に入れていたため、目星はついていた。ぼろぼろの武器は刃の切り口に注目すべきだった。少し欠けている程度のなら使い物になる。高く売れる。

 一方でゴブリンの牙は見分けが付かないからすべて拾う。稀に異能力に作用するレアものがあるらしい。蘆屋が二丁拳銃で念動力を強化していたように、レアものは異能を強化するための武器作成に利用できるらしい。レアな牙かどうかは素人目では判断できない。鑑定士と呼ばれる鑑定系の異能力者に回す必要があるから、とりあえず一通り袋に詰めた。


 物拾いは武宮の仕事だった。

 念動力のように物を浮かせることもできなければ、ドレインのように自身を強化することもできない。鑑定士のように目利きすることもできなければ、炎や氷のようなエネルギーを発生させることもできない。1/1000程度の超低確率で耐性を会得できるという最弱の異能力だ。しかもその耐性も、強いものではない。たとえば、熱いものに触れて火傷をして、偶然にも熱耐性をしたとする。せいぜい痛みを軽減するくらい。痛いものは痛い。火傷を防ぐのには至らない。

 耐性を会得できるだけ。物理現象を操作したり、概念そのものに影響を与えたり、そういう異能力が跋扈する28世紀においては最弱の異能力だった。


 社会的貢献もできない。

 エネルギーを発生させるような異能だったり、創造性を上げるような異能だったり、そんな能動的な力であれば社会的貢献度で異能ランクが上がっていただろう。しかしながら、耐性会得の根幹は自己防衛で、受動的な異能力である。自発的にエネルギーを発生させることは不可能だった。


 結論をいえば、さまざまなできごとがロボットやAIで代替え可能な現代社会において、武宮の異能力はまるで使い道がなかった。


 ほとんどの業務がAIやロボットに置き換えられた現代社会で活躍するためには、能動的な能力であることは必須条件とされている。受動的異能力である以上、レンジャーになる以外の道はない。かといって、レンジャーになったところで荷物持ちがせいぜいだ。

 それが彼の立場だった。

 彼が最弱の異能力者たる所以だった。


 武宮がすべての素材をかりとったときのことだった。


「なんだ、この空気は?」


 ふいに蛇神がつぶやいた。


「どしたん? 雄介」


「……やべえかもな。こいつは」


「蘆屋。燐火。めんどいけど臨戦態勢」


 武宮玄は弱いから潰されてきた。弱者は貪られ、強者は嘲笑う。

 それは学校でも、ダンジョンでもそうだった。


「最悪ね。でもあたしには目標がある。こんなところで死ぬわけにはいかなのよ」


「嘘やろ。なんでこんなところにこんなところにサイレントホースがおるん!?」


 その馬はただの馬ではない。

 漆黒の馬だ。目で見える闇をまとい、青白い瞳を光らせていた。

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