異能ランクFの耐性会得で成り上がる ~俺だけ入れる裏世界と七人の英雄~
猿侯爵
異能ランクF
この世界にはスクールカーストという概念が存在する。
武宮玄は瞳を曇らせて、陰を含んだ面持ちで教室の戸に手をかける。
足を踏み入れた教室の生徒たちから投げられたのは、嘲笑や侮蔑の視線だった。ああ、今日も、スクールカースト最下位の武宮玄が登校したのか。高校は義務教育じゃないのだから、さっさと退学しろよ。
哀れみの目。馬鹿にする目。軽蔑する目。さまざまな目がありながらも、一貫して見下すような目だった。
彼らにしてみれば、武宮玄はそういう存在だった。
髪の毛はもっさりとしており、黒ぶちの眼鏡をかけている。体格は弱々しく押せば倒れてしまいそうなくらい細見で、背丈が低いうえに猫背で自信のない立ち姿は、のろまな猿のようだというのは、クラスメイトの1人が呟いたものだった。
彼の暗い表情は孤立が原因ではない。
悪い意味で人を集めていたからだ。
「あれ? 武宮。今日も学校来たんだ」「武宮、朝の一発芸よろしくう」
武宮を挟むように肩を叩いてきたのは宮本と朝顔、2人の少年だった。
宮本はそばかすが特徴の少年で、朝顔は天然パーマが特徴の少年である。彼らは俗に言うところのスクールカースト中堅層だった。
高くもなく、低くもない。スクールカースト上位層には媚びへつらい、下にはマウントを取る。そういうポジショントークが得意なふたりだった。
宮本はゲラゲラと笑いながら言った。
「なんか言えよ。つまんねーやつだよな。そんなんだからスクールカースト最下位なんだよ」
朝顔はにやにやと笑いながら言った。
「なー、せっかく俺たちがいじってやってるのにさー」
「ごめんね」
武宮玄は作ったような貼り付けの笑みを浮かべて謝った。
武宮玄は反撃する権利を所有していない。スクールカースト最下位に人権はないのだ。笑ってやり過ごすのが最善であった。
学生はカーストがすべてだ。
地位も、権利も、立場も、学内における自由すらも、カーストによって左右される。
ただしそれは下位層と中堅層に限ったものではない。
上位層と中堅層にも言える話だった。
「お前ら、だまれ」
男の低く鈍い声が教室に響いた。
たった一言で、教室は静寂に満ちた。
息のつまるような静けさはまるで別世界から未知の凶悪生物がやってきたようだ。
声を上げたそいつは武宮の近くまでやってくる。宮本と朝顔のふたりは頬を引きつらせて、口角がぴくぴくと揺れ動いた。
「”蛇神さん”ちょっとカースト最下位の愚図をいじってただけで……」
「も、申し訳ないと思ってますよ、ほんとうに」
「なんでカースト底辺のお前らが俺に言い訳してんだ。ああ!?」
そう彼らを一喝したのはとんでもない美形の男だった。
名前は蛇神雄介という。
眼光は蛇のように鋭く、強気な面持ちには揺るがない自信が垣間見える。まるでモデルのような精悍な顔つきだ。髪はツーブロック上に刈り上げ、右流しに整髪剤で整えられている。体格は筋骨隆々で、肩幅は広い。雄らしい見た目で雄介という名前がぴったりだった。
その負け知らずの表情には最強であるという自負がにじみ出ている。
情けない悲鳴を上げながら宮本と朝顔は散った。
彼の眼光は武宮に向く。蛇が標的を見つけたような狩人の目をしていた。
彼は武宮の左肩に手を置いた。
「で、武宮?」
彼は笑って言った
「俺の昼飯は買ってきたのか?」
武宮の片手にはコンビニの袋が握られている。
彼はそれを取り出した。
「ああ、んだこれは?」
「焼きそばパンで――――「ああ!?」」
武宮は最後まで言い切ることができなかった。頬に衝撃と痛みが走ったのだ。
右肩から背中にかけての肩甲骨の痛みは、体は壁に叩きつけられたときのもの。そこでようやく何が起きたのかを認識した。
どうにも頬を拳でぶん殴られて、その勢いのまま教室の壁に叩きつけられたようだった。
「おまえさ」と彼は呆れたように言った。
「カツサンドの気分なんだが」
この世界は自分が中心に回っているような物言いだった。傲慢不遜の王がごとくふんぞり返っている。
(昨日のうちにヒアリングをしておくんだったな)
武宮は笑顔をつらぬき、不満不平は表にださない。
彼との間には決定的なまでの差があって、それは血がにじむような努力でも届かない。その背中は望遠鏡で覗いても見えないくらい遠い。
この世界は弱肉強食のサバンナだ。強き物が弱きものを喰らい続ける。
武宮玄と蛇神雄介のあいだにあるのは獲物と狩人、肉食獣と草食獣という立場そのものの違いである。
彼の言葉は絶対だった。
「ごめんなさい」
武宮は壁に寄りかかった状態で言った。すべきなのは逃げることでもなければ、反抗することでもない。謝って被害を減らし、この場をなあなあでやり過ごすことを目標にした。
草食獣がサバンナで生き残るためには喧嘩を売るのではない。肉を切らせて骨を守る。彼なりの生存戦略である。
「わかったらさっさとカツサンドを買ってこい」
サバンナでは肉食動物が獲物を狩ると、ハイエナが死骸に群がる。
スクールカーストの世界でもそれはまったく同じだった。
「お。武宮クン買い出し行くん? じゃあ俺はピザでよろしく」
ハイエナをしにきたのは両耳にピアスをつけた男だった。髪を茶髪に染めている少年で軽薄そうな笑みを浮かべている。
糸目でにやにやしているものだから、常に何かをたくらんでいるような雰囲気があった。
名前を蘆屋陽太といった。
「蘆屋は都合がいいやつだな。人のパシリを利用しやがって」
「雄介だけのパシリちゃうやろ。”俺たち”のパシリやろ」へらへらと軽薄なそうな微笑みを、近くにいたふたりの女子に飛ばす。「で、志水ちゃんと燐火ちゃんはなにがいい?」と聞いた。
声をかけられたうちのひとり、茶髪のギャルは言った。
「ちゃんづけやめろ。あーしはサラダパンでよろ」
彼女の名は志水里奈という。
可愛い系というよりかは美人系だろう。化粧は濃いめで大人びて見える。栗色の髪を肩くらいまで伸ばしている。地毛というわけではなく、深い色合いから染め毛のようだ。ウェーブにパーマをかけている。マニキュアやピアスもつけている。典型的なギャルだった。
スタイルは細身ですらりとしている。
彼女はこちらを見るでもなく気だるそうに片手で”電子ホログラムのパネル”を動かしていた。
武宮は諦め半分の思考で、(最近の女子高生はほんと【ホログラムウォッチ】……ホロウォッチが好きだよな)とどうでもよさそうに流し見する。
彼女がいじっているのはホログラムウォッチ。通称ホロウォッチ。ホログラム+腕時計の組み合わせで作られたそれは、2843年の現代には欠かせない携帯品だった。一見するとただの時計だ。その時計を腕に巻いて横のボタンを押せば、横三十センチ、縦ニ十センチ程度(製品により差があり)の画面を出力する射影機になるわけだ。空中に表示されたパネルは指での操作が可能になる。スライドしたり、拡大したり、縮小したり、指で自由自在に操作できるホログラムパネルだった。大昔にあったスマートフォンとやらを参考にしたらしく、電話や”ダンジョンマニュアル”としての機能も搭載している。
『みんなで使おうホロウォッチ! 電話もできるぞホロウォッチ! ゲームもできるぞホロウォッチ! 勉強にもホロウォッチ! ダンジョン行くならホロウォッチ!』なんてCMが東京三区のホログラム掲示板で毎日毎日流れているくらい一般的なモノだ。現代社会の必需品である。
志水里奈はホロウォッチで遊んでいるようだった。
武宮はもっていない。
本音では欲しかった。現代の日本では木材は保護対象で紙は貴重だった。ノートなんて文化は何世紀か前に滅んでいた。ホロウォッチがなければ記録も取れない。授業内容はノート無しで覚える必要があり、ダンジョン学のテストは赤点ギリギリだった。成績も下がる一方だった。
だけれども、スクールカースト最下位の武宮がホロウォッチを持ち歩けば、過度な嫌がらせに利用されることは目に見えていた。データ改ざん、電話を使ってパシリに呼び出される等々。いくらでも悪用法は思いつく。対抗策として買うのを控えていた。弱みは作らないことが、弱肉強食の世界で生き残る秘訣だった。
志水は目線を後ろの席にずらした。
「で、燐火はどする?」
燐火と呼ばれた少女は「……そうね」と口をついた。
燐火は見るからに純血の日本人ではない。
結び目には朱色の髪留めをつけている。ダンジョンに眠る財宝のように濃い”金色の髪”をツインテールにしているのだ。髪を染めただけの日本人という可能性を蒼穹の瞳が否定する。日本人らしからぬ妖艶なグラビアモデルのような体躯をしている。
しかし、だ
あきらかな外国人でありながらも、あからさまに日本人の血が通っている。子供っぽい童顔や目元の柔らかな感じは日本人らしく端正であったからだ。
フルネームで燐火・スカーレット。彼女は日本人とイギリス人ハーフだった。
燐火はボロボロの武宮をいちべつすると、逃げるように顔をそらして鼻で笑った。
「あたしは別にいいわ。そんな奴が買ってきたものなんて食えたものじゃない」
小馬鹿にしたように言った。
「というかみんなはそんなやつが買ってきたものを食べるわけ? なにが入っているかわかったもんじゃないでしょ。馬鹿なの? 死ぬの?」
「燐火ちゃん。それはひどいわあ! 馬鹿はひどいわあ! 俺のメンタルはゼロやで。ほんま心が痛いて叫んでますがな」
「蘆屋がいちばん馬鹿ね」
「俺のハートに大ダメージや!!」
「蘆屋。うざい。シね」
「志水ちゃんまで俺を殴るん!?」
蘆屋はわざとらしく両手を上げて驚いたような派手なリアクションを取る。
そのかたわら、蛇神雄介は燐火の指摘を受けて頭をかいていた。
「まあ燐火のいうことも一理あるな」
「だったらやめておきましょう。買わせるのなんて。毒が入っているかもしれ――――」
「――――だけど所詮は異能ランクFのクズ。何もできやしねえよ」
蛇神に髪の毛を掴まれる。
そして、
「あああああああああああ」
というのは武宮の叫び声だ。
ほかの生徒たちは見て見ぬふりをするものが半分。
にやにやと見世物にしているものが半分。
「無様な悲鳴だなあ!?」
蛇神は異能力を使ったようだ。
体全体の力を抜き取られるような感覚がする。
全身が軋むように痛む。
「俺の異能力。吸収(ドレイン)は他人のエネルギーを自身の糧にして、無限に強くなれる。そういう異能力だ。この意味がわかるか? 毒を仕込もうが、俺には通用しねえよ」
この世界の力関係はすべて異能によって決定される。
異能力は生まれてから死ぬまで、生涯変わることはない。成長することもなければ、変質することもない。生まれたときに異能ランクが決まる。それは生まれたときに人生が決定しているといってもいい。
彼の異能力、吸収(ドレイン)はSランクだった。他人のエネルギーを吸い取り、自身のエネルギーに変換する。エネルギーというのは魔物の特殊能力や身体能力も含める。吸えば吸うほど強くなる。相手が魔物だろうと、人間だろうと、エネルギーそのものを奪うことができるのだ。無限に強くなれる異能力でチートだった。生まれたときから勝ち組だった。
「オマエの異能はなんだっけな? ああ、そうそう。”耐性会得”だったよなあ?」
「超低確率で”耐性”を獲得できる異能やな? せいぜい病気になりにくい程度の異能。無能すぎて失笑もんやで」
武宮玄は異能ランクFだ。
異能ランクを決めるのは二つの要素。
ダンジョンを攻略する力。
社会的に貢献する力。
どちらかが高ければ異能ランクは上がる。武宮の”耐性会得”という異能は超低確率で耐性を会得できるというもので、ダンジョンを攻略するための攻撃力もなければ、社会的に貢献するためのエネルギーとして力もない。すべてが劣っていた。
武宮のFランクは最低値だった。
関東では唯一のFランクだ。
「おいおい。なんとか言ったらどうだ。Fラン野郎」
武宮にはプライドなんて存在しない。
プライドを持てるような成功体験がない。
武宮は土下座をしながら「すみません」と謝った。なにに謝っているのか、自分が自分でわからなくなる。
「きもすぎ」
それを志水里奈が失笑した。
燐火・スカーレットはぶっきらぼうに言った。
「雄介。幼馴染として忠告するわ。そいつに触らないほうがいいわよ。異能ランクFの雑菌が移るわ」
「燐火は相変わらず潔癖症だな」
蛇神は大笑いする
「異能ランクもF。レンジャーランクもF。スクールカーストもF。すべてがFのオールF野郎だ。たしかに雑菌だらけかもなあ!!」
彼はゲラゲラを笑い、悪童のような笑顔で言い放った。
「ま、俺は気にしねえから大丈夫だぜ。雑菌野郎。さっさと買ってこいや!」
「でも、いまから授業が」
「あ? なんだ俺に文句があるのか?」
「…………わかりました。買ってきます」
武宮は重い体を奮起して立ち上がる。教室を出ようとしたときのことだ。
「そうだ。武宮クン」と陽太が口を開いた。次はどんな話を持ち掛けられるのだろうか。内心怯えながらも口角を持ち上げて振り向くと、陽太がにんまりとした笑みを浮かべていた。
「今日もレンジャーの仕事があるんやけど」
レンジャーの仕事というと、ダンジョン探索のことだろう。
蛇神雄介、蘆屋陽太、志水里奈、燐火・スカーレットの四人はダンジョンを共に攻略するパーティーだった。
「荷物持ちよろしゅうな」
(ああ、なるほど。放課後も忙しくなるみたいだ)
武宮は自虐的に笑い「わかりました」と了承する。
なぜ、逆らえないのか。
なぜ、抗えないのか。
理由は単純でこの世界には”明確な基準として”スクールカーストという概念が存在するからだ。
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