第12話 夜の放課後

てんは涙を拭った少年の手をやわらかく握りなおした。


「……よし。じゃあさ──

 まずは自己紹介しよっ?

 ……名前なんて言うの?

 ぼくは天真だよ!」


夜の風がそよいで、優斗の髪がふわりと揺れる。

その顔にまだかすかな緊張は残っているけれど、さっきまでの怯えとは違う。


優斗は小さく息を吸って、震える声で答えた。

「……ぼく……優斗……

 優しいって字と──

 斗は……北斗の【斗】の……ゆうと……」


てんはぱぁっと笑う。

「へぇ! かっこいいじゃん優斗くん!!」


隣で蓮も軽く頷いた。

「ぼくは蓮。蓮の花のれん。

 さっきは怖がらせてごめんね。

 でも、もう危険はないから」


宗介も自分の胸をとんと叩く。

「俺は宗介! よろしくな!」


優斗の表情が、少しずつほぐれていく。

「……うん……よろしく……みんな……」


てんは勢いよく立ち上がり、手をポンと叩いた。

「よし!! それじゃあ──

 夜の学校で遊ぶぞー!!」


宗介が苦笑い。

「テンション高ぇな……いや、でもまあ……いいか」


蓮は静かに歩き出す。

「じゃあ噂の場所を順番にもう一度回ってみよう。

 優斗くん、こういうの大丈夫?」


優斗は恥ずかしそうにてんの袖をつまんだ。

「……うん……でも……

 ちょっとだけなら……こわくない……」


てんはにっこりして、そのまま廊下へ飛び出した。

「よーし!! まずは体育館!

 あそこでシュートが決まると拍手されるんだよ!」


宗介が目を丸くする。

「そうだな!もう一回行こうぜ!」


蓮は肩をすくめる。

「優斗くんが嫌じゃなければね」


優斗はほんの少し笑った。

「……ちょっと……見てみたい……かも……」


てんは満面の笑みで優斗の手を取った。

「行こっ!!!」


三人と一人──

夜の学校の暗い廊下を、影が跳ねるみたいに駆けていった。




──体育館




体育館の扉を押すと、

真っ暗な空間に、月明かりだけが床を細く照らしていた。


カラ……ン


てんが走っていき、転がっていたバスケットボールを拾い上げる。


「よし、まずはここだよ!

 優斗くん、見ててね!」


ボールを胸の前で構え、軽く膝を曲げ──

ひょい、と放る。


静寂を切り裂く軌道。

ボールがリングに吸い込まれる。


──パチ……パチパチパチパチッ!!

四方八方から拍手が弾けた。


優斗「うわっ!! びっくりした……!」


宗介は腕を組んで得意げに顎を上げる。

「すげーだろ? この体育館の名物なんだぜ」


蓮が横でくすっと笑った。

「宗介くんも最初めちゃくちゃビビってたよね」


宗介「お前それ言うなよ!!」


優斗が思わず笑う。

さっきまでの怯えとは違う、ちゃんとした子どもの笑い声。


てんはその笑顔を見て、ぱっとボールを差し出した。

「じゃあさ、優斗くんもやってみよっ!」


優斗は少し戸惑いながらも、

てんの視線とボールを交互に見て──こくりと頷く。


「……うん」


ぎゅ、と少し大きいボールを抱え、

ゆっくり一歩、二歩と踏み出す。


宗介と蓮が後ろからそっと見守る。

「いけるぞ、優斗」

「大丈夫。見てるよ」


優斗は深呼吸を一つして――放った。


ボールはまっすぐ、吸い込まれるようにゴールへ。


スッ……


──パチパチパチパチパチパチパチッッ!!!!

体育館中から喝采が降ってくる。


てん「すごい!!すごいよ!!」


蓮は小さく目を細めた。

「初めての成功だと……拍手が増えるみたいだね」


宗介が感心したように口を開く。

「なんか……めっちゃ褒められてんぞお前!」


優斗は、その見えない観客の拍手を胸に浴びながら――


「……なんか……へんな感じだけど……

 ちょっと……嬉しい……」

と、小さく笑った。


その笑顔は、夜の体育館の薄い光の中で、

失われた時間をほんの少し取り戻したように見えた。



──体育館後



廊下を歩きながら、てんが嬉しそうに手を振る。

「次はね、図書室! 本を読む女の子の霊がいるんだよ!」


優斗は少しだけ蓮の後ろに隠れるように歩きながら聞いた。

「……本を読む霊……だいじょうぶなの……?」


宗介は胸を張り、やけに明るく答える。

「大丈夫大丈夫!顔がないだけ!」


優斗「…………えっ」


その一言だけで優斗の肩がぴくっと上がる。


蓮は淡々と宗介の肩を指でつついた。

「宗介くん……顔が見えないは事実だけど……初見で聞いたら怖いよ」


宗介「そ、そんな怖がるほどでもねぇって!」


てんは優斗の横に寄り、そっと笑った。

「大丈夫だよ!見つからないように、静かーに行こうね!」


優斗は小さく息を飲んで、コクっと頷く。

「……うん……」


四人はそろり、と図書室へ入った。


――しん……と本の匂いだけが残る静かな空間。

窓から差し込む月の光が、本棚の影を長く伸ばしていた。


てんが小声で囁く。

「あ……いた。まだ読んでる……」


ページをめくる音が、静寂を切り裂くように響く。


──ぺら、ぺら……。


優斗はそっと棚のすきまからのぞいた。

椅子に座った女の子の霊は、本を胸の前で広げ……


胸から上が、歪んでいるように見えなかった。


優斗「っ……!?」


宗介が肩を寄せてひそひそ声で言う。

「な?顔見えないだろ?」


蓮「宗介くん、それ言う必要あった?」


その時――


ガタッ!


宗介の肘が棚に当たり、置いてあった本が落ちた。


蓮「やばっ……!!」


四人は反射的に顔を上げた。


ページをめくっていた女の子の霊が、

ぎぎ……と硬い動きで首を音のした方へ向ける。


てん(小声)「動いた……!」


宗介(小声)「やっべ……!」


蓮(小声)「急いで移動……ほら!」


四人はしゃがんだまま、

スライド移動みたいに、ゆっくり、ゆっくり、

棚の影へと逃げる。


女の子の霊は落ちた本の前で止まり、

しばらく何かを聞くように佇んだあと……


ゆっくり椅子へ戻り、またページをめくり始めた。


──ぺら。ぺら。


四人は息を殺したまま図書室をあとにした。


廊下に出た瞬間、てんがその場でへなへなと座り込む。

「……はーーーー……やばかった……!」


優斗もうつむきながら胸を押さえる。

「……びっくりしすぎて、心臓止まるかと思った……」


宗介は後頭部を掻きながら苦笑い。

「いやー……本が落ちるとは思ってなかった……」


蓮も珍しく肩をすくめた。

「今回は、さすがに危なかったね……」


一瞬の静けさ。


突然優斗が、ふっと笑った。

「……でも……なんか……

 さっきみんなで、揃ってすり足で逃げたの……

 変だったね……」


てんが吹き出す。

「あれ絶対おかしかったよね!!」


宗介も笑い始める。

「めっちゃ忍者みたいだったよな俺ら!」


蓮だけが小さく微笑んだ。

「……確かに変だったかもね」


四人の笑い声が、静かな廊下に弾んだ。

さっきまでの恐怖とは違う、温かい笑いだった。

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