第11話 屋上の真相

蓮(心の声)

「てんちゃんが触れた瞬間、影が消えた…でも、その後すぐに元に戻った。

やっぱり、あれは怪異じゃなくて、あの子の落ちた時の記憶みたいなものなのかも。

…いくら倒しても終わらないタイプの怪異……」


蓮は影を睨みつけ、短く息を吐く。


「……あれはたぶん分身みたいなもの。

本体――あの子自身を解呪しない限り、ループは止まらないと思う……」


その瞬間。

影たちの狙いが、完全に変わった。


てんへ向かって──

腕が一斉に伸びる。


まるで触れられたら自分が消えると理解したかのような、捕食者が餌へかぶりつく時のような速度で。


てん「っ……!」


宗介「させるかよ!!」


宗介が飛び込み、伸びてきた腕をまとめて木刀で叩き斬る。


バンッ!


煙のように散る影。

だが、数が多すぎる。

斬っても斬っても、さらに後ろから伸びてくる。


蓮「宗介くん!! このままだと迎撃しかできない!!

 てんちゃんがあの子に触れないと……!!」


フェンスの前で、少年は震えながら泣き続けていた。

「……いやだ……落ちたくない……帰りたい……」


その声を聞いた瞬間、てんは拳をぎゅっと握りしめた。


「……行くよ。ぼくが……行く」


次の瞬間──


影の腕がてんの足へ巻きつき、

ぐん、と持ち上げようとした。


てん「わっ──!」


宗介「触んな!!」


宗介の木刀が斜めから突き刺さるように振り抜かれ、

影の腕がバラバラに弾け飛ぶ。


蓮「てんちゃん、今!!

 走って!! 僕が止める!!」


てん「……うん!」


蓮はナーフガン(霊縛銃)を即座に構え、引き金を引く。


──パシュッ!


霊弾が命中。

文字のベールがぱっと弾け、影の動きが止まる。


宗介「なら、俺も止める!!」


宗介が地を蹴る。

二体の影に突っ込み──


一撃、バンッ!

二撃、ガンッ!


木刀が“霊力の衝撃”を帯びて影を吹き飛ばし、

人型に戻るまでの硬直を生む。


蓮「次、止める!!」


──パシュッ!


二射目の霊弾が、さらに一体を封じる。


宗介「今しかねぇ!! てん!!」


てんは走り出した。

フェンスに向かって、ほとんど迷いのない一直線の軌道で。


だが──


残った影の腕が、てんに絡みつく。


足に。

腰に。

腕に。


まるで落とす前の確認みたいな、不気味な優しさで。


てん「くっ……!」


蓮「てんちゃん!! 避けて!!

 撃つから──!」


蓮が引き金を引いた。


パシュッ!


──外れた。


蓮「……やば──!!」


影の腕がてんを引き倒そうとする。


宗介「てん!!」


影の指が骨ばった手みたいにぞわりと締まる。

てんの身体が一瞬ぐらりと浮きかけ──


だが。


てんは、自分を縛る影の腕へ

迷いなく手を伸ばした。


指先が黒い表面に触れた瞬間――


ぴし……。


細いひび割れの音。

黒い腕に蜘蛛の巣状の亀裂が走り──


バラ……ッ。


影の腕が煙みたいに崩れ落ちる。


蓮は息を呑みつつ、

「……そうか。触れられるなら、そのほうが速い……!」


宗介はてんが持ち上げられかけたのを見て

胸の奥がヒヤッとしたまま叫ぶ。

「あぶねー!!大丈夫か?」


てんは答えず、

ただ掴まれた足首を軽く払って体勢を立て直す。


そして、短い息と一緒にぽつり。

「……行くよ」


そのまま走り出した。

泣き続ける少年へまっすぐ。


蓮「てんちゃん…!!」


宗介「よし!そのまま行け!!」


てんの小さな影が、フェンス前で震える少年へ手を伸ばし、指先が震える少年の肩にそっと触れた。


ふっ──。


影たちが、まるで誰かに呼び戻されるように一瞬だけ揺らいだ。

その黒い輪郭がふるえ、歪み……やがてひび割れ始める。


ぱら……ぱら……ッ。


砂のように崩れながら、夜風の中へ静かに溶けていく。


てんの胸の奥に、さっき触れたときの残滓がじんわりと戻ってきた。


“落ちた瞬間の視界”

“誰かの笑い声”

“恐怖と孤独”


影が消えるたびに、

それらが少年の内側へ帰っていくような感覚。


──あれは怪異じゃない。

──この子の落ちた時の記憶そのものだ。


てんは小さく目を伏せた。


その後ろで、宗介が胸を張り裂くような息を吐く。

「……ヒヤヒヤした……

 とりあえず……よかった……」


蓮は少年の様子を見ながら、

ゆっくり口を開いた。

「……どうして……ここで死んじゃったの……?」


宗介「おま……!」

語気が荒くなる。

「そういう言い方は……もうちょい……!


蓮「違うよ宗介くん。責めてるんじゃない。

 わからないと……この子をちゃんと帰せないから」


蓮は俯きかけたが、視線を少年に戻す。

てんは触れた瞬間に全部を見たせいで、目を伏せたまま。


少年は、ぽつりと語り出した。


「……中学に入ってすぐ……いじめられて……

 先輩たちに屋上に呼ばれて……

 落とすフリするだけだからって笑って……

 でも……ほんとに……手がすべって……

 ぼく……落ちちゃって……」


宗介の拳が、震えた。


「……なんだよそれ……

 それ……殺人だろ……!」


蓮も苦しげに息を吐く。


「じゃあ……ニュースの遊んで落ちた事故って……」


宗介「くそっ……!

 そいつら警察に突き出して……!」


蓮「宗介くん……

 気持ちはすごくわかるけど……

 死んだ本人が話してくれましたじゃ……誰も……」


宗介は言葉を失い、

歯を食いしばって背を向けた。


「……クソ……ッ……!」


ほんの少し離れたところで、

肩が静かに震えていた。


蓮もてんも、何も言わず見守った。


少年は、自分の膝を抱いていた手を

ぎゅっと握りしめながら、ぽつりとこぼした。


「……学校……楽しいこと……ひとつもなかった……

 屋上……こわくて……

 もう……ここに来るのもイヤだった……」


その声には、

「終わった世界で、もう何も望めない」

そんな弱々しい諦めが滲んでいた。


てんはそっと少年の隣にしゃがむ。


しばらく黙って少年の横顔を見て、

ふっと、柔らかく微笑んだ。


「……ねぇ……

 このまま帰るの……さみしくない?」


少年がゆっくり顔を上げる。


てんは、小さく手を差し出して言った。


「……ちょっとだけ……遊んで帰ろ?

 せっかく……もうこわくないんだし」


少年の目に、

初めて子どもの光が戻る。


「……いいの……?」


てんは大きく頷いた。

「うん!!」


宗介が涙を拭いながら振り返る。

「……ああっ……遊ぼうぜ!

 ここからは楽しいだけだ!」


蓮も微笑んでうなずく。

「うん……少しだけでも……ね」


夜風が静かに吹き抜け、

影の消えた屋上に、やっと子どもの時間が戻った。

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