被害者の手掛かり

――――11年前、初めてここに来た時と何も変わらない。寅を描いた水墨画も、猛獣のはく製も、絨毯も何もかも。


一つ変わったことがあるとすれば、テーブルをはさんで、豪華な椅子に座っている、川奈哲司だろうか。年のせいもあってか、顔色は悪く、目力にもかつての強さが亡くなっている。それでもその風格、覇気はまるで変っていない。組員たちが川奈に対し、腰を90度に折って頭を垂れていることが、何よりの証明だ。


「よう、あんたか。まぁ座れよ」


組長室に入ると、まるで客人を迎えるような調子で川奈は声をかけた。周りの組員たちも誰も驚かない。村瀬も「おう」と言ってごく自然に川奈の向かい側の椅子に腰かけた。


「で、今日はどうしたんだ」

「この写真に写っている女性二人を知らないか」


懐から一枚の写真を取り出し、渡すと、川奈の目がすっと細まり、村瀬の顔を正面から見た。


「こいつをどこで」

「この前、浦和の倉庫街で殺された女性の遺品だ」

「身元は」

「わからない。現在調査中だ」

「死因は」

「心臓を一突き、刺されたことによる心タンポナーデ」

「なるほど。だが、残念ながら俺は知らないな。こんな女は見たことがねぇ」

「本当か?」

「俺はあんたとの取引で嘘をついたことはない。もちろんあんたも俺に嘘をついたことはない。そうだろ?」

「そうだな。ならいい」

「まぁ待て。何も全くの情報なし、というわけじゃない」


椅子から立ち上がって、帰ろうとした村瀬の心情を見透かすように、川奈は声をかけた。


「なんだ?」

「あの男は孤児院育ちだった、という噂がある」

「孤児院?」

「ああ、生前それを示唆するような言動があったと、他の組の組長から最近聞いた」

「未だに立花重蔵の話題が出るのか」

「いつだって出るさ。あの男は裏社会の伝説のようなもんだからな」

「なるほどな・・・わかった。ありがとう」

「ククッ、長年やくざやってきたけどよ、やくざに対してありがとうなんて言葉を使う警官はお前が初めてだぜ」

「お互い様だ。また来る」

そうして、村瀬は今度こそ組長室を出て行った。



やはりというべきだろうか、最初のほうは活気にあふれていた捜査本部は、しばらくすると、どんよりとした重い空気が流れるようになっていった。


まず、犯人の車は、国道17号を新潟方面に向かい、群馬県前橋市まで来たところを防犯カメラがとらえていたが、そこからは一切わかっていない。捜査員たちもありとあらゆる防犯カメラの映像を見たが、それらしき車はかけらも映っていなかった。



現場付近での被害者の目撃情報もほとんどなく、捜査は暗礁に乗り上げかけていた。

そんな中、一筋の光が舞い込んだ。被害者の司法解剖の結果、蕎麦、えびの天ぷら、白米、そして昆布が胃の中から見つかったのだ。被害者が最後に食べたものは、えび天そばと、昆布のおにぎりであると推測された。


そこでえび天そばと、おにぎりを同時に出す店を探し、その付近の防犯カメラの映像を調べた結果、新宿にある『川松』という日本料理屋の近くで被害者の姿が、死亡推定時刻の三時間前に写っていた。そこで、村瀬、山形、中垣の三人でこの店に向かうことになった。

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