『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』

慧翔秋明

第1章 辺境村の病弱少女と勇者の物語

プロローグ 死んだら輪廻庁ストーリー課でした

 最初に見えたのは、電光掲示板だった。


【ただいまの呼び出し番号:0127】


 やたら主張の激しい数字の下には、ずらっと並んだソファと、自販機と、観葉植物と――金髪エルフ耳の女の子が一人。


 ……うん?


「……ここ、市役所の待合室だよな?」


 壁には「ご用件のある方は番号札をお取りください」とか「転生受付はこちら」とか、普通とおかしい案内板が混在している。


 転生受付。


 そこが問題だ。


「あ、起きた?」


 隣のソファから、エルフ耳少女がひょいっと顔を出した。腰まである髪をゆるく編み込んで、制服っぽいジャケット。手には透明なプレート――番号札。


【0128】


 俺の手元にも、同じプレートが握られていた。


【0127】


「……夢かな。新手の社畜悪夢かな」


「夢だったら、早く起きないと転生遅れちゃうよ?」


「転生に遅刻とかあるんだ……? タイムカード押すの?」


 反射でツッコんでから、自分で自分に引っかかる。


 転生。


 その単語が、じわじわと脳に染み込んでくる。


 ――さっきまで俺、何してたっけ。


 真っ赤な進捗表。鳴り止まないチャット。締切、締切、締切。

 「定時は概念だから」と笑う上司。

 ディスプレイの光でやたら白く見える自分の手。


 胸の奥が、きゅっと掴まれて――そこから先の記憶が、ない。


『番号札〇一二七番の方、魂行こんこう受付までお越しくださーい』


 やる気ゼロみたいなアナウンスがスピーカーから流れた。


「ほら、呼ばれてるよ。三城さん」


「名前出た!? フルネームで呼ばれた!?」


 エルフ耳少女が、俺の番号札を指さす。


 ……いやいやいや。


 夢ならそろそろ覚めてほしいし、現実なら日本の役所もいよいよファンタジーに寄りすぎだ。


 けど、誰も立ち上がらない。

 0127を持ってるのは、どう見ても俺だけ。


「……行ってみるか。最悪、苦情窓口に行こう」


 ソファから立ち上がり、電光掲示板が示すカウンターへ歩く。


 受付カウンターの奥には、灰色のスーツに白シャツ、縁なし眼鏡の女性が座っていた。落ち着いたショートボブに、左腕には白い腕章。その腕章には、細い輪が三つ重なったような紋章。


 公務員感と異世界感のハイブリッドだ。


「番号札〇一二七番、三城 晶也みしろ まさや様ですね」


 顔を上げた彼女が、事務的な笑顔で言った。


「あ、はい……って、なんで俺の名前……?」


「このたびは――ご死亡、おめでとうございます」


「おめでたくないですよねそれ!?」


 反射で叫んでいた。

 今、死因を結婚みたいなテンションで祝われた気がする。


「えっと、今なんて?」


「ご死亡、おめでとうございます」


 二回目いらない。ダメ押しやめて。


「三城様は、本日〇時二分〇一秒をもちまして、現世での生命活動を終了されました。当庁へのご登録も完了しております」


 受付の女性は、手元の端末を操作しながら、さらっと人の生を総括してくる。


「生命活動を……終了……」


 要するに――。


「俺、本当に死んだんですか」


「はい。こちらが死亡記録デスログの控えになります」


「デスログって言い方どうにかなりません?」


 透明なカードが一枚、差し出された。

 そこには俺の名前と生年月日、それから簡単な経歴とともに、こう記されている。


死因:過労による心不全

ライトノベル新人賞応募歴:5回

一次選考通過:0回


「やめて!? 死因より後半のほうが刺さるんですけど!?」


 胸を押さえた。もう止まってるはずの心臓が、精神的に二回目の心不全を起こした。


 徹夜三日目、カフェインと根性だけで動く体。

 「俺がやらなきゃ終わらない」って、誰も頼んでないのに勝手に背負って――。


「長い間、お仕事おつかれさまでした」


 受付の女性が、コンビニ店員みたいな軽さで言った。


「人生丸ごと総括したあとのセリフとして軽すぎません?」


「当庁では、皆様に等しくそのようにお声がけしておりますので」


「テンプレ接客だこれ……」


 笑うしかなくて、頭をかく。


「それでは、今後のご希望をお伺いしますね」


 彼女は、すっと話を先に進めた。


「転生をご希望でしょうか? それとも、当庁でのご勤務をご希望でしょうか?」


「選択肢の重さと聞き方が合ってない!」


 アンケート感覚で人生の二周目聞かないでほしい。


「えっと、その“転生”って、よくある異世界的なアレですか?」


「はい。現世への再配置、他世界への転生など、多数の選択肢をご用意しております。昨今、異世界方面への需要が増加しておりまして――」


 受付の背後のモニターには、


【異世界ファンタジー系:希望者殺到中】

【スローライフ農業系:今なら空き枠あり】

【悪役令嬢ルート:人気につき抽選】


 みたいな、地獄の就活サイトみたいな文言が並んでいる。


「一方、当庁でのご勤務を選択された場合、輪廻システムの安定運用に貢献していただきます。福利厚生も充実しておりますよ。永年勤続表彰などもございます」


「“永年”って死後に聞くとホラーなんですけど!? やめて、“永遠”と同じ響きしてる!」


 生涯どころか死後まで働かされる予感しかしない。


「ちなみに、現世でのご経歴と適性を鑑みまして――」


 受付の女性が、端末をすいすい操作する。


「三城様は、物語関連部署での採用率が高い数値となっております」


「物語、関連?」


「はい。ラノベ賞への応募歴が五回、一次通過ゼロ。

 長編原稿の執筆習慣あり。ジャンル嗜好はファンタジー系、異世界寄り」


「黒歴史の棚卸しやめて!? もっとオブラート欲しい!」


 思わず両手で顔を覆う。

 ブラウザ履歴まで見られてたらどうしよう。※見られている気しかしない。


「物語関連部署における“ボツ経験者”の評価値は高く――」


「その肩書きの付け方ほんとやめて? “ボツ経験者(レア)”とか要らない称号だから?」


「ストーリー課とか、企画課とか。テンプレ転生ストーリーの審査など、適性が認められております」


「テンプレ転生ストーリーって公式用語なんだ……。どこかで読んだことのあるやつだ、それ」


 胸が痛い。創作活動由来の職業病だ。


「それでは、転生か、当庁勤務か――」


 受付の女性が、また涼しい顔で問い直す。


 転生。

 今度こそまともな人生送れるかもしれないし、またブラックに捕まるかもしれない。


 当庁勤務。

 死後も仕事。語感は最悪だが、少なくとも「定時は概念」みたいなことは言われなさそうだ。たぶん。きっと。おそらく。


「……ラノベ作家になりたかったんですよね、俺」


 気づけば、口からこぼれていた。


 受付の女性が、ぴたりと指を止める。


「ラノベ作家志望でいらっしゃいましたか」


「志望止まりですけど。賞に出して、全部ボツで」


 自嘲気味に笑うと、彼女は小さく頷いた。


「でしたら、ちょうど良い部署がございます」


「どこが?」


 俺のツッコミより先に、隣のカウンターから顔を出した若い男性職員が、元気よく割り込んできた。


「ストーリー課、また人手足りてないですよね? テンプレ転生の審査が詰まってるって、部長が」


「そうですね。今期も案件増加傾向ですし」


「というわけで、三城様には物語管理局ストーリー課でのご勤務をおすすめしまーす」


「“おすすめで就職先決める”って概念、ここにもあったんだ……!」


「大丈夫ですよ、ホワイトですから。たぶん。きっと。おそらく」


「その“たぶんきっとおそらく”って三段活用やめろ!? どれ一つとして信用度上がってない!」


「はい、こちら勤務同意書でーす」


 ホログラムのパネルが目の前に開いた。細かい文字がびっしり並んでいるが、読む気力は残っていない。※生前に使い果たした。


「署名後の撤回は原則できませんので、その点だけご注意くださいね。すでに死亡済みにつき、労働基準法の適用は――」


「さらっと労基外宣言しないで!? またブラック臭するじゃん!」


 労基に守られない人生の次は、労基に守られない死後かよ。


 でも。


 ここで「じゃあ転生で」って選んで、今度こそうまくいく保証なんてどこにもない。

 異世界スローライフの求人票にも、たぶん小さい文字で「※ただし世界は修羅場」って書いてある。


 だったら――。


「……分かりました」


 俺は観念して、指でサインを書く。


「三城 晶也。死後、輪廻庁勤務。配属先は……物語管理局ストーリー課」


「はい、正式にご就職おめでとうございます」


「“ご死亡”と“ご就職”を同じテンションで祝うなって!」


 ため息をつきながら受付カウンターを離れると、エレベーターへと案内された。


「ストーリー課は三階、左奥のフロアになります。物語管理局の表示が出ておりますので」


「物語管理局……」


 正直、ワクワクしている自分がいるのが悔しい。

 死んでなお、物語に関わる仕事ができるなんて――それだけ聞けば悪くない。


 エレベーターが三階で止まり、扉が開く。


 廊下の突き当たりに、磨かれた金属製の扉。

 そこに、シンプルな文字が浮かび上がっていた。


物語管理局ストーリー・ビューロー ストーリー課】


「……よし。死後初出社」


 小さく深呼吸して、扉を押し開ける。


     ◇


「ようこそ、輪廻庁ストーリー課へ!」


 扉を開いた瞬間、元気な声が飛んできた。


 そこは――カオスだった。


 壁一面に、本棚代わりの光るパネル。

 そこにびっしり、


【案件No.57801 異世界トラック転生・仮】

【案件No.57802 剣と魔法とスローライフ】

【案件No.57803 追放された俺が実は最強】


 みたいなタイトルとあらすじが流れている。既視感の暴力だ。


 天井からぶら下がった巨大スクリーンには、


【本日到着 転生プロット数:1234件】

【審査待ち:987件】

【テンプレ度 S/A/B/C】


 などという、編集部の悲鳴がそのまま数字になったような表示。


「うわ……俺が生前に読んでたやつらが、数で殴ってきた……」


 思わず素で声が出た。


「はじめまして! 今日から一緒にお仕事する人ですよね!」


 目の前に飛び込んできたのは、小柄な女の子だった。


 ふわっとしたスカートに、ゆるめのカーディガン。

 腰まで伸びた銀髪をツインテール気味に結び、頭の上には小さな光の輪。


 胸元の名札には、こうある。


《ルナ/等級:下級女神/ストーリー課・企画担当》


「三城さんですよね! 書類見ました! ラノベ応募五回! ボツ五回!」


「履歴の一番痛いところを一番でかい声で読むのやめて!?」


「ボツ経験者さん、大歓迎ですよ!」


「歓迎の理由が複雑で泣きそうなんだけど!」


 なんだこのテンションの女神。人事か。


「ルナ、新人を圧でつぶさないの」


 少し低い声が飛んできた。


 振り向くと、黒髪をひとつにまとめた女性がこちらへ歩いてくる。タイトスカートにジャケット、耳にはあの輪の紋章のピアス。さっきの受付よりも、いかにも“仕事できます”って感じだ。


 名札には、


《黒瀬 天音くろせ あまね/ストーリー課一等審査官》


 と書かれている。


「物語管理局ストーリー課、一等審査官の黒瀬です。今日からあなたの上司になるわ」


「あ、よろしくお願いします。三城 晶也です。死んでます」


「ここではジョークにならない自己紹介は控えたほうがいいわね」


 黒瀬さんは、口元だけでほんのり笑ったような、笑ってないような表情をした。


「生前の記録は確認してあるわ。

 ブラック企業勤務、過労死。

 ラノベ応募五回、一次通過ゼロ。

 ――ボツ経験、豊富」


「その雑に心えぐってくるまとめ方やめてほしい」


「ボツを知っている人間は、ボツを出す側に向いているわ」


 サラッと怖いことを言った。


「ここ、ストーリー課の仕事はシンプルよ」


 黒瀬さんは、天井のスクリーンを指さす。


「毎日届くテンプレ転生ストーリーを読み込んで、物語としてダメなやつは片っ端からボツにする。それだけ」


「“それだけ”の中身が重労働なんですけど」


「テンプレをそのまま通したら、世界のほうが先に壊れるから」


 黒瀬さんの視線が、わずかに鋭くなる。


「“死んだあとの人生”すらテンプレで済ませようとする魂が多すぎるのよ。だから、こっちでちゃんと選別してあげないと」


「そこでボツ経験者の出番ってわけです!」


 ルナが横から割り込んでくる。


「ボツの痛みを知ってる人は、“読者の時間を奪う物語”にめちゃくちゃ厳しくなれるはずですから!」


「今のだけちょっと名言っぽいのやめて。反論しづらい」


 でも、少しだけ分かる。


 あの「選考結果のお知らせ」メールを開く前の胃の痛さ。

 開いたあと、何度読み返しても増えない文字数。


 ――あの痛みを、他人に味わわせたくないって気持ちは、たしかにある。


「じゃあ、三城」


 黒瀬さんが指を鳴らすと、目の前にホログラムの案件一覧が開いた。

 あらすじの羅列。その横に光る「テンプレ度:S」みたいな表示。


「今日からあなたには、テンプレ転生ストーリーのボツ出しを手伝ってもらうわ。まずは会議に顔を出して」


「いきなり実戦投入なんですねこれ」


「大丈夫。最初はルナの酷い企画から片づけるから」


「ひどい!? まだ何もプレゼンしてないのに酷い!?」


 ルナが涙目になっている。ちょっとだけ分かる。


「――それと」


 黒瀬さんが、ふと視線を上げる。


 天井の巨大スクリーンの端で、小さな赤い点が点滅していた。


【警告:案件No.0001】


 その行だけ、他の案件とは違う色をしている。


 自動で詳細ウィンドウが開いた。


【状態:ヒロインログ一部欠損】

【構造傾向:代償テンプレ適用リスク高】

【削除ルーチン:カウントダウン開始】


 淡々とした文字列の中に、「カウントダウン」という単語が不穏すぎる存在感を放っている。


「……削除?」


 思わず声が漏れた。


「物語として成立しなくなりそうな世界を、丸ごと整理するルーチンよ。骨組みがスカスカになった世界は、ワールドコア側で削除される」


 黒瀬さんは、スクリーンを見上げたまま言う。


「普通なら、私たちは“流れてきたプロット”だけを相手にする。でも――」


 赤い点滅は、じわり、じわりと点灯間隔を早めていく。


【残り時間:6日と少し】


「この案件は、特別」


 黒瀬さんの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「ヒロインのログが抜かれかけている。

 代償テンプレに食われて、削除ルーチンにも目をつけられている。

 このままだと、“誰か一人の犠牲で世界を安定させる”っていう安易な物語か、世界ごと消えるか、その二択に落ちる」


「二択の両方に“ハッピー”の要素がゼロなんですけど」


「だから――」


 黒瀬さんは、俺のほうを向いた。


「そこをひっくり返すのが、ストーリー課の出番」


 その瞳は、さっき「テンプレをボツにする」と言ったときよりも、ずっと真剣だった。


「代償エンドも、削除エンドもボツにして、“三つ目の道”――修復エンドに書き換える。その仕事に、あなたの“ボツ経験”を貸しなさい」


「ボツ経験をそんなカッコいい使い方されるとは思わなかった……」


 苦笑しつつも、胸の奥で何かがじわっと温かくなる。


 死んだあとに、誰かの物語を救う仕事。

 ボツばっかりだった自分の時間にも、ほんの少し意味ができるかもしれない。


「――了解です」


 俺はスクリーンの赤い点滅を見上げながら、頷いた。


「テンプレも、安易な犠牲オチも、まとめてボツにしてやりますよ」


 巨大スクリーンの端で、数字が静かに減っていく。


【残り時間:6日23時間――】


 死後就職初日の俺は、知らない世界の知らないヒロインの命運を、いきなり預かることになった。


 ボツ経験者のくせに、やることだけはやたら大きい。


 ……まあ、そういう主人公、ラノベで何度も見たし。

 今度は、自分の番ってことだろう。


―――――――――――――――――――――

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