第3話

「そうだね。お金をたくさん使ったから取れるまでやめられない。せっかくお金をかけて景品を動かしたのだから元に戻したらもったいない。そうむきになって続ける。完全にコンこってる」

「でも」


 だって。そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

 言い訳が無限に溢れそうで仕方なかった。その浅ましさを見透かしたかのように彼女は優しく微笑む。


「気持ちはわかる。負けていると頭に血が上って平静ではいられなくなるよね。でも急がば回れだよ。悪い形ののままプレイを続行するより、ゼロの状態からリスタートしたほうが圧倒的に簡単だったりする。意外なほどね」

「そういうものですか」


 いかんせん経験不足すぎていまいち腑に落ちないところがある私。そんな私に証明するかように、お姉さんは百円を機械に入れて一から『私の続き』を開始した。

「よく考えて。沼にはまってからあがくよりも、時間を戻して沼の前から違うルートを選択したほうが可能性が広がることを」


 私は助言を耳にしながらぼんやりと彼女のプレイを観察する。

 一手。

 二手。

 三手。

 ――ゴトン。

 信じられないことに、あれほど遥か遠くに感じていた景品があっという間に地上へ落下していた。

 ほらね、と彼女はしゃがんで軽やかにフィギュアの入った箱を取り出してみせる


「嘘おっ。私があんなに苦労しても取れなかったのにっ」

「理想の手順を知っていれば始めからやったほうが早いってわかるよ」


 いまの感覚は戦慄に近かった。 全身の総毛だって鳥肌が立っていた。

 なんて鮮やかで。

 なんて美しくて。

 そして、なんて羨ましいのだろう。

 たかがゲームなのに、私とは天と地の差があった。私たちは同じ人間のはずなのに月とすっぽんだった。

 ふたりはそう、雲と泥沼だった。

 気づいたら勝手に体が動いていた。背が直角に折れていた。


「お願いします。私を、弟子にしてくださいっ」


 こっちは藁にもすがるほど必死だったが愉快そうな声が上からした。


「弟子だなんて大げさだなぁ。本当に面白い子だね」


 この人しかいない、何故かそんな強い確信があった。きっとこの邂逅は偶然なんかじゃない。運命だ、そこまで思った。

 正直、断られても受理してくれるまで何度でも拝み倒そうと算段していた。

 ひとつだけわかっていたことがあるすれば、このままだと私は浪費して破産するコンコルドになるということだけだ。


「何でもしますからっ」


 切り札の奥の手。女の子のガチの泣き落とし。

 でも女性相手に通じるのか。


「え、何でも?」


 意外なほど期待に満ちた反応が返ってきたので、ちょっとしり込みしたが、構わない。


「はい。何でもっ」

「なら友達になってよ」


 半ば自暴自棄だったが、予想だしていなかった答えに私は恐る恐る顔を上げる。


「友達?」

「クレーンゲームする女の子ってあんまり多くないんだ。私と友達になってくれたらいろいろ教えてあげる」

「なりますっ。友達になりますっ」


 一も二もなく私は強引に彼女の手を握りこんでいた。


「じゃあ今日からクレ友だね」

「はい、よろしくお願いします。師匠」

「師匠はちょっと困るから、お互い自己紹介がいるね。今日はこれからお仕事だからあっちで少しだけ話をしよう」


 最強の味方を得てテンション爆上げの私は、ほいほい誘われるままに自販機がたくさんある休憩スペースへついて行く。これで怪しい壺を売られたら買ってしまうところだ。

 それから観葉植物の近くのベンチに座らされると、コーラを奢ってもらえた。この気前の良さと余裕さはまさしく私が理想とする大人の女性だ。


「じゃあ改めまして、私から。私の名前は義後優歩ぎごゆうほ。よろしく。好きに呼んでいいからね」

「……義後さんかぁ。素敵な名前ですね」


 絶対的に心からそう思った。恐らくどんなへんてこな名前だったとしてもそう思ったに違いない。


「ありがとう。優しく歩くで優歩。義後は先義後利の漢字だよ。といっても私は利を優先するほうだけどね」

「ほほぅ、そういう感じですかぁ」


 いかん、国語は強いほうだけど教養のレベルのほうが釣り合っていない気がする。

 でもこの人には嫌われたくないし失望もされたくないから適当に合わせておいた。あとで検索して履修しておこう。


「それで、君は?」


 取り繕っていたところに上目遣いで催促され、私は慌てて居住まいを正す。


「暮華レナって言います。糞雑魚ナメクジとでも呼んでください」


 私がこれ以上ボロを出さないように懸命にぺこぺこしていると、義後さんは大きく手を叩いた。


「オーマイガー。なんて素敵な名前なんだ」

「そ、ですかねぇ」


 何をそんな興奮しているのか意味が分からなくて私は目を瞬く。


「だってクレーンゲームって略するとクレゲだよ」

「あぁ」


 言われてみれば、である。無縁すぎて指摘されるまでまったく理解できなかった。だからなんだって話なわけだけど。

 しかも名前負けしているわけだけど。


「縁起がいい。じゃあ君はクレゲちゃんだ」

「ちっともうまくないですけどね」


 あざとく少し拗ねてみせると、頭をぽんぽんしてもらえた。やってみるものである。

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