第21話
収録後、控室のひとつで、私たちはさっそく一人ずつ聴取を開始する。
控室の様相もテレビ局のそれと大差はない。化粧台と机と椅子、それと薄型テレビがある。収録後はあっさり帰ってしまう子もいるが、長居する子もいて、ここでそれぞれの性格が垣間見えたりする。
「うーサムサム。おふたりさん、話っていったい何だろ?」
紫担当の虹橋渉が毛布に包まりながら涙目で言う。
墓場鳥の一個上の先輩にして、つい最近、カラーズ内で登録者数五十万人を最速で達成した逸材だ。
配信ではお姉さんキャラを演じてはいるが、実際は低身長の童顔だ。アバターのデザインはアライグマをモチーフにしている。
彼女のように、ブイチューバーは何も人間タイプばかりではない。ヴァーチャルという設定の時点で人間ではないので、逆に何でもござれである。動物系に、化け物系、悪魔や天使、何らかの擬人化など様々いる。
「忙しいところごめんね渉ちゃん。まあまずはそれでも飲んで」
私が何か言う前に七瀬がテーブルにあったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。虹橋はそれを両手で持って一口すすり、息を吐いた。
「ああ生き返る。私って子供の時から極度の冷え性だから」
「私はいつもスーツだからよくわからないが、あそこはそんなに冷えるものなのか?」
会話の糸口を見つけた私は、まず他愛のない雑談から開始する。結果に大きな影響を及ぼすとは思えないが、リラックスしていたほうが話しやすいこともあるだろうという、緩めの打算だ。
「冷え性かどうかにもよるけど、やっぱり今日みたいにじっとしてると結構くるね」
「広いし空調が利いているからか」
全身タイツのようなモーションキャプチャースーツには、トラッキング用の反射マーカーが付随する。端的にいえば小さな球体だ。それが多いほどよりリアルな動作を再現することができる。欠点はその専用スーツに保温性があまり担保されていない点で、スタジオの構造もそれに配慮されていないことだ。
スタジオ内は多くの高級機材が設置されているが、構造上たださえ熱を持ちやすいので、タレントが寒がりだからといって暖房を利かせるわけにはいかないのだ。
すると長丁場になったりすると彼女のようにすっかり滅入ってしまう。特に女性は冷え性が多いので、控室には飲み物や毛布などを完備し、サポートを欠かさないように気を配っている。
しかしいまは七月初旬だ。いくら東京といえど既に気温はかなり上がってきている。
「もしかして体調が悪いんじゃないのか?」
私が直感で尋ねると、彼女は目を逸らし、その後でばつが悪そうにこくりと頷いた。
「やっぱ霧ヶ峰さんって鋭いね。仕事してるときの顔がいつも刑事さんみたいで怖いもん」
顔が怖いのは生まれつきだが、ここまではっきり言われるのも珍しい。
「どうして体調不良で収録に参加してる?」
「ブイチューバーはアバターがあるから体調不良でもファンにはばれないし」
「違う。休まないのは何故かと聞いたんだ」
僅かに苛立ったのは本人にではなく専属マネージャーに対してだろう。
責任感が強い彼女たちが無理をしようとするのは、何もいまに始まったことではない。だからストッパーがいるのだ。
「もし休んだら裏で男と遊んでるって思われるから」
理由を耳にした瞬間、一気に頭の熱が失せ、私は何も言えなくなってしまった。脅迫の悪影響がここにも出てきている。
「ねえねえ、ところでさっきの私の回答とか見てた?」
停滞が生じると陰った空気を入れ替えるように、虹橋がふたりを交互に見た。
「ああ。コントロールルームから見ていた」
「面白かった?」
「とても面白かった。な?」
私が肩越しに確認すると、後ろに立っている七瀬が慌ててこくこくと頷く。
「よし。霧ヶ峰さんと七瀬ちゃんが面白いって言うなら安心だ」
ブイチューバーには総じてキャラを作っている人間と作っていない人間がいるが、彼女は紛うことなく前者である。普段は常識人なのにカメラの前だと途端に行動がおかしくなる。異様に高い声とおバカ発言。それが人気の秘密になっているのだから、世の中何が役に立つかわからない。世が世なら埋もれていたかも知れない。
いまはまだましなほうで、社屋で会うと借りてきた猫のような大人しくなる。これは身内だけが知る企業秘密だ。
「こらこら、可愛さはどうしたー。アイドルでしょー」
配信中みたいなテンションで七瀬が突っ込むと、虹橋はわざとらしく後頭部をかく。
「私は可愛いって言ってもらうより、面白いって言ってもらったほうが嬉しいから」
「何という芸人気質っ」
このまま和やかに近況の報告でもしたいところだったが、他のメンバーも待たせてあるので、そろそろ仕事に入る。
「ところで虹橋さん、体調不良のところ気を悪くしないでほしいんだが、いま親しくしている男性がいたりとかはしないか?」
「やっぱりそのことか」
毛布の穴から抜け出ている顔にこれといった動揺は見られない。
「まあぶっちゃけると、それだ」
私は顔を上げて七瀬と一瞬だけ視線を絡ませる。余計な邪魔が入らないように各マネージャーは席を外してもらうことになっている。
「言っておくけど私のリスクマネジメントは完璧だから」
「白ということか?」
「いまのところは、かな。はは」
「虹橋さん、これは真面目な話なんだ。この際だからはっきり言うが、あの脅迫のターゲットはカラーズの可能性もある」
「カラーズの中に怪しい人がいるって?」
「そうは言っていない。みんないい大人なんだから、知らない間に誰かと出会って、誰かと付き合っていても不思議じゃない年齢だ、と言っている」
カラーズの年齢層は二十代から三十代後半で、彼女は二十代前半と若い部類だが、成人女性であることに変わりはない。
「同じことだよ」
「そうだな。疑ってすまない。だがリスクを可能な限り排除して、カラーズを明日へ残すことが今の私に与えられた仕事だ」
「私は白だし、黒の子も知らない。どちらかというと私もどこのグループの誰なのか気になってるくらい。私は他社だと思うけど」
体がようやく温まったのか、虹橋が毛布を折り畳んで部屋の隅にある返却ボックスに入れて戻ってくる。コロナ以降は一度でも使ったものは必ず洗濯するルールがあり継続されているのだ。
「心当たりがないというのは本当か?」
「いくらカラーズが大所帯だからって誰とでも親しいわけじゃないし、プライベートで会うなんてせいぜい三人とか四人レベルだよ。その中でならみんな白。それでも全員の全てを知っているわけじゃないけど」
「ありがとう。それが聞けてよかった」
「でも狙われているのがカラーズだとしたら、あのことが関係あるかも」
「あのこと?」
そこで彼女はティッシュペーパーを数枚取り、洟をかんだ。夏風邪かも知れない。
「だから男絡みの」
あたかもASMRのような囁き声で彼女が答えると、七瀬の上半身が倒れるように前へ出てきた。
「渉ちゃん、それ教えて!」
「あ、これを知ってるのは私じゃないから。知ってそうな口ぶりの先輩がいたってだけ」
「誰? その子はなんて言ってたの?」
「あのポストの原因わかっちゃったかもって。でも誰のことかはどうしても教えてくれなくて。そんだけたよ。私が適当にからかわれただけかも知れないし」
慌てて訂正されたが、私たちは半ば強引にそのメンバーを名前を聞き出すことに成功した。そのときの紫色の唇がやけに印象的だった。
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