第12話

 カラーズ全員が一堂に会することは一年を通してもほとんどない。

 それぞれが個々の配信活動に専念していて、全員が一か所に集められる機会が大型のイベントを除いてないせいだ。

 そのため調査の難航はある程度まで予想できていた。都合が合うメンバーに関しては可能な限り接見で、どうしても都合が合わないメンバーに関しては、ディスコードの映像通話を利用して質疑応答をするしかない。まずはその段取りとリスト作りから始める。

 各自がばらばらの活動形態をしているため、軽く連絡をとってから順序立ててスケジュールを綿密に組む。何の話かは伏せているのでまず断られることはない。

 幸い現在の担当が墓場鳥ひとりとなり、通常業務からも一時的に離れているので、こちらには時間に余裕がある。申し送りも迅速に済ませた。

 頭を悩ませたのは調査対象の人数だった。卒業生が何人か出ているとはいえ、それでも二十人はいる。そして懸念されるのが、全員の潔白が明らかになるまで、とあるファンが大人しくしていてくれるかという点だった。

 もしこちらの調査が終わるまでに予期せぬ不意打ちを食らったら元も子もなく、社内がかなりごたついて、無関係のタレントの業務にも必ず支障が生じる。一刻も早く調査しなければならない。

 事態がさらに急変したのはそんな決意の矢先だった。


「おいおい」


 深刻そうな声が聞こえて食い入るように見ていたノートパソコンから離れると、私がいる部署が異様な空気に包まれていることに気づいた。

 在席していた何人かがスマホを握りこみながら険しい表情をしている。咄嗟に閃くものがあり、例のアカウントにアクセスすると、案の定だった。

 新しいポストが更新されている。更新時間はついさっきだ。

 内容は以下のものだ。


『企業へ所属する有名な女性ブイチューバーへ。これから一週間後、お前の全てをぶちまける。ぶちまけるのは、本名、住所、裏切りの証拠である盗撮画像、盗聴した音声だ』


 私は思わず息を吞む。これまで聞いたことがない類の脅迫に、私の頭の警報がけたたましく鳴っている。

 過去に大勢いた、ネットの中でうそぶいている目立ちたいだけの人間とは何かが違う、私の知見がそう告げていた。


「こんなのどうせ出鱈目だろ」

「だいたいそんな個人情報なんて簡単に手に入るわけないし」


 男女のマネージャーが個人的な感想を述べている。しかし私はそこまで楽観的になれなかった。何故なら芸能界でも度々起こるパパラッチという例があったからだ。

 彼らは一枚の写真をとるためだけに特定の位置に張り込み、何日も雪原のスナイパーのように待つ。その結果が想像だにしないスキャンダルだ。不倫、未成年喫煙、反社会的勢力との繋がり、隠し子、熱愛。

 ならどうしてブイチューバーなら安全だと言い切れるのか。顔を出していないからなんだというのだ、と思う。

 仮にどこかの酔狂なファンやアンチがそんなプロの真似事をしていたら、ここに書かれてることが嘘だとは言い切れないのではないか。

 住所を特定し、盗撮し、盗聴することは物理的に難しいとはとても言えない。

 人知れず危機感を募らせていると、再びエックスが動いた。まだ続きがあったのだ。しかもそれは私の懸念を裏付けるものだった。


『会社の住所は公開されているから、中から出てくる彼女らしい女性を片っ端に調べて本人を特定した。ブイチューバーはみんな特徴的な声をしているし、すぐわかった。そこから興信所に依頼して多くのことを特定した。これで攻撃材料は全て揃ったわけだ』


 理論上、可能だと感じた。たとえば本社やスタジオから出てくる二十代から三十代までの女性に的を絞る。そこから配信で本人たちが語っている特徴を加えてさらに絞っていく。ある程度の目星が立ったら通行人としてどこかで肩にぶつかり話しかける。そこで声の特徴が一致すればそのまま追跡して住所を特定する。そんな手順だ。

 かなり運と根気がいるが、決して不可能なことではない。

 さらにタレントが配信を休んでいるタイミングならば、遭遇する可能性はそこからさらに高まる。

 投稿は一旦そこでまた区切られた。エックスは一般会員のようだ。有料会員なら一万文字以上を書き込めるため、いちいち切る必要がない。ならば捨てアカの可能性が高い。

 ほどなく早いタイピングスピードで次が投稿される。


『さあいまこそファンを裏切り続けてきたアイドルが報いを受ける時だ。一週間後、お前の地位も名声も地に落ちる』


 私は画面に釘付けになりながら、背中に嫌なものがぞわりと這い上がるのを感じていた。

 ほぼ同時に肌が泡立つ。

 これは、本物かも知れない。芸能界に身を置いていたとき、脅しの電話をかけてくる人間なら何人もいた。時として刃が入った手紙が送られてくることもあった。でもそれらの大半は悪戯か、取るに足らない些末なものだった。

 だがこれは違う。何か執念のようなものが視える。

 画面の向こう側に、何かを捨て身で成そうとする怒りが感じられる。

 誰が。

 いったいどこで。

 これだけの怒りを買ったのか。


『ではカウントダウン、スタート』


 それ以降、ポストはぴたりと止まった。それでも根気よく待ってみたが、いいねやリポストが爆発的に増えていくだけで、追記はない。

 未曽有の脅迫劇に周りの同僚たちが歩き出し、社内が俄かに騒がしくなっていた。

 大変なことになったと言っている。

 私もそう思う。

 だがそのときふと気づいてしまった。

 誰も、これが弊社のことではないと否定していないことに。


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 第一章 信号はもう黄色 了

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