第11話
【マネージャー霧ヶ峰律の独白】
――ひとつの歯車に過ぎない私には、自戒を込めて繰り返し考えていることがある。
商売とは、最終的に利益重視へと最適化され、帰着する。
参考事例として、カラーズのメンバーにはそれぞれデビュー日である誕生日があるが、絶対に他のメンバーと被らないようしてある。
誕生日はお祝いの日なので、それ自体がイベントとなり、書き入れ時となる。ライブもやるし記念グッズも出す。それがいくつも定期的にあったら、安定して収入を生み出すことができる、という塩梅だ。
この他にも多くのことが計画的に実施されている。
たとえばお金をネット内で贈る『スーパーチャット』。お金を使えば文章を書き込めて、好きな配信者にプレゼントすることができる機能だ。ファンは名前を憶えてほしいから、想いを伝えたいから、と財布の紐を緩めてくれる。
紐を緩めるのは一時的な感情の高まりだ。好きな気持ち、お祝いしたい気持ち、感動した気持ち、感謝の気持ち。素晴らしいという気持ち。
仮にワールドカップの応援配信をやれば、間違いなく日本が優勝したときはスパチャを大量に投げてもらえることだろう。
配信者が試合に参加しておらず、サッカーの知識が皆無だったととしてもだ。
それだけ感情はお金と人を動かす。ゲーム会社が作った作品を実況してお金を得るのも、これと同じ理屈である。
ゲームの感動を自身の手柄と化して集金をする。
故にいかに視聴者の心を揺ぶるかが肝要で、カラーズのあるメンバーの配信からはその方法の一端が読み解ける。
『今日は特別にぃ、スパチャを全て読み終わるまで寝ない耐久配信をしまーす。どうか早く寝れるように手加減してねぇ』
彼女は同時接続者数が平均五千人。普段なら数が多すぎて全てを読んでもらうことはできない。そこで必ず読むというメリットと特別感を演出する。
さらにそこに『手加減してね』というコントのような煽りを作る。やめろということはやれということなので、ファンはどんどんスパチャを投げる。好きな子を寝かせたくないから何度も投げる。と、以上のことを彼女は計算してやっている。
基本、サンバディノウズではスパチャを読み上げることは義務付けていない。それをやるとタレントの負担が増えて他の業務に支障が出るからだ。そんなことは数千人の文章を心を込めて毎回読めるか、という自問をしてみればわかる。
しかし弊社の利益重視の社風がそんな美味しいビジネスチャンスを見逃すわけもなく、しっかり別の手法をとっている。
その負担の少ない効率的な手法とは、スパチャを投げてくれた人の名前を、次回配信の最後にエンドロールとして流すというものだ。エンディングのクレジットように、と言えばわかるだろう。すると自分の名前が大勢の前で掲示されるという名誉に心が動く、という仕掛けだ。
弊社特有の施策はこれだけに留まらない。スパチャを投げてくれた額を集計して、ファンをランキング化し可視化する。
日間、週間、月間。
上位となったファンにはささやかな限定グッズをプレゼントする。本人からの感謝のコメントもある。するとその限られた栄誉のために大勢の競争心が動く。もらえるものが限定品というのもミソだ。
ユーザーの総数がコンテンツの価値を決め、コンテンツの人気が課金者ユーザーの感情を激しく動かす。
アイドルが大勢を相手に商売をするということは、一人一人に誠心誠意向き合うこととは正反対のサービスである。
自分のことを憶えてほしいファンが増えれば増えるほど、ひとりひとりの顔や存在感が薄まっていく。
誰かの欲求を完全に満たすことは永遠にない。
ブイチューバーとは付き合うことはできないし、何千万円使おうとも、触れることすら叶わない。
この不条理に私がどう折り合いをつけているかといえば、世のため人のためになる、と思ってつけている。
世のためとは、昨今の現実に生きる男性のため、という意味だ。
令和の日本はいまだ長い不況と成長率の低さから抜け出せず、定職もありそれなりの給料もあるが結婚できるほどではない、という男性を大量に作り出している。その大勢の男性たちの孤独を、弊社のアイドルブイチューバーが少しずつ癒やしている。
人のためとは、その男性たちも含まれるが、タレントたちもである。現実ではアイドルや芸能人になれなかった人たちに、ネットアイドルという地位も名誉も収入も生み出すことができる。
そう、誰も損をしていない。
双方がいい思いをしている。
ブイチューバーに使われる金銭面に関しては、私は何とも言わない。
俯瞰すれば、構造自体は確かにおかしい。大手ともなれば、平均年収以下の人間が平均年収の何倍も稼いでいるブイチューバーに対して、「これを恵んであげる」というおかしな状態が散見される。
要は貧乏人が富豪に金銭的援助をしているようなものだ。明らかにおかしいし、アンチはそれを『バーチャルキャバクラ』だと蔑称する。だがそれでも私は何も言わない。
あるホスト界の有名人が、「何百万円も使ったお客が帰りにカップ麺を買って帰ることをどう思いますか」と質問され、「嬉しいですね」と答えた。
この嬉しいとは、生活費を切り詰めてでもそこまで愛してくれていることに対するものだ。であるならば、そのお金の使い方を馬鹿にすることは、人の生き方、価値観を侮辱することに等しい。
個人的に嬉しそうに誰かが買ってきたものにケチをつけることが、大人の品位ある行動だとは思えない。自分で稼いだものを何に使おうが自由だからだ。だいたい自由に好きなものにお金を使いたくて、人々は必死に働いているのではないのか。そこに口を出すことは、やはり論外だ。
そう、何度も自分に強く言い聞かせている。
双方ともが幸せになっているんだからいいじゃないか。
私は、弊社のアイドルブイチューバーを『ナイチンゲール』だと思っている。
ナイチンゲールとは有名な看護師のことだけではなく、鳥の名前も指す。
別名、小夜啼鳥。墓場鳥。私が担当している子の名前の由来となっているものだ。
古代ローマ博物学者によれば、この鳥はそれぞれ異なる調べで力の限りに鳴き、歌声を競い合う。その勝負に負けると死ぬと記述されている。
ただ事実だけを述べれば、夜に綺麗な鳴き声で囀り、しかしその姿が見られることは少なく、ただ鳴き声だけが聞くものに届く。
姿が見つけられないのは、隠れているからではない。その美しい鳴き声とは裏腹に、意外と地味な姿をしているからだ。
カラーズは夜を活動拠点としているので、どうしてもその話を重ねてしまう。
夜に話し、囁き、歌う。
彼女たちは現代における看護師であり介護者だ。
しかしその彼女たちを支えるファンもまた、介護者だ。
その相思相愛の関係で商売が成り立っている。
この世界には夢を叶えたいものと、夢を応援したいものがいる。
それが、私がここで働く理由だ。
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