第28話 呼び戻す声

胸が——ズキン、と鋭く痛んだ。


体育館へ向かう途中だった。

いつもどおり友達と歩いていたのに、

その痛みはまるで“誰かが胸の奥を掴んだ”ように深く響いた。


「っ……!」


思わず足が止まる。


「おい、大丈夫か!? 顔色めっちゃ悪いぞ!」


隣を歩いていた友達が慌てて覗き込む。


「保健室行った方がいいって……先生には伝えておくから!」


友達は当然、

俺が体調不良で保健室に向かうものだと思っている。


でも——

この痛みは体調なんかじゃない。


胸の奥が、瑞葉の名前を叫んでいる。


(……瑞葉……!?)


体が先に答えた。


「……悪い!!」


友達の言葉を遮るように、

俺は突然、全力で駆け出した。


「は!?あきら!?」

「おい!そこ保健室と逆方向だって!!」

「どこ行くんだよ!!」


その声が背中に遠ざかっていく。

向かうのは——保健室じゃない。


瑞葉のいる教室だ。


胸の奥の痛みが何より確かな“道案内”だった。


(頼む……間に合ってくれ……!!)


階段を駆け上がったその瞬間——


——キュウウウウウウッ!!


聞いたことのない警報音が校舎中に鳴り響いた。

机が揺れ、スマホが震え、

あちこちで悲鳴が上がる。


「なに!?」

「地震!?」

「いや、この音……地震速報じゃない……!」


廊下の窓がガタガタと揺れ、

低い唸り声のような振動が足元から伝わってくる。


スマホ画面には赤い警告文字。


【緊急速報:関東広域で“異常振動”を観測】

【大地が周期的にパルス状の揺れを発しています】

【落ち着いて行動してください】


ドン……ッ

ドン……ッ


大地のどこかで巨大な心臓が脈打つような揺れ。


(くそ……!世界がどうなっても……今は瑞葉だ!!)


俺は走り続けた。


——あと少し。

——胸の痛みが強くなる。

——近い。瑞葉が近い。


教室の前にたどり着いたとき、

先生の叫び声が聞こえた。


「瑞葉さん!? しっかりして!!」


胸が跳ね上がるように痛む。


「……瑞葉!!」


勢いよく扉を開ける。


瑞葉は、

席の横でぐったりと座り込み、

目の焦点が合わず、

身体が光と影の境界のように揺らいでいた。


「み、瑞葉……!」


駆け寄って肩に触れようとする——


——すり抜けた。


「……っ、嘘だろ……!」


瑞葉の身体は霧のように薄れている。

教室がざわめき始めた。


「瑞葉さん!?」

「透明に……なってる……?」

「先生、これどういう……!」


でも、俺にはもう

そんな声は聞こえなかった。


「瑞葉!!」


喉が裂けるほど叫んだ。


「聞こえるだろ!! 戻ってこい!!」

「瑞葉!!」

「瑞葉!!」

「瑞葉!!!!」


何度も、何度も。


向こうの世界でどれだけ長い時間が流れていても、

この声が届くまで叫び続ける。


ドン……ッ(大地)

ふる……ッ(瑞葉)


大地の鼓動と、瑞葉の身体の揺らぎが

まるで同じリズムで震えている。


(……届く……届くはずだ……!!)


「瑞葉!!」


その瞬間だった。


瑞葉の輪郭がふっと濃くなり——

光が影を押し返すように、

現実へと戻ってきた。


そして——


俺の胸へ崩れ落ちた。


「っ……瑞葉!!」


落とさないように両腕でしっかり支える。


瑞葉の肩が震えていた。

頬には一筋の涙。


「……大丈夫だ……もう大丈夫だ……」


胸の奥の痛みがようやく静かになった。


「……おかえり、瑞葉」


その言葉は震えていたけれど、

瑞葉にはきっと届いたと思った。

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