第20話 胸の奥で揺れた光


ひび割れた世界の中で、

瑞葉は胸を押さえて、立っているのがやっとだった。


光の粒が足元で揺れ、

影の少女の影は揺れるたびに大きくなったり小さくなったりする。


「みずは……?

どうしたの……?」


影の少女の声が震える。


瑞葉は息を整えようとするけれど、

胸がじんじんと痛んで、呼吸がうまくできない。


(……胸の奥が……熱い……)


光が瑞葉の胸元にふわりと触れた瞬間——

脳裏に、

“断片” が走る。


——瑞葉。


呼ばれた気がした。


瑞葉は息をのむ。


(この声……)


次の瞬間、別の光が胸の奥を震わせる。


——気づいて、瑞葉。

  あなたは……


優しい声。

あたたかくて、深くて、

まるで抱きしめられたような感覚。


瑞葉の膝が震え、座り込む。


「……だれ……?」


言葉に出たのは、それだけだった。


影の少女の表情が強張る。


「……ねぇ……みずは……

誰の声、聞いてるの……?」


瑞葉は答えられなかった。

答えようとすると、胸がさらに痛んだ。


光の粒が瑞葉の指先へ向かって寄り添うように漂う。


その瞬間、

まぶたの裏に“映像のようなもの”が浮かぶ。


暗い水。

冷たい海。

沈んでいく自分。


その奥で——

手を伸ばす美しい女性の姿。


(……だれ……?

知らない人……のはずなのに……

どうして……こんな……)


瑞葉のまつ毛が震える。

涙がこぼれそうになる。


影の少女の影が震えた。


「みずは……!

どうして泣きそうなの……?

私がいるのに……

どうして……あの“光”の声で涙が出るの……」


少女の声は焦りと絶望が混ざっていた。


瑞葉は胸を抱えたまま、

震える声でつぶやく。


「……わからない……

でも……

あの声、聞くと……苦しいのに……

すごく、温かいの……

消えちゃったら……いやだって……思うの……」


影の少女は、

まるで心臓をつかまれたように息を呑んだ。


光の粒が、瑞葉の頬にそっと触れる。


「っ……」


その瞬間、瑞葉の脳裏に

さらに大きな断片が走った。


——みずは。

  だいじょうぶ。

  わたしが……まもる……


柔らかい声。

優しい、風のような声。


(……この声……

わたし……知ってる……?)


瑞葉は思わず呟いた。


「……“誰か”が……

わたしを守ろうとしてた……

そんな気が……する……」


影の少女はその言葉に、

まるで世界が砕けたように目を見開いた。


「……守る?

誰が……?

私以外に……誰が……?」


瑞葉の胸が強く脈打つ。


光が瑞葉を包みはじめる。

優しく、揺らぐように。


影の少女は震える声で叫んだ。


「やめて!!

みずはを奪わないで!!」


世界が揺れ、

光と影がぶつかり合い、

波紋のように空間が歪む。


瑞葉は胸に手を当てたまま、

涙を滲ませて呟いた。


「……でも……

あの声を……忘れたくない……」


その言葉に、

影の少女の影が大きくひび割れた。


世界は、

完全に崩壊寸前へと傾いていた。

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