第19話 ひび割れる水底
世界が、音もなく揺れていた。
水底のように静かだったはずの場所に、
細いひびが走る。
影の少女は、震える声で呟いた。
「どうして……
どうして、私じゃだめなの……?」
瑞葉は胸を押さえながら、
痛みに耐えるように息をつく。
「だめってわけじゃ……ない……
けど……胸が、勝手に……」
影の少女は首を横に振る。
「胸が痛むのは……
私が呼んでいたからでしょ?
ずっと……ずっと呼んでたんだよ……?」
瑞葉は目を伏せた。
声の主が誰なのかは思い出せない。
でも、影の少女の声とは違うと分かる。
(……あの声は……
もっと……温かくて……苦しそうで……)
影の少女の瞳にかすかな影が差した。
「ねぇ、みずは。
わたしの声じゃない“誰か”が
あなたを呼んでるの……?」
世界が、さらに大きく揺れた。
水面のような地面が波打ち、
遠くでガラスが軋むような音が響く。
「……こわいよ……」
瑞葉は思わず後ずさった。
その瞬間、
影の少女の影が長く伸びた。
「こわがらないで……!
離れないで……!!」
少女の声は必死で、切なかった。
だが、その後ろで——
誰にも見えない“光の粒”がふわりと揺れた。
(……え……?)
瑞葉は振り向く。
そこには何もいないはずなのに、
胸の奥だけが優しく照らされるような感覚が広がった。
影の少女はそれに気づき、
小さく息を呑んだ。
「……その光……やめて……」
瑞葉は戸惑う。
「光……?
どこにも……」
影の少女は震える声で言う。
「みずはを……
また遠くへ連れていく光……
そんなの……いらない……」
その瞬間、遠くから声が響いた。
——みずは!
——みずは……帰ってきて……!
瑞葉の胸が大きく跳ねる。
涙が出そうなほど懐かしい声。
でも、思い出せない。
影の少女の顔が苦痛に歪んだ。
「……やめて……
その声……聞かないで……!」
世界に深い亀裂が走る。
光の粒がそこから溢れ、瑞葉の足に触れた。
その瞬間——
(あ……あたたかい……)
なつかしさとも、
愛しさとも、
言葉にならない感情が胸に満ちる。
影の少女は震える手で瑞葉に縋りつこうとする。
「みずは……
お願い……
私だけを見て……
もう……失いたくない……!」
世界は傾き、
光と影がぶつかり合い、
波紋のように弾けた。
瑞葉は胸を押さえて
かすれた声を漏らす。
「……どうして……
こんなに苦しいの……?」
答えは返ってこない。
ただ、光が優しく触れ、
影が必死に縋りつき、
世界が壊れ始めていた。
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