第1話 日常が崩れ去る瞬間
それは夏の暑い日、太陽が燦々と輝く真昼間のことだった。
大都会東京の中心部、丸の内の高層ビルが連なる街並みの。そこに突如として中世ヨーロッパの騎士を彷彿とさせる集団が何千、何万と現れ、空には数十頭ものドラゴンが舞う。その光景は東京に住まう者たちにとってはあまりにも非日常過ぎるものだった。
そうして現れた集団は、一方的に丸の内にいた人々を襲い始めた。平和な日常を謳歌していた人々に抗う術はなく、アスファルトの道路は赤く染まり、ビルの窓ガラスは粉々に砕け散っていく。ドラゴンは口から炎を吐いて道路を塗り潰す様に焼き焦がし、鋭い鉤爪や強靭な顎で人々を引き裂く。
この『敵襲』に対し、政府や公的機関の対応は後手を強いられた。そもそも九州と沖縄が国家間対立の舞台となり、東シナ海での一触即発に神経を尖らせていた頃に、刀剣と甲冑といえど完全武装した数万人の集団が東京の中心部に突然現れたのである。警視庁や陸上自衛隊は今出来ること全てを行ったものの、それでも市民数万人を西へ逃し、生き延びさせるのが限界であった。
日が暮れる頃には、丸の内を中心とした地区から民間人はほぼ姿を消していた。数十万人もの市民が赤坂以西へ逃れ、敵軍の侵攻も銀座を抜けて品川方面へ南下していったその日の夜、政府は敵軍の根城にされてしまった首相官邸から遥か西へと身を移した。
突如として東京のど真ん中に現れた侵略者は、次の一手を打った。東京都の二三区外や神奈川県、千葉県に埼玉県といった地域に突如として洞窟が出現し、そこから大量の怪異が現れ始めたのである。
急激な治安の悪化と、警察にとって想定の外にある脅威の出現は、政府に大きな動揺をもたらした。国会はすでに敵軍の手に落ち、この国を導く者と自負していた議員たちは存在意義を奪われ、市民には悲痛の空気が満ちていた。
そしてさらに二日経ったところで、愛知県名古屋市に拠点を移した政府は防衛出動の発令を決定。東部方面隊の全戦力と静岡県に拠点を置く富士教導団、そして自衛隊員の訓練育成を主とする東部方面混成団に陸上総隊直轄部隊をかき集め、都心の占領と拠点構築を進める敵軍への反撃に移り始めたのだった。
・・・
そして現在。三上ら普通科隊員たちは自動小銃を手に敵軍陣地の一つに迫り、攻撃を開始しようとしていた。
「重迫、攻撃開始します!」
別の隊員がそう報告を上げた直後、後方で幾つもの爆発音が響き、三上たちの真上を黒く小さな物体が飛んでいく。
それは、24式自走迫撃砲から放たれた砲弾だった。山なりの弾道を描きながら飛翔したそれらは、二千メートルは先に柵や瓦礫を積み上げて築かれた陣地へ降り注ぎ、そして空中で爆発。柵や瓦礫を吹き飛ばす。
「総員、付け剣!分隊、前へ!」
分隊長は命じ、三上は腰のポーチから89式多目的銃剣を取り出し、20式小銃の銃口下部へ装着。自分たちが乗っていた装甲車を挟む様に進み始める。
と、爆煙が漂う陣地から弓矢や火の玉が飛んで来て、装甲車はその方向へ砲塔を指向。そして砲撃を開始した。
その装甲車は、本来なら実戦で用いる筈のない試作車両であった。全長八メートル近い巨体に三五トンという大重量をした装甲車は、敵軍の攻撃を真正面から弾きながら進み、三〇ミリ機関砲の毎分二〇〇発もの連撃で敵兵を文字通り吹き飛ばす。
「撃て!」
分隊長が命じ、三上は引き金を引く。装甲車の攻撃で態勢を崩された敵軍は盾を構え、或いは自身を覆う鎧に託すも、五・五六ミリ銃弾の貫通力はそれら防具の使命を無に帰した。そうでなくても先の迫撃砲の爆破は彼らの装備に一定の損傷を与えており、小銃の銃撃は敵の損害をより拡大させていくものとなっていた。
多くの兵士が鎧の穴から鮮血を撒き散らしながら倒れる中、別の兵士たちが槍を前に構えながら走り出す。そうして距離を詰めて突こうとしたその時、三上たちの後方で腹這いになり、銃身下部に二脚を付けて構えた隊員が引き金を引く。その隊員の持つミニミ軽機関銃は、20式小銃よりも多くの銃弾を
そうして敵軍が押され始めたそのタイミングで、分隊長はホイッスルを鳴らす。それは20式小銃とその銃口下部に取り付けられた装備を活かす機会の合図だった。
「分隊、前!」
一同は駆け出し、瓦礫を乗り越えて敵軍へ突っ込む。三上は盾を構えて槍を突き出そうとする敵兵に対し、銃撃で盾を撃ち抜いてからよろめかせ、それから肉薄。体当たりで転倒させた上で喉元へ銃口を突き下ろした。
肉の潰れる音から銃剣を引き抜き、その隙を狙って襲いかかってきた敵兵を別の隊員が撃ち倒す。相手はすでに多くの民間人を一方的に殺し、踏み躙ってきた侵略者であり、今この瞬間も最期の瞬間まで殺意を放ちながら戦いを挑んできているのだ。躊躇だとか手加減をするなんていう事は三上たちの発想には存在していなかった。
そうして敵兵を数十人倒し、道端に転がる死体を脇へ片付け、銃火や手榴弾で反撃を封じたところで、装甲車は前へ進んでいく。砲撃やそれで生じた瓦礫によって道路は歪に崩れており、装甲車は履帯によってそれを踏み締めていく。
そして装甲車が道路の十字路手前まで進んできたところで、装甲車は道の片側へ寄せる様にして止まる。その後続として来ていた16式機動戦闘車が隣に来ると、十字路に面したビルへ隊員たちが入っていき、二階以上の窓から周囲を確認する。
『十字路左右に敵部隊を視認、うち右側はより脅威度が高いと目される。送れ』
『了解。これより火力支援を開始する』
やり取りを交わし、16式機動戦闘車は砲身を右側に向けながら進み、敵の姿を捉えた瞬間に発砲。巨大な棍棒を振り回しながら突撃してきたトロールに向けて105ミリ徹甲弾を叩き込んだ。
左側に対しても、装甲車が前に出て対応し、本来ならば無人航空機を撃墜するために装備された三〇ミリ機関砲で以て数十人の敵兵を砕いていく。その中には反撃のために配備されていた騎兵もいたが、騎馬もろとも三〇ミリ機関砲の砲撃で爆散し、血肉を道路へ撒き散らしていった。
平時なら何万もの市民の笑顔で溢れていただろう街並みが、千年以上前のヨーロッパからやって来た様な敵によって蹂躙され、テレビニュースでよく見る中東やウクライナ東部の如き戦いが繰り広げられていく光景に、三上は改めてこれまでの日常が崩れ去ってしまった事を理解させられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます