第11話 姫君を守れるのは俺だけだ!【SIDEジーン】
そんな平和な日々が崩壊したのは、あっという間だった。
女神ヴィーナの恩恵で豊かなこの国を妬み、以前から貧しい周辺国とは小競り合いが絶えなかったが、ある日、男神モーリスを崇める国が自分たちの国も豊かにして欲しいと願ったところ、その神から一つの神託を受けたと言い出したのだ。
曰く『ひとつの世界にひとつの神しかその力を使うことはできない。女神ヴィーナの力を体現する聖女がいる限り、相反する我、男神モーリスはお前たちの国を豊かにやれない』と。
そこから神殿にはたくさんの暗殺者が送られるようになった。
何とか近衛兵たちが退け、聖女様の命を守り続けていたが、その年、未曾有の異常気象が周辺国を襲った。
女神の恩恵を受けるこの国は無事だったが、その他の国では作物は枯れ、井戸は底をついたと思えば、嵐が家屋を倒し、河川の氾濫が田畑を押し流した。大量の餓死者を出し、人々は暴徒と化し、当たり前のように安寧を甘受するこの国に、その恨みをぶつけてきた。
そこに便乗したのが、モーリス神信徒の神兵だ。
『この災禍は聖女がいるせいだ!』と気勢を上げ暴徒と共に、聖女を抹殺しようと進軍してきたのだ。
王都はあっという間に火の海となり、王宮は陥落、神殿にも襲い掛かってきた。
「ジーン。貴方はこの子を連れて逃げなさい」
聖女様はおくるみに包まれたアレクサンドラ様を俺に渡してきた。
「貴方の身体ならこの空気口から逃げられる」
壁にある空気口は30㎝四方ほどで、女性でも大人には難しそうだ。
神職者たちが空気口に取り付けられていた金網を外し、俺をその前に導く。
俺に優しくしてくれた人、意地悪してきた人、蹴ってきた人、みんな俺の身体に触れ、『必ずや姫様をお守りしてちょうだい』『必ず逃げ切るのです』『頼みましたよ』と涙を流し、祈り始める。
余りにも目まぐるしい状況の変化に思考がついていかず、現実味がない。
だが、自覚はしていた。
ここでアレクサンドラ様を救えるのは俺だけで、そのために勉学に励み、過酷な訓練を受けてきたのだと。
「捕まりそうになったらこの【ゲート】のブレスレットを使いなさい。……古代の遺物だからきちんと動くか分かりませんが、ここの赤い石を押すと異世界に行けるはずです」
聖女様は俺の腕を取り、金のブレスレットをはめた。古代の…と言われたように彫刻が彫られた古びたブレスレットで、中央に直系1cmほどの赤い石がはめられていた。
「図書室の古書を読み切った貴方なら、これの使い方を知っているわよね?」
「はい」
古い歴史書に載っていたけれど、異世界に行ける魔道具が、本当に実在しているとは思わなかった。
「目標となる『目印』がないから、どこの異世界に飛んでしまうか分かりません。かつては沢山の石がはめられていたそうだけれど、今はこのひとつしかないので、飛べるのは一回だけです」
ブレスレットを見ると確かにそれらしいくぼみはたくさんあるが、石は赤いものしか残っていなかった。
「最後にこの【ゲート】が使われたのは120年以上前の話し、正常に動くかどうか――異世界ではなく時空のはざまに取り残されるかもしれません……だからどうしても逃げられない時にだけ使うようにしなさい」
「はい」
「おそらく私は殺されます。そうなれば聖女の力はアレクサンドラに継承されます。異世界まで追手は行けないと思いますが、聖女の力の源、聖痕がその身にあれば居場所は探知されてしまいます……彼らは聖女がいるかぎり、モーリス神の恩恵を受けられないから、諦めずに追いかけてくるかもしれません」
そして、聖女様から鞘に入った小型ナイフが渡された。
「……その時はこれを使いなさい」
それもブレスレット同様古びたもので、これも古代の遺物だと思われた。
「【聖女殺しの剣】です。これを使えば聖女はいなくなる……そうすればモーリス神の信徒たちは行方を探知できなくなるはずです」
あぁ、これも本で見たことがある。たしか……
その時、ドーンドーンと扉を破壊する大きな音が響き渡り、きゃあきゃあと祈祷場から悲鳴が上がる。
「さぁ、もう行きなさい!」
聖女と数人の聖職者に押されて、俺と姫様は空気口に押し込められる。
最後に聖女様はアレクサンドラ様の頬をなで、涙を流した。
「私の娘、アレクサンドラ……愛しているわ。どうか幸せになってね」
俺は姫君をしっかりと抱きしめ後ろを見たまま、真っ暗な空気口をすべり降りた。
涙を流しながら微笑む聖女様のその目に焼き付けるように…そして、空気口が曲がり角に差し掛かり見えなくなって前を向いた途端、その狭い空間に反響して剣戟の音と断末魔の悲鳴が聞こえ始めた。
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