第33話:剛鉄の王と、銀の執事

「いいか、喧嘩は売るなよ? 売られたら……まあ、適当にあしらえ」


村の入り口で、タケル様が見送りの言葉を口にする。

俺、ドワーフのガルドは、背筋を伸ばして頷いた。


「おうよ! 任せとけ主(あるじ)! 必ず王を説得してくる!」


今回の任務は、北の山脈にある俺の故郷**『剛鉄の国 ゼノ・ボルカ』**へ行き、王に帝国の非道を訴え、この村との同盟を結ぶことだ。

手土産は、タケル様が作った最高級の「ビール」と、ゴブリン娘たちが打った「ミスリルの包丁」。

これさえあれば、頑固なドワーフ王もイチコロだ。


「頼んだぞ、ドレ、ソラ」

「御意。主様の名代として、恥じぬ振る舞いを約束します」

「行ってきまーす!」


護衛につくのは、シルヴィ様の子供たちだ。

長男の**ドレ**。銀髪をオールバックにした、執事のような冷静沈着な男。

五男の**ソラ**。短髪で身軽な、斥候向きのやんちゃな少年。

二人とも、先日の進化で人間と見紛うほどの美男子になっているが、その背中には鋭利な蜘蛛脚が隠されている。


俺たちはクロウの部下である**ブラックウルフ隊(5匹)**の背に跨り、風のように森を駆け抜けた。


   ◇   ◇   ◇


数時間後。森を抜け、険しい山岳地帯の入り口に差し掛かった時だ。


「止まれェ!!」


街道を封鎖するバリケード。

帝国の旗を掲げた検問所だ。黒い鎧を着た兵士たちが、槍を構えて立ちはだかる。


「貴様ら! 見ない顔だな。通行許可証を見せろ!」

「……チッ」


俺は舌打ちした。

俺たちドワーフは、帝国から「逃げ出した奴隷」扱いだ。見つかればタダでは済まない。


「おい、そこの小男……手配書にある逃亡ドワーフに似ているな?」


兵士長らしき男が、俺の顔を覗き込み、ニタリと笑った。


「捕らえろ! 他の連中も怪しい! 連行して尋問だ!」

「はぁ……。主様が『喧嘩は売るな』と仰ったそばからこれですか」


ため息をついたのは、ドレだ。

彼は狼から優雅に降り立つと、胸に手を当てて一礼した。


「お引取りください。我々は急いでおります」

「あァ!? 色男が調子に乗るなよ!」


兵士たちが剣を抜き、ドレに殺到する。

俺が斧を構えようとした瞬間――勝負は終わっていた。


**ヒュンッ!!**


銀色の閃光が走ったかと思うと、兵士たちの剣が、一斉に手から弾き飛ばされていた。


「な、なに!?」

「まだ分かりませんか?」


ドレの指先から、月光のように細い**「銀糸」**が伸びている。

彼は指を指揮者のように動かしただけで、兵士たちの武器を絡め取り、無力化したのだ。


「うわっ! なんだこの糸!?」

「か、体が動かねぇ!!」


さらに、上空からソラが降ってくる。


「はい、お休みー!」


ソラは空中に張った糸を足場にして跳躍し、兵士たちの後頭部をトン、トン、と軽く蹴り抜いた。

それだけで、重装備の騎士たちが白目を剥いて気絶していく。


「……手加減するのも一苦労ですね」

「えー、殺しちゃダメなの? つまんないの」


ドレが服の埃を払い、ソラが頬を膨らませる。

圧倒的だった。帝国の正規兵が、子供扱いだ。

俺は呆気にとられながらも、タケル様の眷属の恐ろしさを再認識した。


「……行くぞ。邪魔者は消えた」


   ◇   ◇   ◇


検問を突破し、山の中腹にある巨大な洞窟――ドワーフの王国へ到着した。

俺の帰還に、顔馴染みの門番たちが驚き、すぐに王への謁見が許された。


「……ガルドよ。帝国に連れ去られたと聞いていたが、よく無事に戻った」


玉座に座るのは、鋼のような筋肉と立派な髭を持つ**『剛鉄王』**だ。

俺は跪き、帝国での屈辱的な扱いと、タケル様による救出劇をありのままに報告した。


「奴ら、我らを鎖で繋ぎ、道具として扱いました! ドワーフの誇りを踏みにじった帝国を、俺は許せねぇ!」

「むぅ……。帝国め、そこまで腐っていたか」


王が怒りに髭を震わせる。だが、一国の主として慎重な姿勢も崩さない。


「だが、その救い主……タケルと言ったか? 人間なのだろう? 信用に足るのか?」

「言葉より、これを見てくだせぇ」


俺は懐から、手土産を取り出した。

ゴブリン娘たちが打ち、タケル様が仕上げた**「ミスリルの包丁」**だ。


「ほう……ミスリルか。どれ」


王が包丁を手に取り、光にかざす。

その瞬間、王の目がカッと見開かれた。


「な……!? なんだこの純度は!!」


王が玉座から立ち上がる。


「不純物が……ゼロだと!? 鍛造の跡すらない。まるで、金属そのものが意思を持って形を変えたような……! これを、人間が作ったというのか!?」

「へへっ、驚くのはまだ早いですぜ」


俺はニヤリと笑い、もう一つの切り札――**「ビールの樽」**を開けた。

シュワァ……という音と共に、黄金色の香りが広がる。


「こ、この香りは……麦か!?」

「タケル様の村で作った『特製ラガー』です。どうぞ」


王はジョッキを受け取ると、豪快に煽った。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁッ!!!」


王の絶叫が、謁見の間に響き渡った。


「う、うめぇぇぇぇ!! なんだこの喉越しは! 苦味とコクのバランスが神懸かっておる!!」

「陛下、飲みすぎです!」


側近たちが止めるのも聞かず、王はおかわりを要求した。

完全に落ちた。


「……認めよう。そのタケルという男、ただ者ではない」


王は満足げに口元を拭い、ドレとソラを見据えた。


「それに、その護衛たち。……タダモノではない魔力を感じる。彼らがその男の配下だというなら、その武力も本物だろう」


ドレが恭しく一礼する。


「我が主は、種族を問わず受け入れる度量をお持ちです。ドワーフの皆様にも、最高の酒と炉を約束するとのこと」

「くっくっく……。面白い! 気に入った!」


剛鉄王は高らかに宣言した。


「ヴァルゴア帝国との国交は、今日をもって断絶する! 我らドワーフは、新たな盟友『紫煙の村』と手を組むぞ!!」


謁見の間が歓声に包まれる。

こうして、俺たちの村は強力な後ろ盾を手に入れた。

帝国の足元から、ドワーフという土台が引っこ抜かれた瞬間だった。


(第33話 完)

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