第32話:鉄と麦のラプソディ
聖教国の異端審問官たちを「信者」に変えて追い返してから、数日が過ぎた。
村の人口も増え、多種族が入り乱れる中、新たな不満――いや、情熱が爆発しようとしていた。
「主(あるじ)! 我慢ならねぇ!」
ドワーフの親方、**ガルド**が俺の元へ怒鳴り込んできた。
彼は以前、帝国に鎖で繋がれていた職人たちのリーダーだ。
「飯も環境も最高だ。あんたのタバコも気に入った。だがな……俺たちゃ職人だ! 『炉』がねぇと手が震えちまうんだよ!」
「あー、そういやまだ設備がなかったな」
俺は頷いた。
彼らの技術は一級品だ。遊ばせておくのはもったいない。
「よし、作るか。世界最高の工房を」
◇ ◇ ◇
作業は早かった。
ヴァイスが引いた完璧な設計図をもとに、重機戦隊ドーザーズが整地を行い、シルヴィが石材を切り出す。
そして俺が紫煙で接着・強化を行う。
わずか半日で、村の一角に巨大な石造りの建物――**「王立(予定)工房」**が完成した。
内部には、ドワーフたちが喉から手が出るほど欲しがっていた**「高火力魔導炉」**と、ミスリル加工専用のラインが完備されている。
「う、うぉぉぉ……! こんな炉、帝国の宮廷工房にもねぇぞ……!」
ガルドたちが男泣きしながら炉を撫で回している。
よしよし、これでバリバリ働いてくれ。
「さて、炉ができたら次は……」
「「「祝い酒だ!!」」」
ドワーフたちが一斉に叫んだ。
やっぱりそうなるか。
「だが、材料がねぇな。森の果実酒じゃ物足りないか?」
「果物もいいが、やっぱり俺たちは『麦』の酒が飲みてぇんだ!」
ビールか。俺も飲みたいが、麦なんて……。
「あの、タケル様」
控えめに手を挙げたのは、先日保護したオーレリア王国の元兵士たちだ。
「実は、我々の中に元農民がいまして……非常食として、国から持ち出した『麦の種』を隠し持っていたんです」
「マジか! でかした!」
彼らが差し出した袋には、大粒の麦の種が入っていた。
農業大国オーレリアの品種だ。品質は間違いない。
「よし、畑だ! 今すぐ植えるぞ!」
俺たちは畑へ直行した。
ヴァイスが設計した「最強の畑」に種を撒き、俺がタバコを吹かす。
**《煙霧変調》――『超・活性』**
紫煙が土に染み込むと、信じられない速度で芽が出て、茎が伸び、あっという間に黄金色の穂が実った。
時短にも程があるが、腹が減っているのだから仕方がない。
「収穫だー!!」
ゴブリンと元兵士たちが一斉に刈り取る。
山のような麦の山ができた。
「ガルド! 酒造りは任せたぞ!」
「おうよ! 任せな! 最高のエールを造ってやる!」
ドワーフたちが麦を持って醸造所へ走る。
だが、俺の狙いは酒だけじゃない。
「おい、女衆! 残りの麦を粉にしろ! 石臼はドワーフに作らせたやつがある!」
「はーい!」
美形ゴブリン娘たちが、怪力で石臼を回し、大量の小麦粉を作っていく。
俺はその間に、工房の余ったレンガで**「石窯」**を組み上げた。
「よし……久しぶりに食うか」
俺は粉を練り、発酵(煙で時短)、成形。
熱々の石窯に放り込む。
さらに、薄く伸ばした生地を細長く切り、茹で上げる。
数分後。
広場には、暴力的なまでに香ばしい匂いが漂っていた。
「で、できたぞ……!」
焼き上がったのは、外はカリカリ、中はふっくらの**「焼きたてパン」**。
そして、茹でたての麺に、ワイバーンの肉で作ったミートソースをかけた**「特製パスタ」**だ。
「なんだこれは!? 良い匂いだ!」
「パン……? 私たちの知っている堅いパンとは別物に見えます……」
クラウディアがゴクリと喉を鳴らす。
この世界のパンは保存食で、石のように硬いのが常識らしい。
「食ってみろ。飛ぶぞ」
俺がちぎって渡すと、クラウディアは恐る恐る口にした。
「あ……む……」
サクッ。フワッ。
「!!??」
クラウディアが目を見開いて硬直した。
「や、柔らかい!? なんですかこれ!? 雲を食べているようです! しかも甘みがあって……!」
「こっちの麺も美味いぞ!」
元兵士たちがパスタを啜り、涙を流している。
「故郷の麦が……こんな美味い料理になるなんて……!」
そこへ、樽を抱えたガルドたちが戻ってきた。
「できたぞ主! 煙で熟成させた、特製ラガーだ!」
黄金色に輝く液体がジョッキに注がれる。
焼きたてのパン、濃厚なパスタ、そして冷えたビール。
炭水化物とアルコールの最強コンボだ。
「「「かんぱーい!!」」」
宴が始まった。
ドワーフたちはパンをかじり、ビールで流し込み、絶叫している。
「ぐおおお! 生きててよかったぁぁ!」
「帝国の飯なんてゴミだった! ここが天国か!」
俺もパンにワイバーンの肉を挟んだ「竜バーガー」をかじりながら、満足げに一服した。
衣食住、全てが整ってきた。
「……なあ主よ」
顔を真っ赤にしたガルドが、真剣な顔で俺に向き直った。
「この酒と、このパン……。そしてこの最高の環境。俺たちの王にも伝えてぇ」
「王様に?」
「ああ。俺たちが帝国で酷い扱いを受けていたこと、そしてあんたに救われたこと。……この酒とミスリルの包丁を手土産に持っていけば、王は必ずあんたの味方になるはずだ」
なるほど。外交か。
北の帝国は敵対関係にある。その足元にある「ドワーフ王国」を味方につければ、帝国を牽制できる。
「いい考えだ。行ってこいガルド」
「おう! 俺と、あと護衛をつけてくれれば……」
「ああ。ドレ(長男)とソラ(五男)、それとクロウの部下の狼たちを貸してやる。……喧嘩は売るなよ? 売られたら買ってもいいが」
こうして、タケルの村とドワーフ王国を繋ぐ使節団の派遣が決まった。
美味い飯と酒は、国境さえも越える武器になるのだ。
(第32話 完)
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