第20話:美形村人と、生きた重機(ブルドーザー)
「……おいおい、なんだこれ」
俺は朝起きて、洞窟の外に広がる光景に絶句していた。 昨晩は、保護したゴブリンたちと拠点の広場で盛大な宴会を開いたのだが……。 そこにいたのは、昨日までいた薄汚れた小柄なゴブリンたちではない。
彫刻のように引き締まった肉体を持つ、身長2メートル近い緑肌の戦士たち。 そして、モデル顔負けのプロポーションを持つ美女たち。 肌は宝石のような光沢を放ち、髪もサラサラだ。
「おはようございます、我が主(あるじ)。昨晩の宴、最高でしたぞ」
ダンディな低音ボイスで話しかけてきたのは、白髪のオールバックが似合うナイスミドルな将軍風の男。 ……誰だお前。
「……もしかして、ゴブ郎か?」 「ハッ! ゴブ郎であります! 今は種族名『ジェネラル』へと至りました!」
嘘だろ。あのヨボヨボの爺ちゃんが、ハリウッド俳優みたいになってる。 俺は若干の疎外感(なんで俺だけおっさんのままなんだ)を感じながら、隣にいたシルヴィ(巨大蜘蛛)に視線を送った。
「どういうことだ、これ」 『主様が名付けをし、高ランクの肉を与え、さらに一晩中『煙の恩寵』を浴びせた結果ですわ。彼らの遺伝子情報が書き換えられ、最上位種である『ホブゴブリン』および『ジェネラル』に進化したのです』
シルヴィが涼しい顔で解説する。 どうやら俺のタバコの煙は、美容液の効果もあるらしい。
「まあいい。とりあえず、今後の方針を話すぞ」
俺は気を取り直し、全員を集めた。
「お前らがデカくなりすぎて、もうこの洞窟前の広場じゃ手狭だ。予定通り、洞窟の東側の平地を開拓して、そこにお前らの村を作れ」
俺とシルヴィ、クラウディア、そしてクロウはこの洞窟に残る。 ゴブリン部隊(50名)は、すぐ隣の新村へ移住だ。
「だが、道具がないな……」
開拓には斧やノコギリがいる。 俺はアイテムボックスを探り、以前この洞窟をリフォームした時に掘り出して、邪魔だから隅っこに固めておいた**「ミスリルの塊(残土)」**を取り出した。
「これを使うか。硬いから普通の鍛治じゃ加工できないけど……」
俺はミスリルの山に向かって、深く吸い込んだタバコの煙を吹きかけた。
「ふぅー……」
紫煙が銀色の塊を包み込むと、カチンコチンだったミスリルが、まるでつきたてのお餅のようにドロドロに柔らかくなった。
「よし、これならいけるな」
俺は近くにいた、美形化したゴブリンの娘たち15人に声をかけた。
「悪いけど、みんな手伝ってくれるかな? この柔らかくなった金属をこねて、道具の形にしてほしいんだ」
俺の言葉に、彼女たちはキラキラした目で集まってきた。
「はーい! 主様、なぁに?」 「わぁ、銀色で綺麗……!」
「あ、熱くないから大丈夫だよ。粘土細工を作る要領で、斧とかノコギリとか、あと釘の形にしてくれればいいから」
俺が見本として、適当にひとつ引きちぎってクギの形を作って見せると、彼女たちは「面白そう!」と歓声を上げて作業に取り掛かった。
「私、ハンマー作るね!」 「じゃあ私はノコギリのギザギザ作るー!」
彼女たちはキャッキャと笑いながら、伝説の金属ミスリルを素手でちぎっては、コネコネと形を作り始めた。
俺は一服しながらその様子を眺めていたが……意外なことに気づいた。
「(……へぇ。あの子たち、やけに手先が器用だな)」
ただ遊んでいるように見えて、彼女たちが作る「斧の刃」や「ノコギリの歯」は、驚くほど精巧だった。 指先でミスリルを摘み、迷いない手つきで薄く伸ばし、鋭利な形状を整えていく。 進化したことでステータスが上がっているのか、それとも元々「モノづくり」の才能(スキル)があるのか。 これは将来、村の生産職として大成するかもしれない。
俺は期待を寄せつつ、そばでハラハラしているクラウディアに声をかけた。
「クラウディア、悪いんだけど彼女たちの監督をお願いできるかな」 「は、はい。しかし主様、このままでは柔らかすぎて使えませんが……」
クラウディアが、ぐにゃぐにゃのミスリルを見て困惑する。
「ああ、そうなんだ。今は粘土みたいだけど、最後に俺がもう一度『仕上げの煙』を吹きかけないと、カッチカチのミスリルに戻らないんだよ」
俺はジェスチャーを交えて段取りを説明した。
「だからさ、彼女たちが金属部分を作り終えたら、森で適当な木を拾ってきて『持ち手』を作ってほしいんだ。で、金属と組み合わせて、あとは俺が煙をかければ完成って状態にしといてくれないかな?」
つまり、仮組みまで済ませておいてくれ、というオーダーだ。
「なるほど、『聖なる焼き入れ』の儀式が必要なのですね。承知いたしました!」 「うん、まあそんな感じ。あ、あとついでに東の開拓予定地の下見も頼んでいい? 作業しやすそうな場所を探しといて」
「御意! このクラウディア、完璧に整えてみせます!」
クラウディアは騎士の敬礼をビシッと決めると、ゴブリン娘たちに向き直った。
「総員、聞け! 主様より重要な任務だ! 最高級の素材に相応しい、頑丈な柄(え)となる木を探すぞ!」 「「はーい!」」
クラウディアと女子チームは、楽しそうに森へ、そして東の方角へと移動していった。
「よし、これで道具と現場の準備はOKだ」
俺は伸びをして、残った問題に向き直る。 あとは抜根のための重機だ。
「木を切っても、根っこを抜くのが面倒だなぁ」
俺がぼやくと、シルヴィが静かに進言した。 『主様。それなら、昨日遭遇した『鋼鉄甲虫(アイアンビートル)』が適任かと。あの種族は土木作業に特化したアゴと脚力を持っています』
「なるほど。生きたブルドーザーってわけか。採用」
俺は立ち上がり、残っている男衆35人の方を向いた。
「よし、男連中はチビたち(ドレ~シド)と一緒に森で食料調達に行ってきてくれ! 今夜も宴会やるから、たくさん肉を狩ってきてなー」 「「オオオオ!! 肉ゥゥゥ!!」」
男たちが雄叫びを上げて森へ散っていくのを見送り、俺はタバコの火を消して携帯灰皿にしまった。
「じゃあ、俺たちはカブトムシ狩りに行こうか。行くぞシルヴィ、シド」 『御意』 「シャァッ!」
俺とアージェントスパイダーのシルヴィ(母)、そしてシド(息子)の3人は、昨日のリベンジと重機確保のため、再び森の奥へと向かった。
◇ ◇ ◇
俺たちは、昨日鋼鉄甲虫と遭遇したエリア付近までやってきた。 この辺りは、俺が何人もで腕を回さないと届かないような、見たこともない巨木が立ち並ぶ原生林だ。辺りには、むせ返るような甘ったるい樹液の匂いが漂っている。
「よし、この辺でいいか」
俺は手頃な岩を見つけて腰を下ろし、タバコを取り出した。
「シルヴィ、シド。俺はここで待ってるから、カブトムシを捕まえてきてくれ。目標は5匹だ」 『御意。……シド、競争ですわよ。どちらが多く見つけるか』 「シャァッ!(望むところだ!)」
俺の指令を受けた瞬間、二匹の巨大な蜘蛛は、風のように森の奥へと消えていった。
「さて、一服するか」
俺が火をつけて紫煙をくゆらせていると、森の奥からドスンドスンという地響きや、何かがぶつかる激しい音が聞こえてきた。
『ギィィィン!?』 『ギチチチッ!』
カブトムシたちの悲鳴が聞こえる。あいつら、硬いだけで動きは遅いからな。
数分後。 ズズズズズ……と何か重いものを引きずる音が近づいてきた。
『主様、お待たせいたしました。捕獲完了です』
木々の隙間から、シルヴィがその巨体を現した。 彼女のお尻から伸びた極太の白い糸が、後ろに続く「荷物」を引っ張っている。
ズザザザザッ!
「ギ……ギギ……」
俺の目の前に、粘着糸でぐるぐる巻きにされて芋虫のようになった「鋼鉄甲虫」が、なんと5匹まとめて引きずり出された。
『シドが3匹、私が2匹。今回はシドの勝ちですわね』 「シャッシャッシャ!(ドヤァ)」
シドが誇らしげに前脚を上げ、シルヴィ(母)がそれを慈愛に満ちた複眼で見守っている。
「おお、すげぇ。お疲れさん、二人とも優秀すぎるわ」
俺は感心しながら立ち上がり、動けなくなっているカブトムシ団子の前に立った。 5匹の巨大な複眼が、恐怖と警戒の色で俺を睨んでいる。
「暴れるなよ。悪いようにはしねぇから」
俺は彼らの中心で、深く吸い込んだタバコの煙を、ゆっくりと吐き出した。
「ふぅぅぅぅぅ…………(広範囲鎮静スモーク)」
濃密な紫煙が、5匹の巨体を優しく包み込んでいく。
『ギ……?』 『ギチ……ュ……』
効果は劇的だった。 殺気立っていたカブトムシたちの複眼から、急速に敵意の赤色が消え、次第にトロンとした眠そうな色へと変わっていく。
俺の脳内に、連続してシステム音が鳴り響く。
《鋼鉄甲虫(成体)×5 が配下になることを望んでいます》 《まとめてテイムしますか?》 《 YES / NO 》
俺は迷わず《YES》を選んだ。
《テイムに成功しました。個体名を登録してください》
「名前か……。こいつらは今日から工事現場の主力だ」
俺は一番デカいリーダー格の頭をポンと叩いた。
「よし、お前が**『ドーザー』**だ」
続いて、残りの4匹にも順に指を差していく。
「お前は土を掘り起こすから**『ショベル』」 「お前は土砂を運ぶから『ダンプ』」 「お前は『ローラー』」 「最後のお前は『クレーン』**だ」
名付けが終わると、魂のパスが5本同時に繋がり、彼らの意識がはっきりと伝わってきた。 どうやら無事に恭順したようだ。
「よし、お前ら。樹液は後でたっぷり食わせてやるから、まずは仕事だ」
俺はリーダー格の『ドーザー』の背中によじ登った。 硬い甲羅は安定感抜群で、角の付け根あたりを持つと操縦桿みたいで具合がいい。
「おーし、全機発進! 東の開拓地へ向かうぞ!」
『『『ギギィーッ!!(了解!)』』』
俺を乗せたドーザーを先頭に、重機戦隊が隊列を組んで歩き出す。 ズシーン、ズシーンと地響きを立てて進むその姿は壮観だ。
◇ ◇ ◇
(視点:クラウディア)
東の開拓予定地。 そこはまだ、背の高い木々と雑草が生い茂る、手付かずの森だった。
「ふぅ……これで全部ですね」
私の足元には、15本の「未完成の道具」が並んでいた。 森で拾ってきた、鉄のように硬い**「鉄木(アイアンウッド)」の枝**を削り、ゴブリンの娘たちが粘土遊びのように作った「柔らかいミスリル」の刃を接合したものだ。 今のままでは、刃はグニャグニャで使い物にならない。
「主様、遅いですねぇ……」 「お腹すいたー」
美しくなったゴブリンの娘たちが、倒木に腰掛けて足をぶらつかせている。 その時だった。
ズシーン……ズシーン……
地面の底から、腹に響くような振動が伝わってきた。
「な、何事!? 地震!?」
私が剣に手をかけた瞬間、森の奥の木々がバキバキと押し倒され、巨大な影が現れた。
「ギギィィーッ!!」
現れたのは、黒光りする装甲に覆われた巨大な戦車――『鋼鉄甲虫(アイアンビートル)』だ。 しかも、1体ではない。5体も!
「ッ……! 構えろ!!」
私が叫ぼうとした時、その巨大な虫たちの横を、シルヴィ様とシドが当たり前のような顔で並走しているのが見えた。
「……あ、シルヴィ様?」
二人が一緒ということは、敵ではない? 私が拍子抜けして剣を下ろすと、先頭の甲虫の背中に、見慣れた「気だるげな男」が乗っているのが見えた。
「おーい。待たせたなー」
タケル様だ。 彼は凶悪なBランク魔物の角を、まるで暴れ馬の手綱のように片手で握り、咥えタバコで手を振っている。
「た、タケル様!? その魔物たちは……!」 「ああ、こいつら? 新しい重機(ブルドーザー)だよ。整地用にスカウトしてきた」
タケル様は事もなげに言い放ち、ひらりと飛び降りた。 シルヴィ様もシドも、「いい子たちを見つけたでしょう?」と言わんばかりに、誇らしげに主様の横に並んでいる。
「さて、まずは道具の仕上げだな」
彼は並べられた「未完成の道具」の前に立つと、ふぅーっと紫煙を吹きかけた。
『聖なる焼き入れ(ただの副流煙)』
煙が触れた瞬間、グニャグニャだった銀色の刃が、カキン! という音と共に硬化し、本来の「ミスリル」の輝きと硬度を取り戻した。 それは、国宝級の切れ味を持つ最強の開拓道具の完成だった。
「よし、これで準備完了だ。やるぞお前ら!」
タケル様の号令が飛ぶ。
「女衆、まずは伐採だ! そのミスリルの切れ味を試してみろ!」 「はーい!」
ゴブリン娘たちが、ミスリルの斧を振るう。 カァン! と小気味よい音がして、硬い大木がまるで大根のようにスパスパと切断されていく。
「ドーザー隊、抜根開始! 木が倒れたら、残った切り株を掘り起こせ!」 『ギギィーッ!(了解!)』
5匹の鋼鉄甲虫が、巨大な角を地面に突き刺し、伐採後の切り株を次々と掘り起こしていく。人間なら数日かかる作業が、数秒で終わる圧倒的なパワーだ。
「シド、シルヴィ。掘り出した根っこや木材を運んでくれ!」 「シャァッ!」 『御意。お任せあれ』
巨大蜘蛛の親子が、糸を使って器用に資材を運搬し、整然と積み上げていく。
(……ふふ、さすがはタケル様ファミリーですね)
私はその光景を見て、呆れるよりも先に笑みがこぼれた。 凶悪な魔物も、伝説の金属も、この人の手にかかれば全て「家族」であり「道具」になってしまう。 鬱蒼としていた森が、みるみる拓かれていく。
「おいクラウディア、ぼーっとしてないで手伝え。そこに杭を打ってくれ」 「は、はいっ!! 直ちに!!」
私は慌てて動き出した。 こうして、私たちの新しい村作りは、爆発的な速度でスタートしたのだった。
(第20話 完)
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