第15話:赤熊のランチと、腐った騎士たち
「(ふぅ…中ボスって感じだったな)」
巨大な赤熊(レッド・グリズリー)の死骸を見下ろしながら、俺は一服した。 チビたちの連携も、シルヴィの強さも確認できた。何より、俺自身のレベルも上がった。 実りのある初陣だったと言えるだろう。
その時、再び頭の中にファンファーレが鳴り響いた。
(ピロリン♪) 《永劫の道具(エターナル・ギア)の熟練度が規定値に達しました》 《『無限補充のアッシュモーク』の性能が向上しました》 《スキル《煙霧変調》:効果範囲・効果が上昇しました》 《スキル《葉身変質》:生成対象カテゴリが拡張されました》
「(お? タバコの方もレベルアップか)」 道中の瘴気浄化と、今の戦闘での使用で経験値が貯まったらしい。 気になるのは**『カテゴリ拡張』**という文言だ。
「(拡張されたってことは…もしかして、あれがいけるか?)」 俺はアッシュモークから一本取り出し、葉を揉みほぐしながら強く念じた。 以前は失敗した、あの「日本人の心」を。
「(醤油になれ…! 濃厚で、香り高い、本醸造の醤油に!)」
じわり。 葉が黒く艶めき、しっとりと濡れていく。 恐る恐る指につけて舐めてみる。
「(………っ!!)」 口の中に広がる、芳醇な大豆の香りと、深い塩気。 「(きた…! 醤油だ! 紛れもなく醤油だ!)」
俺はガッツポーズをした。 どうやらスキルの性能が上がったことで、発酵や熟成といった複雑な工程が必要な食品も再現できるようになったらしい。 試しに**「味噌」と「マヨネーズ」**も念じてみる。 結果は――大成功。 「(勝った。これで食生活は完全に現代日本レベル…いや、素材が良い分それ以上だ)」
こうなると、腹が減ってくる。 目の前には、倒したばかりの新鮮な(浄化済みの)赤熊がいる。 俺は《鑑定》を発動した。
種族:レッド・グリズリー(浄化済み) 肉質:S(赤身と脂のバランスが至高。スタミナ回復効果あり) 状態:新鮮
「(肉質S…! こいつは食うしかないだろ)」 俺は「光の刃」で手早く解体し、極上のロース肉を切り出した。 今日のメニューは決まりだ。
「(醤油があるなら、これだろ)」 広場の岩を「光の刃」で平らに切り出し、下からライターで炙って即席の鉄板(岩盤)プレートにする。 厚切りにした熊肉を乗せると、ジューッという食欲をそそる音が森に響いた。
表面が焼けたら、開発したての**「醤油葉」と、定番の「ニンニク葉」**をたっぷりと乗せる。 焦げた醤油とニンニクの香りが爆発的に広がり、チビたちがたまらず「カサカサッ!」と身を乗り出した。
「よし、食うぞ!」 焼き上がった**「赤熊の焦がしニンニク醤油ステーキ」**にかぶりつく。
「―――うんめぇぇぇええ!!」 噛みしめた瞬間、肉汁と醤油の旨味が口の中で暴れまわる。 熊肉特有の臭みは完全に浄化されており、濃厚な牛肉のような味わいだ。そこにニンニクのパンチと、醤油の香ばしさが加わる。 「(白米…! 米さえあれば…!)」 ないものねだりはよそう。今は、この肉の味を噛み締めるんだ。
シルヴィやチビたちにも振る舞うと、彼らは目の色を変えて食らいついた。 特に醤油の味は好評なようで、あっという間に巨大な熊が骨だけになってしまった。
◇ ◇ ◇
最高のランチを終え、俺たちは再び上流へと歩き出した。 「(腹も満ちたし、もう少し先まで見てから帰るか)」
再出発してすぐに、俺はスキルの変化に気づいた。 《煙霧変調》の効果範囲が、明らかに広がっているのだ。 以前は直径10メートルほどだった「空気清浄エリア」が、今は直径50メートル近くまで拡大している。 おかげで、瘴気の濃いエリアでも、広々とした快適空間を維持したままピクニック気分で進むことができた。
しばらく歩いた頃。 先頭を歩いていたシルヴィが、ピタリと足を止めた。
「タケル様」 彼女の声音が鋭くなる。 「風上から…血の匂いと、動く死体の気配がします」
「(動く死体…ゾンビか?)」 俺は緊張を走らせた。 「(数は?)」 「多数です。…それと、一つだけ『生きた人間』の気配も」
「(人間!? 生存者がいるのか!?)」 シルヴィの話では、この森に入った人間は皆死ぬか狂うかしているはずだ。 だが、今なら間に合うかもしれない。 「行くぞ! 案内してくれ!」
俺たちは森を駆け抜けた。 ほどなくして、木々が開けた場所に出た。かつては街道だったのだろうか、石畳の残骸が見える。
その中心で、絶望的な光景が繰り広げられていた。
「はぁ…はぁ…くっ…!」
そこにいたのは、ボロボロの銀鎧を纏った一人の女騎士だった。 長い金髪は泥と血に汚れ、美しい顔は疲労で歪んでいる。 手にした剣は半ばから折れ、彼女を守るべき盾も砕け散っていた。
そして、彼女を取り囲んでいるのは、20体以上の異様な集団。 全身を黒い鉄鎧で固めた騎士たち――だが、その兜の隙間からは、赤黒い瘴気が漏れ出し、動きは不気味にカクカクとしている。 **「ゾンビ騎士(アンデッド・ナイト)」**だ。
「隊長…! みんな…! なぜ…!」 女騎士が悲痛な声を上げる。 襲いかかってくるゾンビ騎士たちの鎧には、彼女と同じ**「獅子の紋章」**が刻まれていた。 かつての仲間が、瘴気に侵され、変わり果てた姿で彼女を殺そうとしているのだ。
「(うわ、バイオハザードかよ…)」 あまりに惨い状況に、俺は息を飲んだ。 以前、川で拾った「ボロボロの盾」の持ち主は、彼らだったのか。
ゾンビ騎士の一体が、無防備な女騎士の首元へ、刃こぼれした剣を振り上げた。 彼女はもう、避ける力も残っていないようで、覚悟を決めたように目を閉じる。
「(……させるかよ!)」
見捨てるという選択肢は、俺の中にはなかった。 俺はタバコをくわえ、ミスリルの剣の柄に手をかけた。
「ドレ、レミ、ミファ! 足止めだ! 他の奴らは俺に続け!」
俺は紫煙をなびかせ、死の舞踏会へと割って入った。
(第15話 完)
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