第16話:鎮魂の紫煙と、銀の姫騎士

森が開けた場所に、剣戟の音と、男たちのうめき声が響いていた。


そこにいたのは、ボロボロの銀鎧を纏った一人の女騎士だった。 長い金髪は泥と血に汚れ、美しい顔は疲労と絶望で歪んでいる。 手にした剣は半ばから折れ、彼女を守るべき盾も失われていた。


彼女を取り囲んでいるのは、20体以上の異様な集団。 全身を黒い鉄鎧で固めた騎士たち――だが、その兜の隙間からは、赤黒い瘴気が漏れ出し、動きは不気味にカクカクとしている。 **「ゾンビ騎士(アンデッド・ナイト)」**だ。


「隊長…! みんな…! なぜ…!」 女騎士が悲痛な声を上げる。 襲いかかってくるゾンビ騎士たちの鎧には、彼女と同じ**「獅子の紋章」**が刻まれていた。 かつての仲間が、死してなお瘴気に操られ、彼女を殺そうとしているのだ。


「(うわ、バイオハザードかよ…)」 あまりに惨い状況に、俺は息を飲んだ。 以前、川で拾った「ボロボロの盾」の持ち主は、彼らだったのか。


ゾンビ騎士の一体が、無防備な女騎士の首元へ、刃こぼれした剣を振り上げた。 彼女はもう、避ける力も残っていないようで、覚悟を決めたように目を閉じる。


「(……させるかよ!)」


見捨てるという選択肢は、俺の中にはなかった。 俺はタバコをくわえ、ミスリルの剣の柄に手をかけた。


「ドレ、レミ、ミファ! 足止めだ! 他の奴らは俺に続け!」


俺は紫煙をなびかせ、死の舞踏会へと割って入った。


「キシャアッ!」 チビたちが射出した銀の糸が、先頭のゾンビ騎士の腕を絡め取り、動きを封じる。 その隙に、俺は女騎士の前に滑り込んだ。


「え……?」 呆然とする彼女を背に、俺はタバコを深く吸い込み、肺いっぱいの紫煙を戦場へと吐き出した。 《煙霧変調(フォグ・チューニング)》――『浄化』。


「ゴホッ…ウウゥ…」 高濃度の浄化の煙を浴びたゾンビ騎士たちの動きが、一斉に鈍る。 彼らを動かしている原動力――体内の瘴気が、煙によって中和されていくからだ。


「(苦しかっただろう。もう、休んでいいぞ)」


俺は腰の筒――『鳳凰の柄』を抜き、スイッチを入れた。 ブォン!! 青白い炎の刃が噴き出す。


「せめて、安らかにな」 俺は踊るように騎士たちの間を駆け抜けた。 ライトセーバーの一閃が、瘴気に汚染された鎧ごと、彼らの体を両断していく。 痛みはないはずだ。 斬られた端から、彼らの体は黒い霧となって霧散し、ただの土塊へと還っていく。


数分後。 最後の騎士が土に還り、あたりには静寂が戻った。 残されたのは、主を失ったミスリルの武具だけだ。


「(……南無)」 俺は短く手を合わせると、へたり込んでいる女騎士の方へ振り返った。


「あ……あぁ……」 彼女は涙を流しながら、震える声で言った。 「ありがとう……ございます……彼らを、解放してくれて……」 薄れゆく意識の中で、彼女は俺の持つ光の刃と、纏っている紫煙を見て呟いた。 「……光の、騎士様……? ここは……天国、ですか?」


そのまま、糸が切れたように意識を失い、倒れ込んだ。


「っと、危ない」 俺は慌てて彼女を抱き止めた。 軽い。鎧の重さを差し引いても、ガリガリに痩せている。 「(ひでぇな…。脱水症状に、瘴気中毒か)」 顔色も土気色で、首筋には黒い血管が浮き出ている。一刻を争う状態だ。


「シルヴィ! 背中に乗せてくれ! 急いで拠点に戻るぞ!」 「はい、タケル様!」


俺たちは彼女をシルヴィの背中に固定し、大急ぎで来た道を戻った。


   ◇   ◇   ◇


拠点(洞窟)に帰還した俺は、すぐに彼女を「客間」へと運んだ。 作りたての「銀糸のマットレス」に寝かせ、汚れた鎧を外す。 (※もちろん、治療に必要な範囲でだ。変な気はない)


「(やっぱり、瘴気が回ってるな)」 俺はタバコの煙をふぅーっと彼女の顔に吹きかけ、さらに《葉身変質》で作った「薬草の葉(解毒・回復成分)」を煎じたお茶を、スプーンで流し込んだ。


効果は劇的だった。 お茶が喉を通った瞬間、彼女の体を蝕んでいた黒い血管の浮き出しが、見る見るうちに消えていく。 苦しげだった呼吸はすぐに穏やかになり、土気色だった頬に、健康的な赤みが差した。 「(よし、一瞬で治ったな。さすがタバコパワー)」


俺が安堵して一服していると、彼女がうっすらと目を開けた。 目の前には、銀糸の服を着た俺(おっさん)と、心配そうに覗き込むシルヴィ(巨大蜘蛛)がいる。


彼女は寝ぼけたような目で俺を見つめ、呟いた。


「……光の、騎士様……?」


ふかふかの布団の感触と、俺が持っていた光の剣の残像、そして漂ってくる良い匂いに、まだ夢心地らしい。


「いや、騎士じゃない。俺はヤマグチ・タケル。ただの通りすがりだ」 俺は苦笑して否定した。 「で、こっちが相棒のシルヴィだ」


「ご無事で何よりです」 シルヴィが銀色の巨体を揺らして挨拶する。 その瞬間、女騎士の目がカッと見開かれた。


「ひっ……!? ま、魔物ッ……!?」 彼女はガバっと飛び起きようとして、ベッドの端まで後ずさった。 「く、来るな! 私を食べても美味くはないぞ…!」


「(あー、まあそうなるよな)」 巨大な蜘蛛がいきなり喋りかければ、誰だってビビる。


「落ち着けって。シルヴィは味方だ。お前をここまで運んでくれたのも彼女だぞ」 「え…? この蜘蛛が…?」 「とにかく、今は食え。話はそれからだ」


俺は有無を言わさず、作っておいたスープを差し出した。 **「猪肉と野菜のコンソメ風スープ」**だ。 彼女は恐る恐る椀を受け取り、一口すすった。


その瞬間、彼女の大きな瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。 「……温かい……。泥水じゃ、ない……美味しい……」 警戒心など吹き飛んだのか、彼女は子供のように泣きじゃくりながら、夢中でスープを飲み干した。


食後、少し落ち着いた彼女が、居住まいを正して口を開いた。


「取り乱して申し訳ありません…。改めまして、助けていただき感謝します。私はオーレリア王国 第二王女、兼、近衛騎士団・第三部隊副隊長――クラウディア・フォン・オーレリアと申します」


「ぶふっ!?」 俺は吸っていたタバコを吹き出しそうになった。


「おおお王女様!? 副隊長!?」 「はい…」 俺は慌てて居住まいを正そうとしたが、彼女の悲痛な表情を見て思いとどまった。 ただの王女が、こんな場所で死にかけていたわけがない。それに「副隊長」という肩書き。お飾りではなく、実力でその地位にいたのだろう。


「……それで、王女様で副隊長殿が、なんでまた、こんな死地に?」


彼女は唇を噛み締め、語りだした。 父王が急死し、実権を握った第一王子によって、この『黒瘴の森』の調査を命じられたこと。 それは、体のいい「口減らし(自殺任務)」であったこと。


「支給された食料は腐りかけで…何より、瘴気を防ぐはずの『結界石』が、森に入ってすぐに砕け散ったのです。あれは、最初から不良品でした…」


「(うわ、えげつねえ…)」 立派な装備を持たせて油断させ、消耗品で殺す。悪質な手口だ。


「私たちは瘴気に蝕まれ、水も食料も尽き…部下たちは次々と倒れました。そして、死してなお瘴気に操られ…私に…」 クラウディアは顔を覆った。 「私は…部下たちを守れなかった。おめおめと一人だけ生き残ってしまった…!」


帰る場所などない。 戻れば「任務失敗」の罪で処刑されるか、また別の死地に送られるだけだ。


全てを聞いた俺は、短くなったタバコを、テーブルに置いた**灰皿(ミスリル製)**に押し込んだ。 「(ブラックな組織に使い捨てにされたってわけか。他人事じゃねえな)」


俺は、行き場のない彼女に告げた。 「クラウディア。あんた、帰る場所がないなら、ここにいてもいいぞ」


「え……?」


「ここには水も飯も、安全な寝床もある。それに、見ての通り俺たちは人手不足なんだ。この広い家を維持するには、管理人が必要でな」 俺はニカっと笑った。 「家賃は体(労働)で払ってもらう。文句はないな?」


クラウディアは呆気にとられた後、俺と、後ろで見守るシルヴィたちを交互に見て、再び涙を流した。 今度は、安堵の涙だった。


「……はい。命に代えても、お仕えします…!」


こうして、俺たちのサバイバル生活に、新たに「訳ありの女騎士(元王女)」が加わった。 (さて、まずは彼女の服を作ってやらないとな。あのボロボロのインナーじゃ目のやり場に困る)


俺は、また忙しくなりそうな予感に、嬉しいため息をついた。


(第16話 完)

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