第10話:暴食の眷属と、竜の目覚め
夕方、7匹の精鋭たちが帰還した。 自分よりデカい「牙の生えた猪」や「巨大な毒々しい果物」を、糸で絡めとって引きずって帰ってきた。全員無傷だ。
「(デカいな…。まだ子供のはずなのに、意外と強いんだな)」 気になった俺は、7匹のうちの1匹に《鑑定》を使ってみた。
種族:アージェント・スパイダー(幼体) レベル:8 状態:タケルの加護(煙の恩寵) 恩恵:『身体能力強化(中)』『瘴気無効』『成長速度上昇(中)』
「(『瘴気無効』に『成長速度上昇』か。俺がテイムしたからか、それともあの煙を浴びたからか…結構いいバフがかかってやがる)」
「よし、よくやった! ゆっくり休んでくれ」 俺はタバコを吸い、煙(浄化)を獲物と、頑張った7匹に吹きかけた。 ドス黒かった猪の死骸から、黒い霧のような瘴気が抜け、本来の茶色い毛並みへと戻っていく。 7匹のクモたちも、煙を浴びて心地よさそうに手足(?)を伸ばしている。
俺は、浄化されたばかりの猪にも《鑑定》を使ってみた。
種族:剛毛猪(浄化済み) 肉質:A(脂身多め、加熱推奨) 状態:新鮮
「(おお、『汚染された魔獣』みたいな表記から、まともな食材に変わった! 肉質A…こいつは期待できるぞ)」
さて、ここからが大仕事だ。 改めて見ると、チビたちが狩ってきたこの猪、デカすぎる。 第1話で遭遇した狼(軽自動車サイズ)よりもさらに一回りデカい。まるで〇イエースだ。 「(こんな怪獣みたいなの、どうやって解体するんだ…?)」 俺が途方に暮れていると、シルヴィがスッと前に出た。 銀色の糸を天井から垂らし、猪の脚に絡めると、滑車のように軽々と巨体を空中に吊り上げたのだ。 「おお、助かる!」
俺は「光の刃」の出力を調整し、ナイフ状にして皮に刃を入れた。 切れ味は抜群だ。皮を剥ぐと、子グモたちが糸を使って器用に皮を引っ張り、俺の作業をサポートしてくれる。 (チームワーク完璧かよ…)
解体作業は順調に進んだが、終わってみて呆然とした。 目の前には、切り分けられたロース、バラ、モモといった部位ごとの肉の山と、心臓やレバーなどの内臓の山が、うず高く積み上がっていたからだ。 さらに横を見れば、これまたチビたちが集めてきた、スイカほどもある巨大な果物がゴロゴロと転がっている。
「(……多すぎる)」 どう考えても、俺とクモたちだけで数日で食い切れる量じゃない。 燻製にして保存するにしても、限度がある。このままだと、せっかくの肉も果物も腐らせてしまう。
「(もったいないな…。冷蔵庫があればいいんだが…)」 そこで俺は、昨夜ステータス画面で見た項目を思い出した。
「(そうだ! SP(スキルポイント)だ!)」 俺は慌ててウィンドウを開き、昨夜チェックしていたスキルを探した。
《異空間収納(アイテムボックス) Lv.1》:消費SP 50 無機物、および死んだ有機物を、時間経過のない亜空間に収納する。 収納容量:Lv.1(小倉庫クラス)
「(これだ! 『時間経過のない』ってことは、腐らないってことだろ! 最強の冷蔵庫じゃねえか!)」 消費SP50は痛いが、この大量の食料を捨てる損失に比べれば安いものだ。 俺は迷わず取得を念じた。
《SPを50消費し、《異空間収納 Lv.1》を獲得しました。残りSP:70》
「よし!」 俺は目の前の肉の山と、果物の山に手をかざし、念じた。 「(収納!)」
シュンッ! 一瞬にして、洞窟を埋め尽くしていた食料の山が消え失せた。 それと同時に、頭の中にスマホの画面のようなリストが浮かび上がった。 『剛毛猪のロース × 50kg』『剛毛猪のバラ × 40kg』… それぞれの項目を意識するだけで、重さを感じることなく、手元にポンと取り出せる感覚がある。
「(便利すぎる…。手ぶらで大量の荷物が運べるし、鮮度もそのまま。これで食料保存の問題も解決だ)」 俺は、今夜食べる分だけの肉と果物を取り出した。
さあ、宴の時間だ。 切り分けた新鮮な猪肉に、開発した「ニンニク味の葉」「塩味の葉」「バジル味の葉」をまぶして、焚き火(コンロ)で焼く。 香ばしい匂いが洞窟に充満する。
焼き上がった肉にかぶりつく。 「うまい!! 臭みゼロ、ハーブの香り最高! 醤油がなくても生きていける!」
続けて、スイカほどもある巨大な果物を「光の刃」でカットし、かぶりついた。 「(んんっ! こっちの果物もうめぇ! 見た目は毒々しかったのに、中は鮮やかなオレンジ色だ。味は…桃のジューシーさとマンゴーの濃厚さを足して割ったみたいだ。しかも、後味がスッキリしてていくらでも食える!)」
シルヴィや7匹たちにも振る舞うと、彼らもまた、初めて味わう「料理」の味に歓喜し、一心不乱に食べ始めた。 特に7匹の子グモたちの食欲は凄まじかった。 「(お、こいつはニンニク味が好きか? こっちのチビは果物ばっかり食ってるな)」 それぞれ好みが違うようで、前足をワキワキさせて「もっとくれ」とせがんでくる様子は、妙に可愛げがある。 「(はいはい、おかわりな)」 俺がアイテムボックスから「追加」の肉を出すと、あっという間に平らげてしまう。 「(まだ食うのか? まあ、成長期だしな…)」 俺は何度もアイテムボックスを開け閉めし、肉を焼き続けた。
…数時間後。 「(……あれ?)」 俺は、アイテムボックスの中身を確認して固まった。 さっきまで山のようにあった猪肉の在庫が、ほとんど空になっていたのだ。
「(嘘だろ…あの〇イエース級の巨体を、一晩で食い尽くしたのか!?)」 満足げに腹を膨らませて眠るクモたちを見て、俺は苦笑いした。
「(SP50も使って、保存のためにアイテムボックス取ったのに…これじゃ意味ねえじゃん)」 まあ、腐らせるよりはマシか。いっぱい食べて、早く大きくなれよ。
美味い飯、快適な服、至高の寝床、そして(大食らいの)仲間。 俺は最高の一服をしながら、夜の森を見上げた。
「明日こそ、家作り開始だ!」
――その頃。 タケルたちのいる洞窟から遥か遠く。 森の最奥、草木も枯れ果て、音すら存在しない「死の世界」。
そこには、山のように巨大な黒竜が、瘴気の澱(おり)の中でまどろんでいた。 竜が、ゆっくりと巨大な瞼(まぶた)を開く。その瞳は、瘴気で濁りきっている。
「……ぬ……?」
竜は、森の一部――タケルのいる洞窟周辺の瘴気が「消滅(浄化)」し、自らの支配領域にぽっかりと穴が開いたような感覚を察知した。
「……我が庭を……蝕む……異物が……いる……?」
ズズズ…と、巨体がわずかに動く。 遠く離れた洞窟で、タケルはまだ、この最強の存在が自分に気づいたことを知らない。
(第10話 完)
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