第11話:煙の配管工と、四角いアリの巣

翌朝。 「銀糸の布団」のおかげで、俺の目覚めは最高だった。 隣では、シルヴィが器用に足を折りたたんで眠っている。


「おはよう、シルヴィ。今日は忙しくなるぞ」 俺は朝の一服をしながら、このただっ広い空洞を見渡した。 今はワンルームだが、生活するには区切りが必要だ。


「よし、リフォームだ。イメージは……**『四角いアリの巣』**だ」 俺は地面に設計図を描いた。 崖の表面に近い側を「リビング」と「窓際」。 そこから奥へ向かって、格子状(グリッド)に通路を伸ばし、その左右に「四角い部屋」を配置する。 俺の部屋、シルヴィの部屋、チビたちの部屋、倉庫、作業場、客間。まさに6LDKだ。


「シルヴィ、チビたちを呼んでくれ。資材が必要だ」 集まった7匹の精鋭たちに、俺は指示を出した。


「いいか、今日のお題は『窓』の材料だ」 「**『透明な石』か『透き通った樹脂』**みたいなのがあれば最高だ。あとはいつもの食料な」


チビたちは「了解!」とばかりに脚を上げ、カサカサと森へ散っていった。


「さて、俺たちは掘削だ」 俺はタバコをくわえ、**《煙霧変調》**を発動した。 今回のイメージは『軟化』だ。 俺は設計図通りに、岩盤に紫煙を吹き付けていく。


シュワアアア……。 煙に包まれた岩肌が、まるで湿った粘土のように、指で押せるほどに柔らかく変質していく。 「(よし、いける)」 俺は、手頃な木の棒をシャベル代わりにして、柔らかくなった岩盤を掘り進めた。 グニュグニュと簡単に削れていく岩を、俺は次々に掻き出して、通路と部屋を作り上げていく。


そして、掘り出した大量の「粘土状の岩」は、捨てずに積み上げておく。 「さて、ここからが仕上げだが…」 壁や床はボコボコだし、積み上げた粘土を家具にするには成形が必要だ。


「(道具がいるな)」 俺は手頃な木の板を拾い上げ、「光の刃」で表面を平らに削り出し、持ち手をつけた。即席の**「木鏝(きごて)」**の完成だ。 「シルヴィ、これを使えるか?」


「はい、タケル様!」 彼女は前脚の先で器用に鏝を受け取ると、まるで熟練の左官職人のような手つきで作業を開始した。 柔らかい岩肌に鏝を走らせ、驚くほど滑らかで完璧な「平面」に整えていく。 さらに、ついでとばかりに凸凹だった洞窟の床にも鏝を入れ、美しく水平な土間のように仕上げてくれた。


仕上げに、俺が積み上げた「粘土状の岩」をこねて四角く成形し、鏝で角を出し、美しいテーブルや椅子の形に作り上げていく。 「(すげえ…俺より器用だ)」


最後に俺が仕上げの『硬化』の煙を吹きかけると、粘土状だった家具や壁、そして床が、一瞬でカチカチの岩に戻った。 「(完璧だ。廃材も出ないし、継ぎ目もない)」


数時間後。 タケルとシルヴィの共同作業によって、見事な「四角いアリの巣」と、オーダーメイドの石製家具が完成した。


だが、最大の問題が残っている。 **「水」**だ。 川から毎回汲んでくるのは重労働だし、ポンプもない。


「(どうしたもんかな…)」 俺は作業の手を止め、一服することにした。 紫煙をくゆらせながら、ぼんやりと考える。 「(水を運ぶのが面倒だ。重いし、こぼれるし。……運ぶ?)」


その時、閃いた。


「(……あ。俺、**《異空間収納(アイテムボックス)》**持ってるじゃん)」 灯台下暗しとはこのことだ。 わざわざ配管を引かなくても、俺が川で水を大量に収納して、こっちで出せばいいだけの話だ。運搬コストはゼロだ。


「(よし、システム構築だ)」 俺は、部屋の壁の高い位置(天井付近)に、余った「粘土状の岩」を盛り付け、巨大な**「貯水タンク」**を造形した。 ここに水を溜めれば、重力で勝手に下に流れる。


だが、高い場所にあるタンクにどうやって水を入れるか? 答えは簡単だ。 「(メンテナンス用の足場も作ればいい)」 俺はタンクの横の壁に紫煙を吹きかけ、岩肌を軟化させる。 そして、壁からボコボコと「階段状の突起」を隆起させ、タンクの上部まで登れるキャットウォーク(点検用通路)を作り上げた。 最後に煙でカチカチに硬化させれば、俺が乗ってもびくともしない石の階段の完成だ。


次に配管だ。 掘削で出た余りの粘土質の岩を細長く伸ばし、中空のパイプ状に成形する。 それをタンクの底から繋ぎ合わせ、台所(予定地)、トイレ、風呂場へと伸ばしていく。 「(仕上げにコーティングだ)」 俺はパイプの中に『硬化』と『防水』の煙を通し、内側をツルツルに固め、水漏れのない頑丈な**「石の配管」**を完成させた。


そして重要ポイント。タンクの出口と、排水の出口に、それぞれ「濾過装置」を作る。


「(頼むぞ、《葉身変質》。毒も汚れも吸着する、最強のフィルターになれ)」 俺はタバコの葉をほぐし、**「強力な浄化作用を持つ活性炭」**のような性質に変質させた。 これをぎっしりと詰めた箱を、配管の途中に噛ませる。


給水側: 川の水を「浄化フィルター葉」に通して、安全な飲み水に。


排水側: トイレや風呂の汚水を「浄化フィルター葉」に通して、無害な水に戻してから外へ。


「(よし、完璧だ。現代日本よりエコで衛生的だぞ)」


俺は早速、川へ降りてアイテムボックスいっぱいに水を収納して戻ってきた。 壁に作った石の階段を登り、タンクの上部に立つ。 「(放出!)」 俺がタンクの中に手をかざして念じると、 ドボボボボッ! 亜空間から川の水が勢いよく吐き出され、タンクを満たしていく。 「(よし、満タンだ。これだけあれば数日は持つな)」


タンクから降りて、恐る恐る、岩で作った蛇口(栓)をひねる。 ジャーーーッ! 透き通った水が勢いよく流れ出した。飲んでみる。 「うまい! 完全にミネラルウォーターだ!」


水が確保できたところで、次は**「トイレ」**だ。 俺はトイレ予定地の床に紫煙を吹きかけ、柔らかくする。 粘土状になった岩をこねて、慣れ親しんだ「洋式便器」の形に盛り上げ、中央を排水パイプへと繋がるように窪ませる。 座り心地を重視してフチを滑らかに成形し、最後に『硬化』と『超撥水(防水)』のコーティングを施す。 タンクからの配管を繋ぎ、手動の弁(バルブ)を取り付ければ…。 「(よし、テストだ)」 弁を開くと、水が渦を巻いて便器内を洗い流し、排水管へと吸い込まれていった。 「(完璧だ…! これで森の中で野外排泄という最悪の事態は避けられる)」


最後は、メインイベントの**「風呂」**だ。 浴室(予定地)の床に紫煙を吹きかけ、再び柔らかくする。 そして、大人が三人入れるサイズにググッと押し込んで窪ませ、フチを滑らかに盛り上げて成形した。 最後に『硬化』と『防水』の煙でコーティングすれば、継ぎ目のない一体成型の「岩風呂」の完成だ。


蛇口からなみなみと水を注ぎ、仕上げにライターを取り出す。 「(お湯になれ…42度くらいの、適温で!)」 ライターの火を水面に近づけ、熱だけを伝えるイメージで温める。 あっという間に、湯気が立ち上る「岩風呂」が出来上がった。


「完成だ……!」


と、そこにチビたちが帰還した。 「おお、でかした!」 チビの一匹が抱えていたのは、琥珀色に透き通った巨大な「樹液の塊」だった。 俺はすぐさま「光の刃」で岩壁を四角くくり抜き(窓枠)、そこに板状に加工した樹液をはめ込んだ。 夕日が差し込む、オレンジ色の「天然樹脂の窓」。 それが、湯気の立つ浴室を幻想的に照らし出す。


トイレ、風呂、窓、そして6LDK。 文明の利器と、快適な住環境が整った。


俺は銀糸の服を脱ぎ捨て、湯気が立ち上る湯船の前に立った。 「(よし、一番風呂といこうか)」


(第11話 完)

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