ED-① 始点、箱を開く 視点:三川
《6月8日/11時30分/辻霧探偵事務所》
「さてと、今日は来てくれてありがとう、
ボクらは、ついに事件が解決したと連絡が入ったので美咲さんと予定を調整させて今日ここに来た。
目の前にはコーヒーが出されていた。どうやら今日は別の店で調達した豆のようだ。
「いつものように、コーヒーご馳走様です。それで真実は……やはりあのニュースのとおりだったのですね」
昨晩のニュースではこう報じられた。
【20代OLを自殺に見せかけ殺人現職の警察官を逮捕】と。
内容を深く見ると、直接言っているわけではないが、「痴情の縫れ」ということで片付いている。そしてその逮捕された警察というのが、初めてボクと辻霧さんで現場に行った際に目くじらを立てて口喧嘩をしていた
「先に話しておきたいが、特に三川氏、キミは新聞記者だったわね」
「そうですね」
「今から話すことは文字通りの真実だ。しかしそれはスポットライトに当てたらキミはただでは済まない。だから、まず約束してほしいことは、ここでアタシの話すことは他言無用にしてほしい。一応そういう制約なら話してもいいと各面から了承を得ているのでね」
「なるほど、そのことですか。だったら大丈夫です。ボクは仕事のために依頼したわけではなく、
ボクは光さんのことをネタに記事を書こうとは一ミリたりとも思っていなかった。何か多くの負担を背負うのかと思ったがそうでも無く、少し安心した。むしろ真実を知れる上等な話だ。
「川口氏も、いいね?」
「別にそういう真実があってもひけらかさねぇよ。それがアイツのためになるならな」
「ありがとう、じゃあ話そう」
辻霧さんはは事の顛末を離した。
*****
【真実】
今回の事件は、確かに
事の発端は、警察内にある秘密裏に存在する執行者、【椿】の一人として警察官を粛清していた祖父の
光氏は知らなくてよかったことを知ってしまった。知ってしまったことを抱えきれず、一人で戦おうとした。
どういうきっかけだったかまだ掴めていないが、おそらく本件の犯人に誘導させられて照氏が椿時代から人を殺すために使っていた部屋に行ってしまったのだ。
ちなみに入り方だが、スタジオにあるスピーカーがパスコードになっていて、そこの壁が布で隠されていた。いや、あれは触っても気づきようのないものだ。その奥に例の部屋があったよ。
そして光氏は照氏の手記を読んでしまった。おそらく意図的に読まされたのだろう。あの手記を堂々とテーブルの上に置いていたのは「さぁ読め」と言わんばかりの露骨な誘導だったからね。
そこには、照氏がどんな想いで椿として生きていたか、ありのままの苦悩がそこにあった。そして生前まで彼女が自らを出汁にされてその手を汚し続けたのを知ってしまった。
彼女の生きた数年は、祖父の汚れ仕事あってのものだったと知った。
過大な解釈かもしれないが、そう受け取りかねない。実際そう思ったか、そこまで思っていないかは実際に光氏に尋ねたいものだ。
そこから彼女のやったことはスタジオの引き払いを視野に入れ、D/2020,KOM の終焉を画策。
彼女はそう遠くない未来、最悪自身の死すら考えたんじゃないかな。彼女の知ったことは誰かに言ってしまえば、自分だけでなくその人も巻き込みかねないと思った。
だから彼女はキミたちを巻き込ませないために、コムの世界観を利用して、いつか日の目を見るかもしれないダイイングメッセージを作った。20枚のCDやコードのパスワード。そのために仕事終わりの
だけど一方で、キミたちとの時間を惜しみなく過ごしていたのは、これはあくまでアタシの仮説だが、コムの時間が大好きで一分一秒を大切にしたかったからじゃないかな。
それとコムの時間を二人に過ごさせれば、自身のメッセージにも気づけるはずだという一種の大博打に臨んだともとれる。
結果は彼女の勝ちだ。確かに死んでしまった事実は代えがたいが、三川氏や川口氏、いろいろな人たちのおかげも真実の形を作ったんだ。本当に彼女は幸せ者だ。もっと言えばこの賭けには奇しくもアタシの存在も必要なピースだった。どこまで彼女は計算に入れていたのかわからないものだ。
かくいう犯人は、臆病者で小心者、常に遠くからでないと眺めらない慎重派。それでいていざ自分が表に出ると粗末な立ち回りをしてしまう人間だ。さらに言うと鈍感ともいえるのかもしれない。
光氏がキミたちを呼びつけた日にはすでに彼女のダイイングメッセージは完成しきっていた。それにようやく気付いて衝動的かつ無計画に彼女を殺したんだ。ただ何をどう残したか気付かずにね。
不意打ちで、残った時、偶然デスクに後頭部をぶつけた際に昏睡状態になり、そこからソファーに運んで凶器を無理やり握らせ何度も腹部を刺す。ある程度刺し尽くしたあとに手を離した。あとは、元のルートから戻って脱出すればいいからな。これが一連の流れだ。
あとは権限でもなんでも活かせば自殺に見せかけることもできるだろう。机の角や光氏の後頭部にできた傷はただのノイズとしてかき消せばいい。
ま、そのあたりの責任も今後は問い詰められるだろうけど、さぞ大変な話にはなりそうだ。
あぁちなみに、例の部屋の裏出口は、現場からそう遠くない児童公園の物置小屋に繋がっていたわ。
本当に彼は肩書に反して大したことのできない人間だ。いくら光氏の殺人の件で問われても、それ以前にやってきた行い、特に照氏にやってきた諸々は見過ごされるのだろうな。
これが犯人・兎品沢
*****
「と、まぁこれが真実だね」
「………」
辻霧さんの一通りの語りが終わってなおボクは、一応にも記者という立ち位置でありながら、言葉にできなかった。
美咲さんは口を開くが、少しばかり震えていた。
「もしかして………ワタシたちがすぐにあの家に居過ぎなかったらこんなことには…」
「どうだろうね。ただ一つ言えることは、犯人にとってキミたちの繋がりが誤算だったのではないかと思うよ」
「誤算?」
ここまでの話で、その冷酷な殺人犯の考えからは想像できないワードだった。
「コムって結成当初はみんな学生だっただろ?」
「そうですね」
今思えば5年前だった。そんなに経つ者かと考えてしまう。
「犯人にとってキミたちコムは所詮『お遊戯会の延長線上』で『大人になれば散り散りになる』と思っていたんじゃないかな」
それは確かに御尤もな考え方かもしれない。だけど―――
「……だけど実際はついこの間までずっと、続いていた」
「照氏亡き今、あの家の地下室は、椿にとって残したくない証拠だ。あそこには多くの殺された人間がいたのだから。だけどいつあの部屋から誰もいなくなるのかわからない。ついにしびれを切らしてあの家をあけるための作戦に出たんだと思う」
「それが……その部屋への入り方ですか?」
「犯人は光氏を使って照氏を脅し、殺しを続けさせた。それを知った光氏はどう思うだろうね」
「クソッ……ひどいことをしやがる。誰でも気が動転してしまうに決まってるだろ」
美咲さんは拳を自分の腿に叩きつける。
「だけど少し引っかかります。光さんはどうしてその例の部屋に行く方法を知ったのですか? 辻霧さんの話ではあれは確か例のデモのベースのコードが鍵だったようで、しかもパズル式になっていたと。今のところそこらへんがわからないのですが」
「考えうる可能性はいくつか備えているが。もしかしたらこれにあると思っている」
辻霧さんが出してきたのはタブレット端末だった。画面はデスクトップだった。
「これは亡き小澤氏が使っていたPCの画面、キミたちのいたスタジオのね。今リモートで操作している」
「えっ⁉」
「同業者でこういうのに強い人がいてその人からのご助力賜ってのことさ。事も済んだから最後の仕上げに少しばかりお借りしたのさ。ちなみにキミたちはパスワードを知らないと思っていただろうが、実は今回の件でわかるものであのCDでできる英文を逆にしたものだったわ。まぁそんな些末は置いといて、それでここに赤いメモ帳のアイコンがあるだろう?」
辻務さんの言う特徴のアイコンはたった一つだけあり、名前は『2人へ』だった。
「同業者くんによると、それは『遺書プログラム』と呼ばれて、開くと遺書が読める代わりに細づけたファイルが自動的に削除されるものだと。ネット通販で買えるらしい。監視の目も落ち着いたから今こうして解析に時間を費やせたが、その同業者くんの結論では、これを開くと主に音楽関係のファイルが消えるのと、何かがどこかへ送られるプログラムが同時に作動するみたいだ。作動するプログラムは調べようとしたが、うっかり作動したら危険だと思いいじっていないからアタシも何があるかは知らないわ」
「なるほど、だから辻霧さんは、光さんのやってきたことに『コムの終焉』を挙げていたのですね」
「あぁ、そうだ。それで、二人はどうする? これを開くか、何も見なかったことにするか。決定権は二人にある」
「なるほど……どうする美咲さん?」
ボクは彼女の方を見る。美咲さんは腕を組みながらもスンと鼻を鳴らして、首を縦に振る。
「アンタは悩んでないんだろ?」
「ここまで来て、『じゃあ見ません』なんて言わないよ。辻霧さんが言うに、光さんは相応の覚悟で戦ってきたのだったら、ボクらがそれを見て見ぬふりはできないよ」
「ボクらねえ。勝手にワタシを頭数に入れた?」
「いいや、美咲さんは、大事な時になると、自分の意志で、奇しくもボクと同じ想いを持つという信頼だよ」
「フンッ、高く買い過ぎだけど、どうも………というわけだ、オネーサン」
「わかった。君たちのコムとの惜別、見届けるよ」
辻霧さんは例のアイコンをクリックする。
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