2-② 違和感の羅列 視点:三川
《14時31分/スタジオ内》
「さてと。キミたちにこの部屋に来てもらったが。どうだろうか?」
ボクと
「どうだろうかと聞かれても……あれから何もしていないですし」
「ワタシもここに来るのは本当に久しぶり、だから……あぁ、そのソファー以外は違和感ないよ」
美咲さんが指したソファーにはどす黒い痕がこびりついていた。彼女は直接
「
辻霧さんの示した先には無数にあるCDの列だ。あまり意識してみたことがない。
だけどこの間の辻霧さんの話では、どうやらここにあるのは光さんのおじいさんのコレクションかと思ったら実は随所に光さん自身のものも入っていたという。
これに関しては本当に意識してじっくり見れば気づくはずだが、それをしてこなかったからこそ気づけなかった。
「アイツのコレクションもあるってそんな………あれって
美咲さんはあることに気づき声を漏らす。それは聞いたことのあるバンドの名前だった。
「どうした川口氏?」
「あぁ、その……あのCD、確かアイツが持っていたものだった気がして」
美咲さんが示すのがどれかはすぐにわからないが、何か気になるようだ。
「脚立持ってくるよ」
「あぁ
そう言ってボクらに渡したのは白い手袋。指紋をつけないためだとすぐに察しがついた。特に聞くまでもなくボクらはそれをつける。
脚立を持って、美咲さんの近くまで行き、机に接するくらいの近さまで置いた。
「これで届きそう?」
「うん、取れる」
美咲さんは脚立に上り、1枚のCDを取り出した。
「なんだこのテープ?」
「テープ?」
まじまじとCDジャケットを見る美咲さんの姿にボクは首をかしげる。
「いや表面に紫色のテープがあって、あとからつけられたヤツだな……取った方が―――」
「待て川口氏、そのテープは一旦取らないでくれ、何かあるかもしれない」
「あ、あぁ……わかった」
脚立を降りた美咲さんは先ほど手にしたCDを机の上に置く。
表面には確かに後付けした緑色の細いテープが貼られていた。
肝心のCDのタイトルは、5yndrΦmeのEmergency Call というシングルだった。確かこれは比較的新しい時期に出た曲だし、このバンド自身も現在前線に立つ人気者だ。
「やっぱりその5yndrΦmeだったんだね。彼らは光さんの好きなバンドでした。ボクらのサークルの音楽はほとんどを光さんが作曲をしていましたが、彼らの音楽の影響を受けている節があるほど大きな存在です」
もちろんこれに限った話ではないが、光さんの音楽の影響を与えた一役を担っていると言っても過言ではなかった。
「アラタの言うこともそうなんだが、ワタシが気になったのは……」
と言いながら美咲さんはケースを開ける。左に歌詞カード、右にディスクが入っているが、何かしらの文字が書いてあった。
「これはサインか? 日付は2年前の10月7日か」
辻霧さんは手を顎に当ててじっくりとディスクを見ていた。
「…やっぱり」
美咲さんは何かを察したような表情をし、スマホを取り出した。
「2年前、渋谷のCDショップでサイン会をやったんだよ、コイツらの。ヒカリは喜んでよく自慢していた」
それを聞いてハッとする。ボクも今の今まですっかり頭から抜けていた。そう言えばそんなこともあったと気づく。
あの日の光さんはどうしようもないほどの上機嫌で浮足立つが慣用的表現ではなく物理的なニュアンスを含んでいたのではないかと思うほどだった。
「サイン会? ということは、ここにあるのは例のバンドのものというわけか」
「……これ」
美咲さんはスマホの画面を見せる。そこにはエンタメニュースの画面があった。まさに先の説明にあったとおりのことで、件の場所で件の催し物が開催されたという内容だ。
「ふむ、記事にある開催日時と日付もディスクに書かれているものと一致しているな。偽物と言い切るのはふさわしくはないだろう。ちゃんと上の方に『ヒカリちゃんへ』ってあるからなおのことね」
「でもどうして、そんな大切なものをわざわざここに.……?」
いくら彼女の第二の自室と言っても過言ではないこの部屋とは言え、そのCDをここに置く理由が少し不可解だとボクは感じた。
「『曲を聴きたかった』と言いたいが、わざわざサインのあるCDを例えばそこのパソコンに入れるなんて考えるだろうか?」
辻霧さんの指摘は本当にボクの言いたいことをそのまま言ってくれた。それにしても、彼女がこの行動を取ることについては随分と不自然だ。
「光さんはそこまで大雑把な人じゃないです。多分あの人なら、聴く用でもう一枚買うか、もしくは配信サービスを利用して聴くかすると思います。でもそうですね、光さんはそういう細かいところは意識しても大枠は楽を選びたがる性分だから後者だとは思いますが」
ボクが話を終えると、美咲さんはケースをそっと閉じて、ボクに続くように話す。
「それにヒカリは、当時これを『一生の宝物』と言っていた。それをこんな意識してみないとわかんないところに置く理由がわからない。ワタシたちに自慢するためならわかるが、貰った日以降、たまに話題にしていたがそれほどの頻度じゃなかった。あまりにも話さな過ぎてそこの男も気づいていなかったみたいだし」
美咲さんはボクのことをギロッと睨みつけながら、自分が忘れていたことはわかっているぞと圧をかけてきた。
「うぐっ……返す言葉もございません……」
「まぁまぁ。それはそうと、そのCDは少し気になることが多いわね。メッセージ性を感じる。
辻霧さんの提案でボクらは棚からCDを一枚一枚取り出す。余すことなく、見逃すことなく。大体1時間くらいかかったが明確な成果はあった。
先に言うと、さっきのCDのような状態のものが、合計して15枚あった。しかもそれらは横に並べると、一本の線になるようになっていた。
①Take It Over/烙韻
②Oliver’s Collection/T&V Orchestras
③WHAT A FxxK⁉ /SUPER SQUARE
④Alternative/Unisex
⑤Skylark -Best Flying-/戸破
⑥Kick Qua Cool/カルシ生・タンパク 室・ビタ民
⑦ISTANBUL/Bennett
⑧Limit OoooooVER!!!!/無なる5人
⑨Either or Neither/マクスウェル
⑩ELIMINATE in LONDON /ALIEN‘S NOTE
⑪Root F♯/虚数音色証明委員会
⑫Oberon/Kowakuma
⑬Finger of Center/ロンリーローリング理論
⑭PERSONA/ロンリーローリング理論
⑮Orion/ステラオペラ
⑯Lu Lu La/棺 マシロ(cv:伊勢崎 詩帆)&棺 マクロ(cv:雨森 優里恵)
⑰1 know,You know/I am
⑱Conflict/ランプシェード
⑲Emergency Call/ 5yndrΦme
⑳Snoozing Nightmare/ララバイ黒歴史
並べてみると、ずいぶんとオールジャンルだった。
シングルやベストアルバムもあるが、そもそもジャンルとしてみて和洋のロックやヒップホップ、アイドル、アニメソング、ゲームミュージック、同人CD、クラシックオーケストラと本当にまばらだ。むしろ中には「これは本当に光さんの趣味?」と思うものもあった。
そしてこれらのCDは共通して、美咲さんが指摘したテープがついている。しかも、最初に見つけた紫色のテープとは異なり、赤や青、黄色、緑、紫と計5色もあった。①と②が赤、③~⑤が青、⑥~⑪が黄色、⑫と⑬が緑、⑭以降が紫だった。
また、このテープは色ごとに並べると一本の線になるにようになっていて、他の色とのつながりも一致している。つまりはこれを20枚並べると、一本の線ができるというころだ。
「これで全てか、お疲れ様。しかしこのテープはとても作為的に見えるなぁ」
辻霧さんはまじまじとCDジャケットを見渡した。
「なんだか、星座みたい」
「え? あぁ、確かにこの五色のテープが一つになることで〇〇座になるみたいな感じだね」
美咲さんの指摘でハッとする。大がつくほどの星が好きな彼女ならではの考え方なのかもしれない。そう考えると、らしさを感じて腑に落ちる。今目の前にあるこのCDたちは複雑化した北斗七星のようだった。
「星座か。確かに、ふむ、良い視点かもしれないわ。さてと、三川氏、川口氏。悪いがそのCDのテーブを剥がして元の場所に戻してくれないか?」
「え? 随分と早い様子で、いや、いいですけど……辻霧さんは」
「少し考え事をしたくてな。あと、ヤニ切れでね」
手でタバコを吸う仕草をした後に、早々に颯爽と去って行った。なんだか人遣いの荒い探偵に思えるが、もしかしたら何か意図があるのかもしれない。
すっかり美咲さんと二人きりになってしまったが、ボクはそこまで迷いなく進めることにした。
「とりあえず、やろうか」
「あの名探偵さんにも何かしらの意図があるのなら、ね」
そう言ってボクらはテープ剥がしとCDの片づけを協力して終えた。
*****
数分後、辻霧さんは再びスタジオに戻った。
「ふぅ~、いやはやイチから仕事をキミたちに押し付けて悪かったねえ」
少しも悪びれる様子無く降りてきた。
「うんうん、キレイにCDを戻してくれてありが―――」
恐らく、「ありがとう」と言いたかったのだろが、言葉は途絶える。辻霧さんの笑みは一瞬にして真顔に切り替わった。
しばらく棚を見つめると、うんうんと頷きながら眺めていたが途端に辻霧さんは「む?」と言いながら、瞳を少し見開いていたことに気付いた。
「どうしたんですか?」
何かに気づいたのか、はたまた何かボクらはミスをしただろか、そんな不安もどこかあった。
「さっき川口氏は20枚のCDを星座と例えたな。そう思ったらなんだかあそこだけ気になってな」
そう言って指で示していたが何のことかわからなかった。辻霧さんは「三川氏、脚立は?」と尋ねる。
「ちょうど片付けようとしていました、ここに」
ボクは言われるがまま彼女に渡す。
「少し借りよう」
辻霧さんは脚立を手にし、先ほど同様にデスク前に置く。
「一体何があるってんだよ?」
美咲さんは何が何だかわかっていなかった。
「確かここのCDだな。やはり」
棚から一枚のCDを取り出した。中を開き確認した後、何かに気づいたようで頷いていた。すぐにパタンとCDを閉めて、続ける。
「さっきは近くで見ていたから気づかなかった。だが、遠くで見たとき、20枚のCDがどこに置いてあったか想起していたら。そしたらオリオン座が見えたんだ」
「え?」
近くで見てもあまりそうは見えないが。そう見えるのかもしれない。というか……位置を覚えている?
「いや、正確に言うと欠けているがな。オリオン座の真ん中3つの部分のセンターが20枚以外の別のものだった」
そう言って示したのは確かに今まで登場しなかったCDだ。【無間橋/葉庭 幹夫】、おそらく演歌だろうものだ。
「このケースを開いたら以前に見つけたデモCDと同じようなデータの入ったディスクが入っていたんだ。きっと小澤氏の死に何かしら関係しているものに違いない。確かめたいところだが、一旦は持ち帰ろう」
それはとんでもない発見なのではないだろうか。いや、もしそうであるならどうしてそこまで凝りに凝ったこだわった仕掛けを光さんがするのか意図が伝わらない部分もあるが、探偵ならではの目であれば見つけられたのかもしれない。
同時に思うことは本当にそれがデータの入ったCDなのだろうか。ボクらには中身を見せていない分、違和感の残るものだ。
「さて、少し進展したところでお暇としよう。今ここに大きな収穫もついている。これが解決の糸口になればいいがね」
本当に彼女は、何をもって今手にしているCDに根拠があると思っているのかわからなかったが一度乗ることにした。
「川口氏はこの後どうする? アタシはとりあえず事務所に戻るよ」
「ワタシは、これ以上話がなければ帰ります」
「わかった」
「ただ、何かわかったら連絡は頼む」
「言われなくても」
それから美咲さんを駅まで送り、ボクは「ベースを取りに行くついでに、少し時間をくれないか」と辻霧さんに言われ、そのまま彼女の事務所へ向かった。
*****
《18時31分/辻霧探偵事務所》
事務所に着くなり辻霧さんはタバコに火を点け一服する。
「落ち着いたところで話をしようか」
今日ここに来るのは2度目だがさっきも言った通り、ベースの回収がメインではあった。ただ、時間をくれということに対しては何を話すかピンと来ていない。
「さっきはアタシの口車に乗ってくれて助かった。本当にありがとう」
「それはいいんですが、そもそもどういう意図があっての行動だったのですか?」
やはりさっきのあの行動には何か意味があるように見せてそうではなかったということか。
「そうね、まずここがさっきと違うセーフティーな空間であることを踏まえて話したいが、例のスタジオに入ってからずっと視線を感じていたんだ」
「………え?」
視線なんてそんなものあっただろうか、ボクには全く感じなかった。これは彼女特有の勘のようなものか。
「初めてあそこに行った時にはそんなことを感じなかったのだが、さっき行ったときは常に三川氏と川口氏以外の誰かがアタシたちを見ているように感じた。大方、部屋のどこかに監視カメラを仕組んだのだろう。もしそうであれば、探そうと見渡せばせっかく見せた尻尾を取り逃しかねない。だから敢えて触れなかったのさ」
「そういうことだったんですね………じゃあ持ち帰ったCDは?」
「これか? これは、
そう言ってケースを開けると本当に普通のCDでこの前のデモ音源が入っていたものとは違う。
しっかりとタイトルも歌手の名前も印字されたものだった。
「えっと、つまるところ何もないブラフということだったんですね」
「ブラフというよりかは餌と言ったところだろうか」
「餌?」
少し意図がわからず尋ねてしまった。
「アタシがこのCDを見つけた時、少しばかりくさい芝居を打ったが、あれを見てこのCDを狙うかどうかである程度相手を見定められそうな気がしてね」
「えっと……それを狙ってくる敵がいて、正体を掴みたいと?」
「概ね正解だ。しかし、アタシの予想が正しければ誰も襲ってきても、そこまで辿り着けるかは怪しいけどね」
「それはえっと……もしかして、あくまで仮説の段階ですが、ボクたちを監視していた存在は相当に大きな存在だとでも?」
辻霧さんは吹き出すように笑って続ける。
「アタシのあのくさい演技に釣られ、駒を使うか、直々に来るか。それ次第で程度が知れる。寧ろそうなったらいいが。だけどそうはいかないだろうなという見立ても十分にある」
「もし襲ってこない場合はどう考えているんですか?」
「その時はその時だ。ただ敵を掴むヒントはあの部屋にあったさ。そう20枚のテープが貼られたCD、アレがヒントだ」
「そうですか。やっぱりあの20枚にはちゃんと意味があったのですね」
「あぁ。だけど―――」
彼女のため息は煙たい輪郭を象る。急にピタッと時が止まったかのように彼女は黙り、しばらくしてようやく口を開く。
「だけど、そうだったとして。彼女は『どこまで』、『どれだけ』、『どうして』それを知っていたのか、それが引っかって仕方ない」
「え?」
言葉には勢いがあるが、何か不安めいたものを秘めているように感じた。
「三川氏。この先はかなりがつくほどの禁足地だ。下手したらキミだけじゃなく、キミの周りも危険な目に遭うかもしれない」
「………そしたらどうすれば? この件から手を引けと?」
「そういうことではない。むしろ、ここで手を引いたら彼女の想いが無に帰すだけだ。ただ具体的な指示をすぐにできないが、まず言えることは、全てが終わったら全てを話すことを約束する。あとは、いや一つお願いしたいな。スタジオの鍵を預かりたい。できれば川口氏が持っているものも併せてね」
「そこまで言うってことは……なるほど、この件って思ったより厄介なことになりましたか?」
ボクは了承の意味で辻霧さんに鍵を渡す。近いうちに借りるような話をしていたが、随分と早いなと思ってしまった。
「厄介、ねぇ。総合的観点ではその言葉が相応しい。だけど、逆転の一手でもある。いよいよますます、小澤氏は自殺ではないと思えてきたのだからね」
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