2-① 奏でる音の裏側 視点:三川
《6月3日/辻霧探偵事務所》
ボクは貯めに貯めた有休を使い、
「やぁ、
「そんなに大した距離じゃないですよ。それで話というのは―――」
「まぁまぁ、そんなことよりウェルカムドリンクだ。とはいっても、この前と同じところのコーヒーだがな」
「ハハッ……そうですね、折角なのでいただきます」
少し焦っているボクを思ってか、机の上には湯気の立つコーヒーが置かれていた。バツの悪いような思いの中で荷物を一旦置き、辻霧さんの出したコーヒーを飲む。本当に美味しい。確か御徒町のお店にあると聞いたが時間があったらそのお店に伺いたいものだと思った。
「それで話というのは………えっと、この前の現場で見つけたCDでしたね?」
先日、
辻霧さんは現場で見つけたデモCDを手にして続ける。
「このCDだが、中身を見ると2つのデータが入っていた。一つは音楽ファイル、そしてもう一つがこれだ」
そう言って辻霧さんは数枚の紙を渡す。受け取ったあとに中身を見るとスコアノートだった。見たことない音符の羅列だからもしかしたらDemoと書かれている分、新曲の楽譜なのかもしれない。ただタイトルは空白だった。
「アタシは音楽知識に疎いもので、たま~たまツテがあったからそこに尋ねてみたんだ。例の現場にあったCDについて、何か見解があればいいのだけどと思ってある人物にその音楽ファイルと楽譜を渡して意見を貰ってみようと思ったんだ。」
「は、はぁ……」
確かに専門家からの意見というのも大事なのかもしれない。
「三川氏は
辻霧さんは指で空に文字を綴理ながらその名前を呼ぶがあまりにもビッグネームにボクはコーヒーを吹きそうになる。
「え、えぇ⁉」
もちろん存じている人だった。
元は【トリビュート】というバンドでギターを務め、作曲も彼が中心だった。バンド解散後は、【ジョーカーメイト】という事務所で、音楽プロデューサーに転身し、多くの若手アーティストを世に輩出する敏腕の名としても有名だ。
最近は音楽バラエティーで、曲の解説をするなどメディアへの露出も多い。
どうして辻霧さんはそんな人と知り合いなのか……。
「そうか、だいぶ有名な様子だね。なら彼の説明は省くとして、情報提供後に彼から連絡が来てその時のオンライン通話を録音・録画しておいたわ」
そう言って彼女はスマホをテーブルに置いた。動画ファイルで今は静止しているが、間違いないくその顔に心当たりがあった。
「じゃあ、再生するよ」
辻霧さんは再生ボタンを押す。
『それじゃあこっから録画するからよろしくね、
『あいよ~、と言ってもさっき姐さんに言ったことと大きく変わらんがね?』
『構わないよ。アタシの言葉じゃ、三川氏たちを困らせかねないからね』
『そういうことなら………この動画を見ている、え~っと、三川くんおよびSANZくんかな? 俺はジョーカーメイトの音楽プロデューサー、紫雲
『だが、キミが聴いた時には少し違和感があったと気づいたんだね?』
『こればかりはSANSくんにしか伝わらないから弾いてみてほしい。Rayさんの作る曲には明確にテーマ性のあるコード進行を意識した音作りを忘れていない。悪く聞こえてしまうが教料書通りと言ってもいい。その中からキミたちらしさを出すためにいろいろな遊びを入れているのは俺の目からも伝わってきた。だけどこのデモは不自然なんだ。具体的にどうこう言うとキリがないから是非とも君のペースで確かめてほしい、もし気づけたら君は……あぁ、これは今度話そう』
そこで動画は終わった。
「とのことだ」
「とのことだって……あぁでも、そのためにこれを持ってこいと言ったのですね」
そういって僕が出したのはベースケースだった。今日は来る前にこれを持って来いと言われたため、近所とはいえ移動も一苦労だった。
「ここって防音とか大丈夫なんですか? 一応住宅街ですが」
「真っ昼間だ、少しくらいいいだろう」
「それだったら、少し読み込んでからでいいですか?」
少しスコアボードを読んでから、ボクは重い気持ちになりながら重いベースを持つ。弾くのは本当に光さんが亡くなる少し前以来だ。
「キミのベースが鍵になるとあの男は言っている。あそこまで力説するには何かしらの意図がある」
「そうだと思います。よし、いける」
弾くイメージをおおむね固めたところで初見曲だから多少の失敗は含まれるだろう。ボクは足踏みでリズムを取りながら弾き始めた。
*****
一通り弾き終わった。しかし……本当に違和感があるとは思わなかった。
「どうだった三川氏? 違和感はあったかい?」
「確かに…違和感がありました」
「どういうものかって私でも理解できそうか?」
「そうですね………例えばですが」
ボクはスコアボードにあった4音のうち、最後をあえて自分らしくチョイスした音で奏でる。
「だいたいの曲ってこういう感じで進行するのが、一般なんです」
「ふむふむ」
「だけどさっきのフレーズだとスコアボードにしたがうと………」
改めて弾いたのはスコアボード通りの音。やはり何度弾いても気持ち悪くそこにあって鳥肌が立ちそうになる。だけど、この音を一連のものとしてみると決して邪魔でもない。ただフレーズとて見ると違和感になる。
「確かにそういう音の感じだったわね。なるほど、三川氏が最初に弾いたのと、さっき弾いたのとで比較すると、確かに後者は少し違和感がある。なんとなく、伝わるよ。だけど一通り聴いたときはそんなことを思いもしなかったがね」
「辻霧さん、ペンはありますか?」
「ペン? これでいいか?」
辻霧さんは応接テーブルから少し離れた自席から黒のボールペンを取り出し、「これでいいか?」と尋ねる。ボクは「大丈夫です」と受け取る。
「違和感のある音ですが、計4ヶ所ありました。譜面だと順番にCm、Faug、A7、DM7でした」
ボクはそばにあったペンを取り、違和感のあった箇所に丸をつけながら話す。
「一見すると法則性が見えないな」
「それはその通りです。何か意味でもあるのでしょうか」
「どうだろうね。だけど念頭に置いてもいいのかもしれない。どういうわけかYuK4R1氏はキミの才能を買っているみたいで、『キミが気付くべきだ』と言い切っていたよ」
ボクのことを高く買っているように感じるが本当だろうか。少し眉唾に感じる。
「じゃあこの違和感のあるコード、とこかにメモした方が?」
「いや、その必要はない」
「え?」
食い気味に提案を断手気になってしまった。
「アタシ、記憶力が良くてね。もうしばらくは覚え続けれるよ」
「……そう言えば随分とボクの素性を諳んじて言えましたよね? あの場にカンペみたいなメモも見当たらなかったような」
「おや、随分と目ざといわね。その通りよ」
辻霧さんはウィンクをして得意げな顔をしたが、案外それを信じても良いのかもしれないと思った。
「まぁそれはさておきだ。そろそろ
「あぁ、そうですね。えっと、待ち合わせ場所はスタジオ前でしたね」
「えぇ、コーヒーを飲んだら向かいましょう」
しばらくコーヒーを飲む時間を設け、遅れない範囲で僕らは再び、スタジオを目指すことにした。
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