第2話:婚約破棄と言われても、最初から婚約なんてしていません。
20××年4月15日:財閥系総合食品メーカー本社ビル・史料編纂室
:幸徳井友子視点
「お前との婚約は破棄だ!」
出社時間からしばらくして、何の予告も無く専務が史料編纂室に現れた。
品のない若い女の肩を抱いた専務、馬鹿息子が上から目線で言う。
何を言っているのか全く分からない。
馬鹿息子の専務と婚約をした覚えなんてないのだけれど?
「ほぉ~ほっほっほっほ!
いいざまね、私の方が魅力的なのよ、お姉さま!」
どこかで見た顔だと思ったら、あの、性根の腐ったヒモ男の連れ子だった。
私的には認めていないけれど、戸籍上は義妹になる聖子だった。
確か19歳になっていたはずだから、年齢的には結婚できる。
だけど、あの会長一族が女性を真っ当に扱うとは思えない。
今の会長は、創業者の父親や後継者の兄を陥れて会社を乗っ取った卑怯者だ。
私に嫌がらせする為だけに、聖子を口説いたのだと思う。
「何を馬鹿な事を言っておられるのですか?
大企業の専務ともあろう人が、白昼夢でも見られているのですか?
専務と婚約をした覚えは全くありません。
専務が私の家に結納を持ってこられた事がありましたか?
私が専務の実家を、お訪ねした事がありましたか?
責任のある立場なのですから、精密検査を受ける事をお勧めいたします」
「生意気な、平社員の分際で口答えするな!
私の指示に従わないような奴は雇っていられない!
首だ、解雇だ、今直ぐ出て行け!」
「日本では、不当解雇は認められていません。
まして愛人なれなんて命令は許されません!
韓国では好き勝手できたかもしれませんが、日本では犯罪です」
「室長、こいつを叩き出せ!」
「専務、ここは穏便に行きましょう。
幸徳井君の言う通り、日本で不当解雇は認められていないのです」
「やかましい、俺様にできない事はない。
日本の裁判所で認めらないのなら、韓国で訴訟を起こせばいい。
家の力を使えば、韓国の裁判官くらい幾らでも買収できる。
いや、日本の裁判官だって買収できる、さっさと叩き出せ!」
「専務、いけません、幸徳井君が会話を録音しています!」
「なんだと?!」
「私を取り押さえてスマホを取り上げても無駄ですよ。
全部オンラインで弁護士さんのサーバーに記録されています。
一定時間内に私からの連絡がないと、マスコミ各社に証拠が届きます」
「ぐぅがあああああ、かまわん、俺様が握り潰す、この女を叩き出せ!」
「室長、本当に良いのですか?
韓国籍を持っている専務は、国外逃亡できるかもしれませんが、室長はどこにも逃げられないのではありませんか?」
「専務、ここは社長と会長に相談されてください。
それでなくても、我が社は何かと注目されているのです。
万が一実刑になるような事があれば、会長も社長も専務もただではすみません。
前社長が実権を取り戻そうとするかもしれません」
「なんだと?!
あんな無能な奴に何ができると言うのだ!」
「専務は無能と言われますが、前社長は株の30%を保有されています。
会長と社長と専務が逮捕されたら、役員の方々がどう動くか分かりません」
「ちっ、不愉快だ、私は帰る」
馬鹿息子はそう言うと、聖子の肩を抱いたまま史料編纂室を出て行った。
太鼓持ちの男性秘書が、ドアの開け閉めまでやっているのにはあきれ返る。
同時に、セバス達が対応策を考えてくれていて良かったと、心から思う。
不当解雇を言い渡された時の反論も考えてくれていたから、練習していた。
不意討ちで解雇を言い渡されていたら、こんなに上手く言い返せなかった。
私は馬鹿息子と言っているけれど、実際には息子ではなく会長の孫だ。
孫は目に入れてもいたくないと言うけれど、本当に甘やかしすぎている。
実の父親と兄を陥れた会長とは思ない極甘だ。
「幸徳井君、しばらく自宅待機していなさい。
どのような結果になっても私は君の味方だ、安心しなさい」
言動が全て記録され、裁判の証拠にされると知った室長が保身に走っている。
これまでの、1年半もの言動が記録されているので、今更どうにもならない。
むしろ証拠になると知って態度を変えたのが悪印象になると思う。
「自宅待機という事は、出勤扱いになるのですね?
無断欠勤や有給休暇扱いにしないのですね」
「ああ、出勤扱いにする。
専務が解雇を撤回しなかった時は、ちゃんと通告する」
「言っておられる事は理解しましたが、信用できません。
今日の事を弁護士に報告して、見解を聞いてから返事させてもらいます」
私はそう言うと、常時起動させているスマホのイヤホンを耳の装着した。
⁅弁護士の佐々先生と繋がっています。
スピーカー機能にして室長に脅しをかけて下さい⁆
セバスが私を守るために色々やってくれていた。
「室長、顧問弁護士の佐々先生が、確認したい事があると言ってくれています」
室長がゴクリとつばを飲み込んで、一拍遅れて返事をした。
「分かりました、話を聞かせていただきましょう」
「佐々弁護士事務所の佐々昭一と申します。
これまでの事、幸徳井友子さんが史料編纂室に移動させられた1年半前からの事は、全部映像と音声で記録させていただいています。
今日の繁光信之専務と室長の会話もです。
裁判に向けて、幸徳井友子さんには出勤扱いで自宅待機させていただく。
これで間違いありませんね?」
「間違いありません、私からも専務に諫言させていただきます。
ただ、ずっと見聞きしておられるなら判ってくださると思いますが……」
「分かっています、室長も会社員ですから、オーナー一族の専務に逆らえない事はお察ししますが、それでも許されない事は数多くあります。
今日の事はともかく、これまでの事は全て実刑は避けられません。
その心算で、身辺の整理をされる事をお勧めします。
少しでも罪を軽くして、執行猶予を勝ち取りたいのなら、これ以上悪事に加担しない事、特に偽証をしない事です」
「……分かりました」
「佐々先生、急にすみませんでした」
「大丈夫ですよ、これが私の仕事です。
それに、こんな確実に勝てる案件なら喜んで依頼を受けますよ。
裁判にするのか示談にするのかは、家に戻ってから相談しましょう」
「はい、ありがとうございます。
室長、今から自宅待機させていただきますが、定期的に配信しますか?」
勤務時間中、ちゃんと自宅にいる事をライブ配信すべきか確認した。
「いや、いい、無理に連絡してくれなくてもいい」
室長から言質を取ってから自宅に戻る事にした。
馬鹿息子が何をするか分からないから、しばらくは自宅から一歩も出なように、佐々先生はもちろんAIアシスタンたちからも助言された。
後をつけられるようになって、セキュリティーの万全なマンションに引っ越した。
祖父母の家は、不動産会社に頼んで貸し出してもらっている。
マンションに籠城できるだけの食材を買い込んで家に帰った。
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