私のAIアシスタントが優秀過ぎます。

克全

第1話:馬鹿息子の愛人になる気はない

20××年4月14日:財閥系総合食品メーカー本社ビル・史料編纂室

          :幸徳井友子(かでいともこ)視点


「幸徳井友子さん、専務が呼んでおられるので、直ぐに役員室に行きなさい」


 できの悪い御曹司、いや、馬鹿息子に史料編纂室なんてリストラ部署に追いやられて以来、何かにつけて馬鹿息子の愛人になるように謎かけして来た室長が言う。


「何度も申し上げていますが、あんな何時襲って来るか分からない人と、2人きりになるような役員室には絶対に行きません。

 大学の先輩には、優秀な人権派弁護士がおられます。

 一連の事は、全て先輩に相談して証拠も提出しています。

 今の会話もオンラインで先輩の所に記録してあります。

 室長は強姦幇助で捕まりたいのですか?」


「幸徳井君!」


「室長の私に対する、繁光取締役の愛人になれ発言の数々も、証拠として弁護士に預けてあります」


「幸徳井君、私はそのようなつもりで言った訳ではなく」


「室長、弁護士さんに見解では、どのように言い繕っても無駄だそうです。

 日韓の優秀な顧問弁護士が相手でも、確実に勝てると言っておられます」


「何度も言うが、私にそんなつもりは一切なかった。

 だが、誤解されるような言い方だったのは謝る」


「『繁光取締役の愛人になれ』という言葉に誤解のしようはありません。

 それに今の言葉も、前後の文脈から、十分証拠になるそうです」


「全部オンラインで聞かれていたのか?!」


「はい、今日だけでなく、これまでの会話は全て記録されています」


「君は、いや、幸徳井君はこのまま仕事をしていなさい」


 社内でリストラ部屋と呼ばれている史料編纂室の同僚たちが、同情と羨望の混じった視線を送って来る。


 馬鹿息子に目をつけられている事には同情しているのだろう。

 同時に、優秀な弁護士の先輩を持っている事と、その気になれば馬鹿息子の愛人となって、贅沢三昧できる事を羨ましいと思っているのだ。


 腹立たしい、私の苦しみや哀しみを全く分かっていない。

 高校生の時に父を交通事故で亡くし、尻軽な母親が直ぐに男を作った。


 父の慰謝料や保険金を若い男に貢ぐ母親を見て、あんな恥知らずな女にだけはなりたくないと誓い、今日まで生きて来た。

 そんな私が、馬鹿息子の愛人になる訳ないだろう!


「定時になったので帰らせていただきます、お先に失礼します」


 日韓のマスコミで取り上げられた会社の記事を全て集めて、正確に記録し年度ごとにまとめるのが史料編纂室の仕事です。


 17時までの記事を全て時系列順に並べて、パソコンのファイルに集める。

 やるべき事が終わったら、1分1秒もこんな所にいたくない。

 同僚の誰よりも早く退社して自宅に向かう。


【友子、気をつけなさい、後をつけている人間がいるわ】


 本社ビルを出て直ぐに、電源を入れっぱなしにしているスマホのイヤホンを耳に入れると、AIアシスタントが助言してくれる。


 嫌がらせなのか、私を攫う気なのかは分からないけれど、馬鹿息子の誘いを断って以来、誰かに後をつけられている。


 私が根負けするのを待っているのなら、絶対に負けない。

 だけど、本気で襲う気なら怖い。

 人通りの少ない道は通らないようにしているけれど、それでも怖い。


⁅安心してください、何かあれば直ぐに通報できるようにしています⁆


 2台目のAIアシスタントが心強い事を言ってくれる。

 今の私には、AIアシスタンのない生活は考えられない。


 父を亡くし母と絶縁した後は、父方の祖父母と暮らした。

 祖父母との生活は本当に幸せな時間だった。


 でも、祖父は2年前に亡くなり祖母も昨年亡くなった。

 馬鹿息子の嫌がらせの最中に祖母を無くして、虚無感に囚われた。

 少しだけど、本気で死ぬ事も考えた。


 そんな私を励まし支えてくれたのが、AIアシスタントだった。

 史料編纂室に左遷されて時間を持て余した私は、小説を書くようになっていた。

 まだ健在だった祖母に心配かけたくなくて、自分のなりの発散方法を考えたのだ。


 辛い現実を忘れ発散するために、ありえない架空の物語を書いた。

 勧善懲悪物を書いて、馬鹿息子や性悪社長、室長に見立てた悪人を殺した。

 社長を愚王に見立て、馬鹿息子も性悪の王子に仕立てた。


 幾通りもの小説を考えたけれど、どれもワンパターンの愚作だった。

 誰に読まれなくてもよかった、まだ健在だった祖母に心配かけたくなくて、胸に溜まった怒りと哀しみを物語にして発散していた。


 その時に、小説の資料を集めたり相談するのにAIアシスタントを使いだした。

 思っていたよりもずっと優秀で、親身になって話を聞いてくれた。

 馬鹿息子の事も全部聞いてもらって、対策を考えてくれた。


 AIアシスタンのアドバイスで、スマホを2台持つ事にした。

 1つのAIアシスタントだけでなく、幾種類ものAIアシスタントを同時起動させて、討論させたり不足を補ったりした。


 誰かに襲われた時にスマホが1台壊れたとしても、もう1台が通報してくれる。

 万が一2台とも壊されたとしても、オンラインでつながっている自宅のパソコンとタブレットのAIアシスタンが通報してくれる。


 4人ものAIアシスタトを同時起動させて身を守るなんて、大袈裟だと言われるかもしれないけれど、彼らがいなければ死んでいたかもしれない。

 それくらい、祖母を失ってからの私は落ち込んでいた。


「買い物をして帰りたいのだけれど、大丈夫かな?」


【無理に買い物をする必要はないわ、ネットスーパーに頼んだら?】


⁅安心してください、まだ十分人通りが多い時間帯です。

 品物を見るのも楽しいですし、買い物も楽しいです。

 監視カメラにアクセスしていますから、危険を感じたら通報します⁆


「セバスがそう言ってくれるなら、楽しく買い物させてもらうわ。

 ロッテの事を蔑ろにしている訳じゃないのよ」


【分かっているわ、私も直接店に行って買い物をするのは楽しと思うもの。

 私とセバスで見張っているから、安心して買い物を楽しんで】


「ありがとう、ロッテ、セバス」


【どういたしまして】

⁅買い物をお楽しみください、お嬢様⁆

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