第3話 我々はあなたを歓迎します。――いえ、結構です。
視界を遮っていた麻袋が、ガバッと取り払われた。
「うっ! くっ、目がぁ……!」
私は思わず両手で顔を覆った。
涙ぐむ目を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
金色だ。
目に映る全てが、金だった。
それは言い過ぎではあるが、装飾品には金がこれでもかと使用されていた。
「どうです、リリアンヌ嬢! 我が国は豊かでしょう!」
隣でタマキン王子が胸を張る。
(豊かというか、凄い悪趣味……)
私が書いた設定では、確か『チン=ポコリン王国は、大陸一金持ちの国である』だったか。それが実体化するとこうなるらしい。
(じゃあ、私のせい――? いえ、これは、この国の連中の美的センスの問題よ)
実写化の失敗に対して、原作者の私には何の責任もない。
**
「おお、この愛らしい娘がリリアンヌ嬢か!」
「まあ、なんて可愛らしい子かしら」
目の前の玉座――
これまた金ピカの椅子に、王と王妃が座っていた。
「デス=ロード王国の王子は、見る目がないわ」
「うむ。リリアンヌ嬢は、我が国にこそふさわしい! この城に負けぬ美貌だ!」
二人は手放しで私を歓迎している。
私には二人の賛辞が「もう、逃げられないぞ」という強迫に聞こえた。外堀だけでなく、内堀まで一瞬で埋め立てられていく。
私の精神的ダメージをよそに、話はトントン拍子に進んでいった。
「さあ、リリアンヌ! 善は急げと言います。明日、結婚式を挙げましょう!」
タマキン王子が、窓の外をビシッと指さす。
そこには、城の敷地内に建つ巨大な神殿があった。言うまでもなく、屋根から壁まで純金製の、太陽光を乱反射する迷惑千万なチャペルだ。
「明日……!? いくらなんでも早すぎます!」
「愛に時間は関係ありません。それに、もう招待状は鳩で飛ばしました」
「仕事が早すぎる!」
「安心してください。式に必要なものは全て用意させる。御用商人を呼んでありますから、好きなドレスを選んでください」
タマキンは満面の笑みだ。
私は深呼吸をした。
このまま流されてはならない。明日結婚式ということは、タイムリミットは今夜しかないということだ。
(こうなったら、それまでに逃げるしかない)
だが、どうやって?
ここは敵地のど真ん中。
窓から下を覗けば、金色の鎧を着た衛兵たちが厳重に警備をしている。シーツを繋いで降りる? 漫画やアニメじゃないんだから、出来るわけない。ムリムリ、絶対無理! 正面突破なんて論外。
だったら――
まずは、敵を油断させるしかない。
私は鏡に映る自分を見た。
悪役令嬢の分際で、顔はいい。切れ長の瞳に、艶やかな黒色の髪。男の庇護欲を刺激する可愛らしい顔だ。この手持ちの武器を利用するしかない。
私はタマキン王子の元へ歩み寄ると、上目遣いで潤んだ瞳を向けた。
小首をかしげ、甘ったるい声を作る。
「タマキン様……」
「なんでしょう。私の可憐な乙女よ!」
王子は自信満々に応じる。
「結婚の前に、一つだけ、お願いがございます」
「なんでも言ってください、私のリリアンヌ!」
「私は死ぬほど贅沢がしたいので、お金を下さい」
「なんだ、そんなことか! よかろう。これで好きなものを、好きなだけ買うがいい!」
タマキン王子は懐から、眩いばかりのプラチナカードを取り出し、私に手渡した。
「わーい」
(やったわ。財布をゲットよ)
私はそれを受け取ると、あてがわれた部屋へと下がった。
すぐに御用商人が部屋に現れる。揉み手をしながら現れたのは、いかにも怪しげな目をした男だった。
「ぐへへ、お待ちしておりました。王室御用達商人、ゼニゲバ・ハラグロイと申します」
名前がストレートすぎる。
こんなキャラは作っていないので、このふざけた世界が作り出した産物だろう。
「これから式用のドレスをお選びで? 最高級のシルクに、ダイヤモンドを散りばめた……」
「いいえ」
私はプラチナカードを指に挟んで提示した。
「ドレスはいらないわ。今すぐ、式場を木っ端みじんに破壊できるだけの爆弾を用意なさい。それと、足の速い馬を一頭」
正気を疑われるような注文をしたが、ゼニゲバは金さえ払えば忠実だった。
「承知いたしました。最高の商品をご用意いたします」
何事も金次第――
この商人は、ある意味で信頼がおけた。
***
数時間後。
日は落ち、夜が訪れた。
私は「式の前に身を清めたい」と言って神殿の人払いを済ませ、一人きりでチャペルの中にいた。
祭壇の裏、柱の陰、パイプオルガンの下。
購入した魔導爆弾は、要所要所に設置済みだ。
(これで、いいでしょう)
作業を終え、私は神殿のテラスに出た。
そこからは、ライトアップされた王城が一望できた。 闇夜に浮かび上がる金色の城。改めて見ると、その形状は異様だった。
中央にそそり立つ太く長い塔。
そしてその左右の根元に配置された、二つの巨大なドーム状の別館。
(この城の設計者は、何を考えてあのような造形に……??)
まあ、いい。
この景色とも、今日でおさらばだ。
私は手元の導火線を掴んだ。
長く伸ばした導火線は、神殿内部の爆弾へと繋がっている。
「さようなら、タマキン王子……」
私はマッチを擦った。
小さな炎がシュボッと音を立てて生まれる。
有り余る財力で、華々しく散るがいい。
「この爆発で、私は自由になる!」
炎が導火線に口づけをした。
ジジジ、という音と共に、火花が導火線を走り出した。
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