第2話 王子襲来――原作の強制力からは逃げられない

 王宮メイドとしての日々が始まった。

 貴族の教養しか持ち合わせていなかった私だが、元来の真面目さと、何より「チン=ポコリン王国行きを回避できた」という強烈な安堵感が、私の労働意欲をブーストさせていた。


「リリー、このシーツもお願いできる?」

「はい、お任せください」


 掃除、洗濯、料理の下ごしらえ。

 最初は失敗も多かったが、まじめに仕事をするうちに、私はすべての業務を難なくこなせるようになる。


「元公爵令嬢なのに偉いわねえ」

「高飛車な方かと思ってたけど、働き者じゃない」


 メイド仲間からの評判も上々だ。すっかり職場に馴染んでいる。

 このまま王宮の片隅で、名もなきモブメイドとして一生を終える。


 最高じゃないか。



 **


 そんなある晴れた日の午後。

 私が中庭で大量のシーツを干していた時のことだ。


 ヒヒィィィーン!!


 けたたましい馬のいななきが空気を裂いた。

 一人の男が馬に乗ったまま、花壇を飛び越えて中庭に侵入してきたのだ。


(王宮の警備はどうなっているのかしら?)


 その男は、太陽の光を反射して輝く金髪に、やたらとキラキラした青い瞳。

 そして、目が痛くなるほど豪華絢爛な衣装を身につけていた。


(うわあ……突然、変なキャラが出てきたわ)


 私は洗濯バサミを持ったまま固まった。

 男は馬から華麗に飛び降りると、純白の歯を見せて爽やかに笑った。シーツの間にいた私を見つけ、太陽のような笑顔で叫ぶ。


「リリアンヌ嬢! やっとお会いできた!」


 私は、持っていた洗濯カゴをドサリと落とした。

 突然現れた不審者が、私の名前を言い当てたからだ。


(えっ? 何こいつ……私のストーカー?)


「我が名はタマキン! タマキン・チン=ポコリン! チン=ポコリン王国の第一王子です! あなたを迎えに来ました!」


(は……? 王子?? こいつが……、ええ~~~~っ!!!!)


 私は心の中で絶叫した。


 なんでメイドになってる私の居場所が、ピンポイントでバレてるの?

 ていうか、なんでこのデス=ロード王国にいるのよ?

 

「人違いです! 私はリリーというただのメイドです!」


 私は即座に踵を返し、干してあるシーツの迷路へと逃げ込んだ。


「待ってください、リリアンヌ! あなたが理不尽に罰を受け、メイドとして虐げられていると聞きました!」


 タマキン王子は馬を放置し、シーツをかき分けて追いかけてくる。


「虐げられてない! 誰よ、そのガセネタ流したの! ていうか追ってくるな!」 「遠慮なさらなくていいのです! さあ、我が胸へ!」


 王宮の中庭で、元悪役令嬢(現メイド)と、名前が残念なイケメン王子による、世にもシュールな追いかけっこが始まった。



 **


 私は必死に走った。

 シーツの下をくぐり、噴水の周りを回り、植え込みを飛び越える。


 だが、相手が悪かった。

 タマキン王子は、作者(私)の設定により、無駄にハイスペックな身体能力を持っている。私は物置小屋に隠れようとしたところを、あっけなくタマキン王子に回り込まれた。


「……捕まえましたよ」

「ひっ」


 彼は私の手首をガシッと掴んだ。

 至近距離で見ると、無駄に顔が良いのが腹立たしい。


「こんなに怯えて……、よほど辛い目に遭ってきたのですね……可哀想に……」 「違う、あんたから逃げてたのよ!」


「さあ、我が国へ参りましょう! 私が必ずあなたを幸せにします!」

「結構です! 行きたくありません! ここが私の職場なんです!」


 私の抵抗もむなしく、タマキン王子に捕獲される。


(くそ、逃げれない!)


 タマキンは物置小屋から何かを取り出した。


 麻袋だ。

 ジャガイモとかを入れる、あの茶色くてゴワゴワした麻袋だ。


「離してっ! 誘拐よー!」

「暴れると危ないですよ」


 視界が暗転した。

 タマキンは私の頭から無造作に麻袋をかぶせたのだ。


「むぐっ!? な、なにすんのよ!」

「安心してください、すぐに国へ着きますから」


 身体が宙に浮く感覚。

 私は荷物として、彼の強靭な肩に担ぎ上げられた。


(扱いが雑! 私、ヒロインのはずでは!?)


 王子様がお姫様を助けるとき普通は「お姫様抱っこ」だろう。

 なぜ「出荷スタイル」なのか。


「では、参りましょう。愛しい私の花嫁!」


 タマキン王子は私を担いだまま馬に飛び乗った。

 上下に揺れる振動。

 馬の蹄の音。


 私は麻袋の中で暴れたが、彼の腕は万力のように私を固定していた。


「いやあああ! 降ろしてえええ!」


 私の叫びは麻袋に吸われ、虚しく響くだけだった。

 こうしてリリアンヌ・フォン・シュタインは――白昼堂々、麻袋詰めでチン=ポコリン王国へと拉致された。


 唐突に現れた「原作の強制力」が、私を本来のシナリオに連れ戻したのである。

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