第五話 下校
ある日、いつものように美術室の
施錠をして鍵を職員室に返す。
靴を履いて外に出ると、三枝君がいる。
いつもは私よりも先に帰っているため、
帰りに彼を見ることは、なかなかない。
友達でも待っているだろうか。
私は会話をすることなく横を通ろうとする。
「村山先輩。」
声を掛けられ、足を止める。
「どうしたの?三枝君。」
私は淡々と返す。
「途中まで一緒に帰りませんか。」
そんなことを三枝君から提案してくれるとは。
「もちろん。」
と言って、私は歩き出す。
三枝君もそれに合わせて歩き始める。
歩きながら三枝君が私に質問する。
「村山先輩は、いつから絵を描き始めましたか?」
私は答える。
「本格的に始めたのは高校生に入ってからかな。
中学の時は、別の部活に入ってて。
三枝君は?」
「僕は中学一年生からです。
中学校に入学して、美術部に入って
そこから始めました。」
「そうなんだ。そういえば、
なんで私と一緒に帰ろうと思ったの?」
私はふと気になって尋ねる。
「そうでした。
今度の休日に、僕の家の近くの美術館で
展示会をやるみたいなのですが、
祖父から二枚チケットをもらって。
一枚余っているので、先輩もどうかなと思って、
それをお聞きしようと思って。」
「いつあるの?」
「ゴールデンウィークの最終日です。」
私はよく一人で展示会に見に行く。
ゴールデンウィークは特に用事がなくて空いている。
それに、ずいぶん長い間、少なくとも半年は
友達とかと一緒に出かけるということしていない。
「行く。私もチケット欲しい。」
「わかりました。チケット今もってないので、
当日渡しますね。」
と三枝君は言う。
「詳細を送りたいので連絡先交換しませんか?
部活のことでなにかあったときにも、
すぐやり取りできますし。」
特に断ること理由がなかったので承諾する。
「もちろん、いいよ。」
スマホを取り出して、連絡先を交換する。
その後、挨拶をしてそれぞれの帰り道を歩く。
正直、今まで三枝君とこんな風に話をしたことがなかった。
こうやって話をしてみると、
三枝君はやはりいい子なのかもしれない。
私が勝手に遠い存在と思っていただけで、
三枝君は私のことを先輩と思ってくれているのかもしれない。
今回、三枝君が私にこうやって声をかけてくれて、
少し三枝君に対して、印象が肯定的になった。
三枝君は中学一年生のときから絵を描き始めて、
私は高校一年生から絵を描き始めている。
技術に差があって当然だ。
けれど、それが何だ。
私と三枝君は、同じ美術部の部員。
絵が好きな者同士。
これからは三枝君と話したい。
私は、三枝君のことをもっと知ろうと思う。
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