第四話 対比

三枝君が入部してから一週間が経つ。

仲良くなった、とか

美術部の雰囲気が明るくなった、

などということはない。

それぞれ自分の絵を描くことに集中していて、

部活中に話すようなことはしなかった。

せいぜい挨拶を交わすくらいだ。

まさに必要最低限って感じ。

自分からアドバイスをすることもない。

むしろ、アドバイスできない、

と表現した方が正しいだろう。

というのも、ある時、

私は一度だけ三枝君の絵を見た。

その時、一目見て分かった。

三枝君は私よりも格段に絵がうまい。

私の平坦なのっぺりとした絵とは違い、

三枝君は繊細さと壮大さを見事に兼ね合わせた

説得力のある絵を描く。

そのこともあって私は、

三枝君と話すことをためらっていた。


昼休み、教室で昼食を食べていると

顧問の先生に呼ばれる。


「村山。これ、部費の集金袋。

 三枝にも渡しておいてくれ。」


といって封筒を二枚、私に渡す。

美術部の部員は毎学期、

部費を払うことになっている。

その集金の大体は

美術室の画材購入に使われるらしい。

業務連絡程度なら、

私でもなんとか三枝君と話せる。

そういえば、三枝君のクラスがどこか聞いていなかった。

封筒を見ると、『二年五組』と書いてある。


私は二年五組の教室に向かった。

教室をのぞいて、三枝君を探す。

少し見渡してようやく見つける。

男子数名に囲まれて、楽しそうに話をしている。

私の中では、おとなしくひとりで過ごしている

イメージだったのでそのギャップに少し驚く。

私に対しては気を遣ってくれていたのかもしれない。

話しかけれそうになかった野江、

クラスの人にお願いして、呼んでもらう。

三枝君がこちらにやってくる。


「どうかしましたか?村山先輩。」


私は説明する。


「三枝君。これ、部費の集金袋ね。

 ここに書いてある分お金入れて、

 顧問の谷岡先生に渡してね。」


三枝君は礼を言い、

またさっきの場所に戻って

再び楽しそうに話す。

なんとも切り替えが上手だ。


三枝君は私よりも絵がうまい。

それに加えて、私よりも人付き合いがうまい。

これらは私を落胆させるのには充分であった。

最初のころ、私は絵を描く者同士として

三枝君に親近感を抱いていた。

けれども、私と三枝君は対照的で、実際には

三枝君は私よりの何段か上のステージに立っている。

私と三枝君は住んでいる世界が

違うのではないかとまでも思う。


そんなことを思ってしまって、

最近は、部活中は絵を描くときに

集中力があまり続かなくなってしまっていた。

また、家で描くこともあまりしなくなっていた。




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