第3話「契約の代償」

「私の『伴侶』としてふさわしく育て上げてやる」


ドミナの言葉が、死んだように静まり返った玉座の間に響き渡る。  

数秒の沈黙の後、我に返った国王アルノーが玉座から転げ落ちるように立ち上がった。


「ば、伴侶だと!? ふざけるな! 娘はまだ幼い! ましてや魔女の伴侶など!」


大臣たちも一斉に騒ぎ立てる。


「そ、そうだ! 恐れ多くも王女を人質に取る気か!」

「魔女め! 国を乗っ取るつもりだな!」


わあわあとわめく人間たちを見て、ドミナは心底うんざりしたように、ふぅ、とため息をついた。


「(ああ、うるさい。だから下等なのだ、人間は)」


彼女は冷え冷えとした真紅の瞳で、国王を射抜いた。


「勘違いするな、小国の王よ。私は『交渉』をしているのではない。『通告』をしているのだ」


「なっ……!」


「貴様らに選択肢は二つに一つ」


ドミナは指を一本立てる。


「一つ。私の提案を飲み、娘を私に預ける。そうすれば、私が宰相としてこの国を『完璧に』守護してやろう。大国も魔物も、二度と貴様らを脅かすことはない」


そして、二本目の指を立てた。


「二つ。私の提案を拒否する。私は今すぐこの場を去る。…そうなれば、どうなる?」


ドミナは楽しそうに目を細めた。


「明日の今頃、貴様らは大国の奴隷か、魔物の餌か。まあ、どちらにしろ地獄だがな」


「ぐっ!」


アルノーは言葉に詰まる。

ドミナの圧倒的な力を目の当たりにした今、それが脅しでも何でもない、ただの「事実」だと理解できてしまったからだ。


「た、宝でも領土でも! 望むものなら何でもやろう! だから…娘だけは……!」


「いらんな」


ドミナは王の命乞いを一刀両断する。


「金も土地も、私にとっては無価値だ。私が欲しいのはただ一つ」


彼女は慈しむように、城の奥、アウレリアのいるであろう方向へ視線を向けた。


「あの銀髪の姫、アウレリアだけだ」


その瞳に宿る執着の色を見て、アルノーは悟った。この魔女は、本気だ。  

この国に現れたのも、力を示したのも、すべては最初からアウレリアただ一人のためなのだと。


「(ああ、神よ…なぜこのような試練を)」


国王は玉座の肘掛けにすがりつく。国か、娘か。  

どちらを選んでも、待っているのは絶望だ。

だが。


「(…国を、選ばねば)」


王である以上、民を見捨てることはできない。  

娘一人を犠牲にして、万の民が救われるというのなら。


「一つ、尋ねたい」


「何だ?」


「娘を…アウレリアを、どこへ連れていくつもりだ? この国から奪っていくのか?」


ドミナは、その質問が心底意外だという顔をした。


「は? なぜそんな面倒なことを」


「え?」


「私は『宰相』になると言ったはずだが? 当然、この王宮に住まう。姫も王宮で育てるに決まっている」


「……は?」


「私が直々に教育を施す。それだけだ。なに、取って食おうというわけではない。貴様は今まで通り、王として姫のそばにいればいい」


ドミナは「何を当たり前のことを」と肩をすくめる。  

彼女の目的は、アウレリアを「自分好みの伴侶」に育てること。

その成長過程を間近で愛でることこそが至上の喜びであり、わざわざ辺鄙へんぴな塔に連れ帰るつもりなど毛頭なかった。


「(そばに……いられる?)」


アルノーにとって、それは予想外の、あまりにも微かな光だった。

娘と引き離されるわけではない。

ただ、その教育権と未来が、魔女に奪われるだけ。


「(だが、それしか道はない…!)」


アルノーは床に膝をつき、額をこすりつけた。  

王としてのプライドも、父親としての尊厳も、すべてかなぐり捨てて。


「…………わかった」


「ほう?」


「契約、しよう。我が娘、アウレリアを……貴女に預ける。その代わり、この国を、民を……救ってくれ……!」


血を吐くような国王の決断に、大臣たちが「陛下!」と悲鳴を上げる。  

それを聞き届け、ドミナは満足げに、そして冷ややかに微笑んだ。


「賢明な判断だ、小国の王よ。契約成立だ」


魔女ドミナ・アルカーナは、こうしてルクス王国の宰相となった。  

すべては、たった一人の少女を手に入れるために。

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