第2話「滅びゆく小国と王の決断」

ドミナは、予知夢で感じ取ったあの鮮烈な「気配」だけを頼りに、塔を出た。  

魔力を広範囲に探査させ、数日。

ついに、最も強く「気配」と共鳴する場所。

鬱蒼うっそうとした森と険しい山脈に囲まれた、小さな国に行き着いた。


ルクス王国。


「(ふむ。この国か。大方、滅びかけているな)」


丘の上から王都を見下ろし、ドミナは品定めするように呟く。

城壁は所々崩れ、民の顔にも活気がない。

そして何より、王城と思しき建物の一室から、

あの予知夢の「気配」を強く感じ取った。


「(見つけたぞ、私の『お姫様』……いや、まだ身分はわからんか)」


ドミナは最強の魔女。情報収集も容易い。

彼女は目を閉じ、魔力で城内の人々の意識を軽く探る。  

国王の苦悩、大臣たちの諦観ていかん、そして――


「(国王アルノー。娘の名はアウレリア。なるほど、やはり『姫』だったか)」


数秒で必要な情報を抜き取ったドミナは、満足げに微笑む。


「(滅亡寸前の国と、無力な王。交渉材料としては最上だ)」


ドミナが「姫」を迎えに行くための「口実」を探していた、まさにその時。  

地響きと共に、王都の西門の方角から悲鳴が上がった。


「グルルルァァァ!!」

「魔物だ! オークの群れが西門を破ったぞ!」

「ぎゃあああ!」


 絶好の「舞台」が整ったようだ。


「(手間が省けた。私の『姫』を怯えさせる雑音は、先に消しておくとしよう)」


ドミナは微笑み、その姿をふっと消した。


ルクス王国の玉座の間は、混乱の坩堝るつぼと化していた。


「陛下! 大変です! オークの群れが城壁内に侵入! 騎士団が応戦しておりますが、数が多すぎます!」


「なにぃ!? 西門の守りはどうした!」


「そ、それが…度重なる出兵で疲弊しきっており!」


「くっ! この国も、もはやこれまでか…」


玉座に座る国王アルノーは、顔面蒼白で己の無力さを噛み締めていた。  

大臣たちが「もはや降伏しか」「どこへ逃げる」と騒ぎ立てる中...。


スッ……


玉座の間に、場違いなほど静かな、一人の女が音もなく現れた。


「随分と騒がしいな。まるで滅びゆく国の見本だ」


凛とした、冷たい声。  

紫のドレスをまとった絶世の美女。

ドミナ・アルカーナその人だった。


「な、何者だ貴様は!」

「衛兵! 衛兵! 曲者だ!」


大臣たちが腰を抜かす中、国王アルノーが震える声で叫ぶ。 .

衛兵たちがドミナを取り囲むが、ドミナは気にも留めない。


「(ふむ。こいつが国王アルノーか。弱々しい)」


ドミナは国王を一瞥いちべつすると、窓の外で暴れるオークの群れに目をやった。


雑音オークがうるさくて話にならん。私の『姫』が怯えてしまう。…少し黙らせよう」


「ひ、姫? 貴様、何を…」


国王が戸惑う中、ドミナは玉座の間から西門に向かって、億劫そうに片手をかざす。


「『ヤークルム・フールミニス《雷の槍》』」


呟きは、雷鳴にかき消された。  

いや、ドミナの魔力が雷鳴そのものを生み出したのだ。


ゴウッ! バリバリバリッ!!


空が紫色に染まり、数十本の雷の槍がオークの群れに突き刺さる。  

断末魔の悲鳴すら上げる間も与えず、オークの群れは一瞬にして黒炭に変わった。


「「「…………え?」」」


玉座の間の全員が、時が止まったかのように静まり返る。  

そこへ、一人の兵士が目を白黒させながら転がり込んできた。


「も、も、申し上げます! オークの群れが、た、たった今……紫色の雷に焼かれて……ぜ、全滅いたしました!!」


絶望から一転、何が起きたのか理解できない者たちを、ドミナの冷たい声が現実に戻す。


「さて。雑音は消えた。改めて問おう」


ドミナは国王アルノーを真紅の瞳でまっすぐに見据えた。


「王は、貴様か?」


「そ、そうだ。私がルクス国王、アルノーだ。貴女は…一体?」


「私はドミナ・アルカーナ。ただの魔女だ」


「魔女」という言葉に、玉座の間が再び凍りつく。それは、人知を超えた力、伝説の存在。


「単刀直入に言おう、小国の王よ」


ドミナはゆっくりと国王に歩み寄る。


「貴様の国、滅びかけているな?」


「……っ!」


「大国が国境を脅かし、魔物が民を食らう。このままでは、ひと月もつまい」


「そ、それは! だが、貴女が今、魔物を…」


国王が微かな希望を口にすると、ドミナは鼻で笑った。


「勘違いするな。私は気まぐれに雑音を消しただけだ。私が何もしなければ、明日にはまた別の魔物が来る。あるいは、大国が攻め入ってくる。違うか?」


アルノーは言葉に詰まる。

ドミナの言う通りだった。


「だが、取引をしてやってもいい」


「取引、だと?」


「そうだ。私が宰相として、この国を庇護してやろう」


「なっ!?」


あまりに突飛な提案に、アルノーも大臣たちも目を剥く。


「ま、待ってくれ! 貴女ほどの力を持つ方が、なぜ我が国のような小国に! 見返りは何だ!? 何を望む!?」


国王の必死の問いに、ドミナは初めて、心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。ずっと探していた宝物を、ようやく見つけた子供のように。


「見返り、か。決まっているだろう?」


ドミナは、先ほど気配を探り当てた、愛しい少女の存在を告げた。


「お前の娘、アウレリア姫。あの銀髪の姫を、私に預けよ」


「……!?」


「私が直々に『教育』し、私の『伴侶』としてふさわしく育て上げてやる」

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