第3話 侵食の影

影が消えたあとも、空気にはざらついた“ノイズ”が残っていた。

美咲は胸に手を当て、荒い呼吸をゆっくり整える。


「……さっきの言葉、聞こえたよね?」


隣に立つ蓮が、炎の剣をゆっくりと収めながら頷いた。


「ああ。“家”って言ってた。お前の家……いや、たぶん『俺たちが住んでる家』そのものを指してる」


「電脳空間のあの家……?」


蓮の表情が一瞬だけ曇る。

美咲は気づいた。これはただの敵の挑発ではない。

“あの家”に何かが起きようとしている。


「ひとまず、学校へ行こう。ここで立ち止まってても危険だ」


蓮の言葉に、彼女は頷くしかなかった。

教室に着いても、落ち着けるはずもなかった。


いつものざわめき、いつもの黒板、いつもの教科書。

だが美咲の耳には、時折チリチリとした“ノイズ音”が混じる。


(まさか……学校にまで?)


蓮は数席後ろで、平然とノートを広げていた。

その態度が逆に心強い。


だが、次の瞬間。


――ピシッ。


教室の隅の窓に、細い“ひび割れ”のような光が走った。


美咲は立ち上がりかけたが、蓮の視線がそれを止める。


(気づいてる……でも動くなってこと?)


蓮は人差し指を唇に当て、わずかに首を横へ振った。

周囲の生徒は誰も異変に気づいていない。


やがて、ひび割れは静かに消えた。


――侵食は確実に広がり始めている。


休み時間、美咲は蓮に詰め寄った。


「これって……私たちだけに見えてるの?」


「そうだ。フォールンは“ソウル保持者”――つまり俺たちにしか感知できない」


「だったら……どうすればいいの?」


蓮はゆっくりと答えた。


「今日の放課後、もう一度“家”に行く。フォールンが言った通りなら――向こうで何かが起きてる」


美咲の背筋に、朝感じた冷たい風がまた吹き抜けた。

沈む夕日の光が廊下に影を落とす。

蓮は静かに言った。


「行くぞ、美咲。準備はできてるな?」


「……うん。怖いけど、行かなきゃ」


二人は並び、スマホに触れた。


画面が淡く揺れ、電脳空間への扉が開く。


――だが、その入り口はいつもと違った。


ノイズが混じり、赤黒い“影”が門の縁を覆っている。


蓮が剣を構える。


「予想以上に深刻だ……急ごう」


美咲は息を呑み、扉へ足を踏み入れた。


そこに広がっていたのは――

“壊れかけた家”だった。


床にはひび割れ。

天井から黒い霧のような影が滴り落ちている。


「どうして……こんな……!」


蓮は険しい表情で言った。


「フォールンに“鍵”を奪われたんだ。家を保つ核の部分……」


そのとき。


家の奥から、低い呻き声が響いた。


『……やって来たか……“水のソウル”……』


美咲は無意識に背中へ手を伸ばす。

次の瞬間、冷たい水の剣が形を成した。


蓮も赤い炎の剣を構える。


「ここからが本番だ、美咲。覚悟はあるな?」


美咲は震える声で、それでもしっかり頷いた。


「……うん。守りたいから。戦う」


影が蠢き、二人に迫る。

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