第二話 吸血鬼(後編)
西園寺くんは、口元の血を袖でぬぐうと、こちらに歩き出すが、ぴたりと立ち止まる。
それと同時に、彼の呼吸が荒くなりだす。
青白い肌が高揚して、彼は困惑した表情をみせる。
そして、ポケットからハンカチを取り出し、私の膝を指す。
「血が出てる、これ結んで」
膝をみると、必死で走っている時どのかで擦りむいたのか、少しだけ血が滲んでいる。
「ありがとう」
少し震える手で、言われた通りハンカチを膝に巻く。
彼はその様子をみて、少し落ち着いたのか、ため息をつく。
「まさか、まだ校舎に残っている人がいるとは、思わなかった」
想定外だ、と片手で髪をかき上げる。
「教科書忘れちゃって……じゃなくて、あの化け物、もう大丈夫なの?」
私は西園寺くん越しにみえる、横たわったままの化け物をちらりと見る。
「あぁ、もう死んでるよ。大丈夫」
そう言われて、私はほっと胸を撫で下ろす。
「よ、よかった……私、もう駄目かと思った」
緊張が解けて、じわりと涙が滲む。
西園寺くんは、そんな私をじっと見つめる。
「化け物を倒しちゃうような、化け物が目の前にいるわけだけど……みてたよね?俺がした事」
少し間をおいて、苦笑いをする。
「……そこは気にしないわけ?」
私はきょとんとした顔で彼を見つめ、言葉を探す。
「えっと……確かに、すごく強いね。あとは、血を吸ってるのかなって?」
西園寺くんは、少し困惑した表情をみせ、
少し言い淀んでから、覚悟したように口を開く。
「吸血してる所も見られてるし、
言ってしまうけど……俺は吸血鬼だから。
アンタからしたら、そこの倒れてるのと同じ化け物ね」
少し自虐的に言い捨てた彼は、自分を守るかのように両手を胸の前で組む。
目線は下を向き、少し泳いでいる。
私の反応が怖いのか、言葉とは裏腹に喉がなっている。
その様子が、今まで沢山傷つけられてきた事を感じさせた。
私は少しオーバーなくらいに、感謝を伝える。
「私を助けてくれた、西園寺くんのことを化け物とは思わないよ。ヒーローだよ!ありがとう!」
絶対誰にも言わないから、安心して!と付け加え、西園寺くんの手をぎゅっと握って、ぶんぶんと振る。
西園寺くんは、ぽかんとした後、少し遅れて、そっか、とはにかんだ。
その表情は、心の底から嬉しいという想いが伝わってくるような、優しい笑顔だった。
恐怖で冷たくなっていた私の心が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
時計をみると、針は21時を指している。
早く帰らないといけないのに、化け物ーー異形が脳裏から離れなくて、まだ、夜道を歩くのが憚られる。
「……あのさ」
気を紛らわしたくて、話を振る。
「吸血鬼なのに、陽の光とか大丈夫なの?」
「あぁ。俺たちは吸血する鬼だから、いわゆるヴァンパイアとは違うから」
「吸血って、人間の血も吸うの?」
「……俺は吸わない。そう決めてる。だから化け物ーー異形を狩って代わりにしてる」
次々と色んな質問を西園寺くんにぶつける。
彼も察しているのか、暫く付き合ってくれた。
話しているうちに、少しずつ気持ちも落ち着いてきたので、そろそろ帰るね、と切り出す。
すると、西園寺くんが真剣な顔で、「最後にちょっといいか」と私を呼び止める。
「アンタの血だけど……普通じゃないな」
西園寺くんの声が、少しだけ低くなる。
「……え?」
「匂いを嗅いだだけでわかった、稀血だ。
……化け物が好む、貴重な血だよ」
そう言われて、落ち着いてきた胸に、不安が溢れるのを感じる。
「出血したら、すぐに止血して。もし何かあれば助けるから」
(化け物が好む……だから、異形は私を襲ってきたの?これからも、あんな事があるの?)
不安で引き攣った顔をしている私の頭を、ぽんぽんと叩き、西園寺くんは立ち上がる。
「暗いし、心配だから送っていくよ」
手を差し出されて、私は少しだけ、ほっとして手を重ねる。
「ありがとう、西園寺くん」
「……ま、ヒーローらしいし、これくらいはな。
あと、綾人でいいよ。西園寺、もう1人いるから紛らわしいし」
「ありがとう、ーー綾人くん」
自分で言って、耳を赤くする綾人くんをみて、思わず笑みがこぼれた。
動揺は少しずつおさまり、心は穏やかに戻っていく。
私たちは並んで、夜の街を歩き出した。
◆◆◆
暗い洞窟の中にある祠の奥には、まるで何かを封印するかのようにびっしりとお札が張り巡らされている。
そのうちの数枚に、びっと亀裂が入る。
その奥からは、啜り泣く声と怨みつらみが、おどろおどろしく響いていた。
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